十八 突撃


「オイラよりも、本当はコトの方が結界を操るのは得意なんだ。

 さっきは突然のことでそんな暇もなかったようだけど、お陰であいつの力を残しておくことが出来た。

 他の妹達もコト程の力はねえが、手助けくらいにはなる。

 皆で協力してやれば、何処まででもとは言わねえが、かなりの所まで跳べるはずだ」

「そういうことだったか。連れ出すって言ったってどうやって行くつもりなのかと心配したけど、それなら安心だな。

 じゃあ俺たちも行くとすっか」

「ああ」

「おっとその前に」


 俺は腰から竹筒を取って、イヅナ兄さんに差し出した。


「水だ。頑張り過ぎて、こないだのマリモみてえに干上がっちまったら大変だからな。今のうちに一杯やっときな」

「ああ、これは有難え」


 兄さんは片手で竹筒を受け取ると、口を使って栓を抜き、中身を一気に飲み干した。


「ふう」


 全身を緑色の光が包む。

 肩口の傷が見る見る塞がって行き、体中の傷も癒えたようだ。


「狼さん、これは村の水かい?」

「そうだよ。今朝、寺の井戸で汲んできたんだ」

「そうか、道理で美味かった。村の皆は無事かな」

「ああ、さっきの爆風も村までは届いてねえはずだ。

 だがこのまま放っといたら、いずれこの瘴気が風に流されて村まで行っちまう。そうなったらただじゃ済まねえだろう」

「なら、さっさと片付けねえとな」


 兄さんの体を包む光がいっそう輝きを増す。

 気合が入ったのか、顔つきまで違ってきやがった。


「行こうか」

「応」



 ――*――*――*――



 山頂付近は、大混乱の修羅場と化していた。


 雪崩が遡るが如く四方から殺到する獣達に対し、地球王の連中は頂上に陣を張り、地の利を生かして守りを固めているようだ。

 ここからは見えねえが、恐らく相当な数がいる。砦がもぬけの殻だと思ったら、こんなところにいやがったか。


「あーあ。どうするよ、この中を突っ切るのは流石に無茶だぜ」


 俺達は狼の背に乗ったまま、騒乱状態の獣達のケツを眺めながら途方に暮れた。

 その間にも大勢の獣が続々と詰め掛け、俺達を追い抜いて山頂へと向かって行く。

 だが連中は統率する者も無くただ闇雲に突進していくだけで、その挙句に前が詰まって身動きも取れねえような、無様な有様になっちまっていた。


 それでも普通に考えれば、これ程の大軍が一気に押し寄せれば勢いだけで圧倒できる。少しくらいの抵抗などあっという間に踏み潰されちまうはずだ。

 にもかかわらず、頂上で大きな変化があったような様子はねえ。

 ここから見えるのは、土埃の向こうに絶えず上がり続ける血煙と、青白い閃光のみ。

 一瞬蛍火がいるのかと思ったが、そんな様子でもねえ。どうやらありゃあ、結界のようだな。


 空からも、大勢の鳥達が次々に突撃して行くのが見える。

 それも猛禽が地上の獲物を襲うような余裕たっぷりの恰好ではなく、海鳥が水中の魚を狙う時の様に、羽根を畳んで頭から真っ逆さまに飛び込んで行く。

 再び飛び立つことなんか微塵も考えてやしねえ、己自身を刃とした攻撃だ。

 だがそんな捨て身の突撃すらも、頂上を覆う結界に阻まれて閃光と共に空しく消し飛ぶのみ。敵には僅かばかりの痛痒も与えちゃいねえ。


「駄目だ。こんなんじゃあ、いくら攻めても無駄に擦り潰されるだけだ。

 一刻も早くあそこに辿り着いて、結界をブツ飛ばさねえと」


 目の前で多くの命が無為に消えて行く、こんなことが許されていい訳がねえ。

 もしも撫子に見られでもしたら……。

 なんて、俺も大分あいつに慣らされちまったようだな。


「では俺がどかしてやろう」


 那須の大将が狼の背から降りようとする。


「止めときなよ大将。ここであれをやったら、連中は今度はこっちに襲い掛かってくるぞ」

「ふむ、確かにな。ならばどうする」


 すると、狼王が俺を乗せたまま一歩前へ出た。


「お?」


 狼王は俺の事など忘れちまったかのように悠然と天を仰ぎ、その逞しい四肢に力を込めて大地を踏みしめた。

 そして大きく息を吸い、


「グウゥオオオオオオーオーオーーグルルルォオオーオーー……!!」


 落雷の如き咆哮を放つ!

