七殺星 流狼戦記

二十一 激突

　マリモの鉄拳をモロに受け、五間（ごけん）も先までぶっ飛ばされて行った蓬子だったが、転げ落ちる寸前で地面をバンッと叩き、その勢いでクルリと身を翻して綺麗に降り立った。

　そして何事もなかったかのようにズカズカと大股で歩み戻ると、再びマリモと顔を突き合わせて睨み合った。

　蓬子よ、平気な顔してるけど頬がちょっと腫れてるぞ。

　あーあ、もうここら辺で止めとかねえと、ちょっと不味いことになりそうだな。

　そう思って二人の間に割って入ろうとした俺だったが、実は既に手遅れだった。

「おい」

　と、俺が声をかけた次の瞬間。

　まるでその声が合図になったかのように、いきなり壮絶な殴り合いが始まった。

「うわっ！」

　最初の一発は、二人同時。

　マリモは一度は倒れそうになったものの、今度は踏み止まり、すぐに立ち向かう。

　殴られた瞬間は顎が砕かれたように見えてギョッとしたが、振り返った時にはすっかり元通り、綺麗な顔に戻っていた。

　どうやら、龍神の血が頭の天辺まで煮え滾（たぎ）っているようだ。

　一方の蓬子はというと、マリモの拳を平気で受けている。

　先程のような渾身の一撃ならともかく、普通に殴られる程度ならビクともしないらしい。

　そこから先は、問答無用の殴り合いだ。

　どちらも自分が殴られることなど気にも留めず、ひたすら相手を殴り倒すことだけを考えている。

　喧嘩というよりも、壊し合いだ。

　と、俺の眼には映っていたのだが、実は何も考えていないように見せかけてお互い密かに相手の隙を探っていたようだ。

　蓬子が不意にマリモの拳を受け止めると、そのままグイと引き寄せた。そして、相手が体勢を崩した隙を突いて、腹を蹴り上げようとする。

　マリモはその脚を左手で受ける。だが、それを止めようとするのではなく、逆にその力を利用して自ら宙に跳んだ。

　空中でクルリと身を翻し、蓬子の頭を越えて背後に降り立つと、後ろから首に手を伸ばした。

　マリモが首を絞めに来るのを、蓬子は身を沈めて逃れた。そして相手の脚を払いながら衣を掴み取り、地面に引きずり倒す。

　マリモは逃れようとするも蓬子は衣をガッチリと掴んでそれを許さず、すかさず馬乗りになる！

　こうなったら、後はもう一方的だ。蓬子はニヤリと笑って、右手を振りかぶった。

　だが、隙を見せたのは蓬子の方だった。

　余裕たっぷりに体を起こしたところに、背後からマリモの脚が襲いかかった。

　マリモは体を蝦のように折り曲げて両脚でその胴に掴みかかり、身動きが取れないように抑え込んだのだ。

　今度は蓬子が慌てて逃れようとするが、マリモはそれを許さない。強引に地面に引き倒しながら自らは体を起こそうとする。

　形勢逆転、今度はマリモが上だ！

　と思われたが！

　蓬子は、後頭部を地面に打ち付けられる寸前、体を思い切りのけ反らせて両手で地面を掴んだ。

　そして自分がされたように両脚でマリモの胴を掴み取ると、そこからあり得ない馬鹿力で強引に脚を持ち上げ、マリモの体を抱えたまま逆立ちの体勢にまで持って行った。

　そのままの勢いで後ろに倒れ込み、マリモを顔面から地面に叩きつける！

　マリモがそれを逃れようと思い切り体を捻る。

　蓬子も倒れ込む途中では抑え込むことが出来ず、二人はもつれ合ったまま、草の上をゴロゴロと転がって行った。

　この間、周りにいる四人の男達は、誰一人として二人を止めようとしなかった。

　いや、止める隙すらなかったんだよ。それくらい激しい乱闘だった。

　金太なんかもお、俺にしがみ付いたまま泣きそうな顔でブルブル震えてるし。

　あーあ、可哀想に。まさかあの可愛い子ちゃんの正体がこんな凶暴な化け物だなんて、夢にも思わなかっただろう。これのせいで女嫌いになんかなっちまったら、ホントにどうすんだよまったく。

　蓬子とマリモは草の上を転がった後、パッと離れて立ち上がり、再び睨み合った。

「はあっ、はあっ、はあっ」

「ふううーっ、はああーっ」

　さすがに、二人とも息が上がってきたようだ。

　お互いの体を包む光も大分弱ってきており、荒い呼吸に合わせるように点滅を繰り返している。

「そろそろ頃合いだべ」

　佐助爺さんが、やれやれといった感じで前に出た。

「ぬっしゃああっ！」

「こんのおおおっ！」

　再び殴り合いを始めようと二人同時に拳を上げた、その時。

　二人の頭上に、佐助爺さんの拳骨が降り注いだ。

「ええ加減にせんか、この童（わっぱ）どもが」

「あ゛っっ……」

「ぐっっ……」

　蓬子とマリモが、頭を押さえてしゃがみ込む。

　お互いの拳をあれだけ喰らっても全然平気だったくせに、佐助爺さんの拳骨は効いたらしい。

　あはは、そりゃそうだ。

　餓鬼ども、よく憶えておけよ。年寄の拳骨ってのは、とっても痛えんだぞ。なにしろ、人生の重みってやつがたっぷり詰まってるんだからな。

「二人とも、そこに並べ」

　爺さんの言葉に、二人揃って立ち上がった。

「おめえら、何やっとるだ。これが小っちぇえ娘っこのやることか」

　蓬子とマリモは、爺さんの前で大人しくうなだれている。

　どんなに力があろうとも、年寄の貫録に餓鬼が勝てる訳がねえってことだな。うん、ここはひとつ爺さんに任せるとしよう。

　さっきまでの元気はどこへやら、年寄の前で小さくなってる二人をニヤニヤしながら眺めているうちに、ふと気が付いた。

　喧嘩の様子では全くの互角のように見えたが、よく見るとマリモが傷一つない綺麗な顔をしているのに対し、蓬子の方は顔が腫れて体もそこら中傷だらけだ。

　いくら頑丈な体とはいえ、全くの無傷とまではいかねえのは当然の事だ。傷も何もきれいさっぱり無かったことにしちまうマリモの血と同じって訳にはいかねえだろう。

　うーむ、これはマリモの勝ちと言えるんかな。ちょっとズルいような気もするが。

　なんて、無責任なことを考えていた矢先だった。

「ふううー……」

　と、息を吐きながら、マリモが崩れ落ちた。