十 白拍子



 狂ってやがる……。

 マリモの言った通りだ。この野郎を放っといたら、この国を滅茶苦茶にされちまう。

 こうなったらもう一刻の猶予もならねえ。もう一度ブッタ斬って、今度は二度と生き返らねえように細切れにしてやる!

 と、俺が地球王に向かって飛び出すよりも一瞬早く、隣でずっと口をつぐんでいた撫子の姿がフッと掻き消えた。

 そして時を置かず地球王の真正面に姿を現すと、その首を狩らんと猛然と襲い掛かって行く。

 神速!

 そして振りかざす薪棒はただの棒切れに非ず、眩いほどの輝きを放つ光の大剣と化していた!

 あいつときたら、ホントに手が早えな。


 だがその必殺の斬撃は、寸前で阻まれた。

 地球王じゃねえ。撫子の前に立ちはだかったのは、あの白拍子だった。

 神速にも劣らぬ刹那の動き。そして撫子の光剣を受け止めているのは、先程まで広げていた大傘だ。

 その傘もただの傘ではなく、撫子の剣と同じように、青白い稲妻をその身にまとわせた雷剣となっていた。

 それまでの物静かな様子からは想像もできぬ素早い身のこなしと、そして奇妙な技。

 やはりこの女も、只者ではなかったようだ。


 更にもう一度。

 撫子と白拍子が瞬時に位置を替え、地球王の背後で互いの剣を交差させる。

 それから何度となく二人は消えては現れを繰り返し、地球王の周囲で火花を散らした。

 互角……。

 あり得ねえ。あの撫子と同じような技を使う化け物が、他にもいたなんて。


「ちぃっ!」


 遂に諦めたのか、撫子が舌打ちしながら跳び退すさってきた。


「大丈夫か?」

「ああ。私としたことが、怒りに我を忘れてしまった」


 いや、それは毎度のことじゃねえの? とは言わないでおく。

 その一方で、地球王の野郎は目の前で起きた二人の激突を完全に無視して、再び土煙を見上げていた。

 自分の命が的になっていたというのに、まるで気に留めてもいねえ様子だ。


「ふむ、ここも外れであったか」


 さして落胆した様子もなくそう呟くと、白拍子に向かってもういいぞという風に軽く手を振る。

 白拍子はその合図を受けて、撫子に向けていた構えを解いた。

 そしてこちらも何事もなかったかのようにまた傘を広げると、二人の周囲に風が巻き起り、戦いの間に被っていた泥を綺麗さっぱり吹き飛ばしちまった。

 一体どうなってんだ、あの傘は。


「犬神の小僧よ。天技を操る巫女よ。儂の用はもう済んだゆえ、ぬことにするぞ。

 いずれまた遭おう」

「何勝手なことを言ってやがんだ! この訳のわかんねえやつはどう始末付けんだよ!」


 俺の言葉に応えたのか、それとも無視しやがったのか。地球王は巻き上がる土煙に向かって大きく手を広げた。

 すると、地の底から響いていたドドドド……という轟音が急に静まり、それと同時に噴煙もピタリと納まった。

 終わったのか? と思ったら、今度は先程とは少し違うゴーゴー…という音が聞こえ始め、また新たな噴煙が立ち昇った。


「なんだ、今度は何が起こるんだ」


 噴煙は先程までとは違って単なる土煙という程度だったが、その音は次第に大きくなり、それと共にキーンという金切音も混じり始めてきた。これは……、何かが穴の底から昇ってくるのか?

 そして轟音が耳をつんざく程の爆音となり、思わず耳を覆いそうになったその時、地中からそれが姿を現した。


「うおっ……」

「これは……」


 現れたのは、真っ黒い筒のような形をしたものだった。

 太さは、穴の大きさと同じ二間ほど。長さは優に十間はあろうか。杉の大木よりも大きな柱が、凄まじい勢いで回転しながら宙に飛び出してきた。

 いったいどういうカラクリ、いやそれとも妖術か。あんな物でこの穴を掘っていたってのか。

 黒い柱は、飛び出した勢いのまま森の木々よりも高く飛び上がると、そこで上半分くらいを傘のように開いた。

 そして回転を続けながら、そのまま空中に留まり続ける。ちょうど巨大な竹とんぼのような恰好だ。


「何なんだ……あれは……」


 その様子を茫然と見つめる俺達を余所に、白拍子は傘を畳むと柱に向かって何かを投げるような素振りを見せた。

 白拍子がもう一方の手で地球王の体を抱きかかえると、二人の体は吊り上げられるように宙に浮き上がった。

 なんだありゃ。目には見えない糸のようなもので、あの竹とんぼと繋がれているのか。


「蜘蛛使いは女の方であったか。さても面妖な……」


 いくら何でも、ただの蜘蛛の糸で大人二人が持ち上がる訳がねえ。

 やはり妖術か。


「では、さらばだ!」


 俺達の頭上高く飛び上がりながら、地球王が手を振る。

 その言葉に呼応するように、頭上の巨大竹とんぼが二人をぶら下げたまま上空へと昇り始めた。


「逃がすか!」


 それを見た撫子が、懐から呪符らしい札を束ごと掴み出すと地球王に向かって投げつけた。

 札の束は放たれると同時に光を纏った矢となり、宙に浮かぶ地球王達に向かって一直線に飛んで行く。

 撫子はそれを睨み付けながら、額に二本指を当てて念を凝らす。

 光の矢は地球王達に追いつくと「逃がすか」という言葉通り、一つ一つに分かれて宙を飛ぶ二人を取り囲んだ。

 そして撫子が「むんっ」と気を放つと同時に、全方向から一斉に襲いかかって行った。

 地球王を捕らえた矢が、閃光を放つ。


「やったか」

「いや……」


 撫子は悔しそうに呟きを漏らした。

 光の矢が撃ち掛かって行った時、地球王の周りに、その体を包む繭のようなものが一瞬光り輝くのが見えた。

 矢はその繭に阻まれ、あの野郎の体には届かなかったようだ。

 くそ、しっかり身を守っていやがったか。


「ぬははは……!」


 と高笑いを響かせながら、地球王が空高く飛び去って行く。

 俺と撫子は、それをただ見送ることしかできなかった。


 そのすぐ後……。

 上空に真っ黒な雲が立ち昇ったかと思うと、辺りに大粒の雹と滝のような豪雨が降り注いできた。

 そして大地は怒りに身を震わせるように、数回に渡って大きく揺れた。



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