 山中に響き渡る王者の怒号に、吹き荒ぶ瘴気の嵐すら一瞬止まったかのように見えた。

 狂乱状態の獣達も一斉に動きを止め、凍り付いた様に静まり返る。


「流石だな。んで、次はどうすんだ?」


 すると狼王はジロリと俺を睨め付け、「ガウッ」と小さく吠えた。


「ん?」


 何か言いたそうだな。


「ガウッ」ともう一度。


「何だよ、俺に何かしろってのか?」

「号令を発しろと言ってるんだよ、王様」


 と、後ろからイヅナ兄さんの声。


「えっ?!」

「マリモの布令は今でも生きている。あの化け物を倒すまでは、狼さんがこの山の王だ」

「あー、そっか。すっかり忘れていたぜ」


 思わず、頭をボリボリと掻く。


「ようし。そんじゃ一丁」


 大きく息を吸って……。


「野郎共! 道を開けろ!」


 すると地を埋め尽くす大群が割れるように左右へと別れ、一筋の道を開いた。

 おーおー、嘘みてえだが本当に俺の言葉が通じるらしい。

 よし、だったら……。


「もう十分だ! お前らは今すぐここを離れて、山を下りろ!」


 その言葉に、獣達が一斉にこちらに振り向き、殺気に満ちた目を向けて来た。


「狼さん!」

「ガオウッ!」


 イヅナ兄さんと狼王も驚いて声を上げる。

 皆、死ぬ覚悟でここまで来たってのに、そりゃないだろうってか?

 だがな、お前らにゃあ悪いが、こんな有様はもう見てらんねえんだよ。


「心配しなくても、あんたらには最後まで付き合ってもらうさ。

 けど、あいつらはもういいだろう。これ以上はただの無駄死にだ」

「狼さん、しかし……」

「いいかお前ら! 俺を王と認めるなら、黙って俺の言う事を聞きやがれ!

 お前らはもう十分戦った! 後は俺達に任せて、仲間達と一緒にこの地を離れろ!」


 それでも獣達は不服そうに、だが潮が引くようにゆっくりと下がり始める。

 俺は全員が動き出したのを見届けると、もう一度声を上げた。


「心配すんな! あのクソ野郎は俺達がキッチリ片付けてやる! お前らはすぐに山を下りて仲間達の後を追え!

 さあ、行くぞ!」

「ガオウッ!」


 咆哮と共に狼王が飛び出す。他の狼達もすかさず後に続き、一直線に山頂を目指した。

 前方には無数の死人が壁を作って立ちはだかる。その奥に、うっすらと蒼い光を放つ結界。


「おい狼王、あの結界は触れただけで粉微塵だぞ。どうすんだ」


 狼王はそれには答えず、代わりに体を包む光を強くし、頭を下げ更に脚を速めた。

 そこへ他の狼達が、接するほどに体を寄せて来る。


「このまま行くか。よし、やっちまえ」


 俺もその背に身を沈め、結界に気を込める。

 五頭と三人は一体となって、銀色に輝く一振りの刃と化した。


 狼達が一塊となって大地を蹴る。

 死人の群れを眼下に、軽々と宙を飛ぶ。そうだ、あの化け物親父さえ倒してしまえば、こんな連中は放っておいてもどうってことはねえ。

 空色の遮膜に月色の刃が突き刺さる。薄蒼に光る結界を易々と貫いて、俺達は中へ飛び込んだ。


 その直後!

 突然、目の前に一人の武者が飛び上がり、俺達に向かって太刀を振るって来た。

 狼王は空中で身を翻し逃れようとしたが、武者はあり得ない身軽さで太刀を返し、再び斬り込んでくる。

 それを、俺が咄嗟に刀を抜いて受ける!


 刃と刃のぶつかる音が、辺りに木霊した。


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