十九 狂雄
武者と刃を交わしたままの態勢で狼王の背を蹴り、地面に降り立つ。
着地と同時に、武者が後ろへ飛び退った。
その背後から、狼の一頭が襲い掛かる。
だが武者は、振り向きもせずに身を沈めて牙を躱すと、自分の上を飛び抜けようとする狼の腹を一振りで切り裂いた。
なんという身の
狼はその一太刀で真っ二つになり、血飛沫を撒き散らしながら地面に転がり落ちた。
時を置かず、今度は二頭が左右同時に飛び掛かった。
武者はその僅かな隙間を華麗にすり抜けながら再び太刀を振るい、一瞬にして二頭の首を宙に飛ばす!
何だ、あの技は……。
撫子や蛍火の神速とは明らかに違う。
目にも留まらぬという訳ではねえが、まるで重さを感じさせねえ風のような体捌きと、紙一重の間合いを自在に操る。
こんな恐ろしい剣術は、見たことがねえ。
「ぬううりゃっ!」
すかさず那須の大将が鉄弓で打ち掛かる。
武者の太刀が、それを真正面から受け止めた。
体格はそれほど大きいとは言えねえ、むしろ小柄だ。なのに、あの剛力を平然と受け切るとは。
いったい何者なんだ……。
「ふふ……、久しいな与一宗隆。暫く見ねえ間に、随分と変わっちまったじゃねえか」
武者が、那須の大将に笑い掛ける。
「なに?」
「どうした、この顔を忘れたか?」
その言葉に、大将の目が驚愕に見開かれる。
「あ、貴方は!」
大将が剣を払って飛び退った。
「九郎殿っ!」
「なんだと?!」
俺も思わず声を上げた。九郎ってまさか!
「ふふふ……。こうしてまた
地球王に感謝だぜ」
「何故、貴方が……」
「何故って、お前と同じだよ。俺も墓場から蘇らせて貰ったのさ」
那須の大将に刃を向けながら不敵に笑う。
この男が、源義経!
「そんな……、貴方ほどの御方があのような輩に味方など」
「味方も敵もねえよ。あいつは、兄者殿に討たれた俺を再びこの世に呼び戻してくれた。戦場も用意してくれた。何とも有難え話さ」
「死の安らぎから無理矢理引き戻され、盗賊の
「ああ、嬉しいね。嬉しすぎてじっとしてなんかいられねえや。そらよっと!」
義経が一気に間合いを詰める。
大将は鉄弓で上段から打ち掛かるが、義経はその剛打をも片手で軽くいなし、薄笑いを浮かべながら大将の腹のど真ん中に太刀を突き立てた。
「うむっ……」
大将が腹を押さえて下がる。
義経は一瞬の隙も逃さず、大将の首筋に刃を走らそうとする。その刹那に!
そこがお前の隙だっ! 俺が
「ちぃっ」
義経が太刀を返して鏢を弾いた。
直後、裏に隠れたもう一本が義経のこめかみに突き刺さる!
「ぎゃあっ!」
義経が声を上げてひっくり返る。
必殺の影撃ちだ! ざまあ見やがれってんだ。
すかさず那須の大将が打ち掛かるのをクルリと躱した所へ、更に狼王が追い打ちを掛ける!
今度こそ避け切れねえ。狼王は体当たりをかます勢いで肩口にかぶり付き、縺(もつ)れ合って地面を転がり回った。
あの牙から逃れられる訳がねえ、とうとうやったか。
だが先に立ち上がったのは、義経の方だった。
「ガウッ! ギャウッ!」
狼王は両眼から鮮血を迸らせながら、のたうち回っている。
義経も肩と頭からドス黒い血のような何かを垂れ流しながら、それでもその顔に歓喜の表情を張り付かせていた。
「ふふははは……嬉しいねえ、嬉しいじゃねえか。これだよ、これが戦場だ!」
「九郎殿は、鎌倉殿に恨みを晴らすためにこの世に戻られたのか」
那須の大将が苦々しげに声を掛けた。
こっちも死人(しびと)の体、腹の傷も大して
「恨む? 兄者殿をか?
ははっ、馬鹿なことを言うなよ。戦は負けた方が悪いに決まってんだろ」
「だが九郎殿は、平家打倒の一番手柄であったにもかかわらず、謀反を企てたなどと有らぬ罪を言い立てられ、挙句にあのような無残な仕打ちを……」
「相変わらず真面目だねえ、与一さんは。そりゃあ有らぬ罪なんかじゃねえよ。謀反は本当の事だ」
「なんと!」
「そりゃそうだろ。憎い平家をやっつけちまったら、もう戦う相手がいねえ。となりゃ一番強え奴を狙うしかねえだろう?」
「まさか……。そのような話、俺は一言も聞き及んでおりませぬぞ」
「お前さんは生真面目だったからさ、どうせ乗ってこねえだろうと思って誘わなかっただけだよ。くくっ」
「く……」
言葉もなく歯噛みする大将に、馬鹿にしたような笑いを投げ掛ける。
これが義経か。噂通りの、いや噂以上の戦狂いだ。
「恨んでなんかいねえけどよ。
せっかくこうやって生き返らせて貰ったんだ。もう一辺やってみようかって気にもなるじゃねえか」
「では九郎殿は、もう一度戦を起こそうという御積りか」
「ああ。なにやら地球王が天変地異を起こしてくれるらしいからよ。
そうなりゃ国中が大混乱だ。兄者殿が慌てふためいている隙に兵を上げて、一気に鎌倉へ攻め込む。
既に兄者殿に恨みを持つ者達には渡りを付けているし、
なんとも有難えこったぜ。ははっ」
「ぬうっ……」
「ぬは! ぬははははははっ! はっ! はっ!」
突然、頭上から耳障りな笑い声が降り注いで来た。
「面白い! 実に面白い見世物であったぞ!
犬神の小僧よ、よくぞここまで辿り着いた! 来たからには歓迎しよう!
貴様も、儂の力と技の成果を篤と楽しむが良い!
ぬは! ぬは! ぬはははははっ!」
「地球王!」
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