十三 奔走



「ええい、こうなっては是非もない!」


 突然、撫子が大声で叫んだ。


ろうよ! 私を守れ!」

「なにっ?!」


 撫子は光剣を投げ捨てると、その場にしゃがみ込んで目を瞑り、両手で印を結んだ。

 周囲の敵を完全に無視して、ブツブツと呪文らしきものを呟きながら、素早い動作で次々と印を組み替えていく。

 そうか、何か大技を使うつもりだな。

 俺は、無防備になった撫子を背に従え、刀をふるい続けた。

 三本の刀はとっくに折れちまっている。今俺が持っているのは、自分が倒した盗賊のものだ。

 そしてこの刀も、もう刃が欠けてボロボロ。刀も駄目だが、俺の体もそろそろ限界に近い。

 それでも盗賊達は、次から次へと際限なく湧いてくる。

 幸いと言っていいのか、生きている奴等は俺達を恐れて村へと向かったらしく、襲って来るのは動きの鈍い死人だけだ。

 おかげでなんとか持ちこたえてはいるが……。

 俺達の周りには、斬られてもモゾモゾと動き続ける壊れた人間の山が、いくつも出来上がっていた。

 その一方で、村の方からは悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。あちこちで火の手が上がっているのも見えていた。


「くそっ、まだか」


 もう、腕を上げるのもんどいほどだ。こうなったら、体当たりしてでも……。

 その時だった。


「待たせたな、狼!」


 撫子が叫びながら天を仰ぎ、両腕を高々と掲げる。

 その手が、太陽のような輝きを放った。

 それは、あの薪棒の光剣を何十倍も強力にしたようなものだった。

 撫子の光を浴びた死人しびとは一様にグズグズと崩れ去り、群れを成して進む死人達の中で、俺達の周りだけがポッカリと穴が開いたようになっちまった。


「すげえ……」


 だが撫子の大技は、それで終わりではなかった。それどころか、ここからが本領だったのだ。


「っぜええええええいいっ!!」


 叫び声と共に、撫子が光球を地面に叩きつける。

 すると光球は爆発するような勢いで急激に膨らんで行き、俺達までもその光の中に飲み込んだ。


「うっ」


 空間を埋め尽くす圧倒的な量の光。そのあまりの眩しさに、景色から色が消し飛び、辺りは白と黒だけの世界となる。

 光の球はそのままどこまでも膨らんで行き、田も畑も川も越えて、あっという間に村全体をその腹の中に納めてしまった。

 そして中に取り込んだ死人を一匹残らず退治した後、最後は大気に溶け込むように、静かに消えて行った。

 光が消え去った後に残っていたのは、累々と横たわる死人の残骸と、力尽きて地面に倒れ伏す撫子だった。


「大丈夫かっ」


 駆け寄って、その小さな体を抱き起す。


「はは……、力を使い果たしてしもうた」

「本当にすげえよ、お前。もう大丈夫だから、ゆっくり休め」


 すると撫子は、声を荒げて言った。


「馬鹿を申すな、何が大丈夫か。おぬしにはあれが聞こえぬのか」


 聞こえているさ。村の方から届く悲鳴は、まだ途絶えてはいねえ。


「あの光は、不浄な魂をはらい浄めることはできるが、生者には何の効力もない。

 盗賊共はまだ残っておるぞ。それに襲われた者達を救わねばならぬ。

 さあ、早く行かねば」

「行かねばじゃねえよ、馬鹿。そんな体でどうしようってんだ。

 後は俺に任せて、お前はここで休んでいろ」


 その体を再び横たえようとすると、撫子は俺の腕を強く掴んだ。


「待って!」


 その必死な形相に、俺はギョッとした。

 まさか、泣いている? こいつが、こんな顔をするなんて……。


「頼む、置いていかないでくれ。

 嫌じゃ……嫌じゃ……。皆が泣いておる、助けを求める声が聞こえる。

 お願いじゃろう、私をあそこへ連れて行ってくれ」

「馬鹿な……」


 お前には、いったい何が聞こえているというんだ。

 お前は充分にやった。もういいじゃねえか。


「駄目だ、お前は寝ていろ」

「嫌じゃ!」


 撫子が、いきなり抱きついて来た。


「狼よ、許せ!」

「おい、何を」


 撫子の体から薄桃色の光が滲みだす。

 その光は俺の体をも包み込み、目の前の景色が赤く染まった……。と思った次の瞬間。


「が……っ」


 いきなり、全身から力が抜けた。


「済まぬ、少々命を貰ったぞ」


 へたり込む俺と入れ替わるように、撫子がすっくと立ち上がる。


「なに……?」

「とは言っても、寿命が縮んだ訳ではないから案ずるな。おぬしの生気を少しばかり頂いただけじゃ。

 普段なら、この世界に満ちる命の流れの中から自分で汲み出し補うことが出来るのじゃがな。今の私は、力を使い過ぎてそれすらも出来ぬ状態じゃ。

 悪いが、おぬしを食わせてもらうことにするぞ」

「お前、なんてことを」


 よろめきながら、俺もなんとか立ち上がった。


「グズグズしておる暇はない。行くぞ」


 そう言って駆け出そうとした途端に、ガクッと膝を付く。


「ほら見ろ、無理すんな」

「構わぬ、行かねばならぬのだ」


 それでも再び立ち上がろうとするその腕を、俺は掴んだ。

 まったく、しょうがねえ奴だ。


「判ったよ。一緒に行こう」

「ああ。有難う、狼」



―*―*―*―



 予想した通り、村の中は大混乱になっていた。

 だが幸いなことに、残っている盗賊達はもう何人もいなかったようだ。

 連中は、死人達がいきなり崩れてしまったのを目の当たりにして相当 狼狽(うろた)えたらしく、逆に自分達の方が恐怖に駆られて暴れているような有様だった。

 そこに駆けつけた俺がその中の一人をぶった斬ると、残りの奴らは悲鳴を上げて逃げ出した。

 わざわざ追いかけるまでもねえし、こっちもそんな元気は残っていねえから、そのまま逃がしてやる。

 どうやら盗賊どもは、村中でやりたい放題やってくれたらしい。この無茶苦茶な暴れっぷりは明らかに物盗りが目的ではなく、ただ暴れるだけ暴れて村をぶっ壊したいだけのように見受けられた。

 村人達は片っ端から切り捨てられ、あちこちで火の手も上がっている。

 いったい何の為に、こんなことをしやがったんだ。


「そんなことはどうでも良い。走れ!」


 その言葉通り、撫子は村中を夜通し走り回って、村人達を助け上げた。

 村全体が被害を受け無事な者なんか一人もいねえような状況で、いかな撫子といえど、全員を救うことなんか土台無理な話だ。

 だが俺は撫子と一緒に走り回りながら、その手際に舌を巻かざるを得なかった。

 撫子は、走りながら怪我人を見つけると、手当たり次第に光る手でその頬面を張り倒した。

 おそらくそうやって、僅かなりとも生気を与えているのだろう。命をながらえさせたことだけを見届けると、すぐに次へと走った。

 しかもそうしながら動ける者たちに声を掛け、怪我人の捜索と救護の指示を出し、村人全員を名主みょうしゅの元へと集結させたのだ。

 混乱の極致にあった村人達は、撫子の闇を突き通すような声で皆一様に冷静さを取り戻し、その言葉に従って動いた。

 俺も撫子と一緒に走り回ったが、とにかく撫子は足が速く、付いて行くだけで精一杯だった。


 え? この俺は走るだけで何をしていたんだって?

 そりゃあ、大事な役目があったんだよ。


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