二 勝負
「渡り巫女の、
俺は何故か付き添いみてえな恰好になっちまって、女の後ろで胡坐をかき、その様子を眺めていた。
なんだよこいつ、ちゃんと挨拶できるんじゃねえか。
そういえば、名前も聞いてなかったな。
撫子か。へー、全然似合わねえ。
そして女の向こう側では、名主が腕を組んで困った顔をしていた。
「巫女さまよお。悪いことは言わねえ、すぐにでもこの村を立ち去った方がええだよ。
ここは今、盗賊に狙われてるだで。お前さまのような若い娘さんなんか、真っ先に攫われちまう。
この
「なに?」
撫子が顔を上げて、振り返った。
「おぬし、用心棒であったのか」
「なにを大袈裟に驚いてやがんだ」
「いやあ、あんな村はずれでボケッと座り込んでおったからな。てっきり
とにかく今にも首を括りそうな情けない顔をしておったので、私が口をきいて許しを請うてやろうかと思うて、連れて参ったのじゃが。
ふむ、余計なお世話であったかの?」
「てめえ、ふざけんな!」
どこまで人を馬鹿にしてやがんだ、このアマ。
「うむ、なるほど用心棒か。よし、では名主殿、私も用心棒になってやろう」
「へ?」
まったく、言うに事欠いて。
「あのなあ、巫女さんよ。いくら何でも冗談が過ぎるぜ。これでも俺らは真面目にやってんだからよ」
「私とて大真面目じゃぞ。
なに、おぬしらの言いたいことくらい判っておる。こんな細腕に何ができるかというのじゃろう?」
そう言いながら、撫子が片腕をまくり上げた。
おっと、思ったよりきれいな肌してるじゃねえか。と、思わず身を乗り出しそうになってハッと気が付き、顔を上げたら名主と目が合った。
あー、おほん。
「よかろう、なれば表へ出ようか。
ロウと言ったか? おぬし、ちょいと私の相手をせい」
「はあ?」
呆れ返る俺と名主を尻目に、撫子は一人でさっさと庭に出て行ってしまった。
「さてと」
庭を見回し、その辺に落ちていた小枝を手に取ると、ヒュンッと軽く振ってみせる。
「ふむ、まあこれで良いか」
それから、俺に向かってオイデオイデだ。
「ホレホレ何をしておる。ささ、早うこっちへ来い。
ああ、判っておる判っておる。か弱き女子相手に、初めから本気で来いと言うても出来ぬが道理じゃ。
まずはホレ、軽く石ころでも放ってみい」
ったく、しょうがねえなあ。
俺が頭を掻き掻き庭へ降りると、見慣れない若い女の姿に、近くで野良仕事をしていた連中までぞろぞろと集まって来やがった。
あーあ、こんなに見物人が集まっちまったら、もう引っ込むわけにもいかねえじゃねえか。
「あー、じゃあいくぞ」
と、俺は足元の小石を拾い上げ、撫子に向かってひょいと投げた。
が……。
「あれっ?」
痛くねえくらいには軽くだが、一応は当てるつもりで投げたはずだ。
なのに、小石はあいつの体を外れて後ろに転がった。
「どうした、当ててみよ。ああそうそう、後ろの者どもは危ないから退いておれよ」
この俺がこんな近くで外すわけがねえ。じゃああいつがよけたのか?
「へえ、ちっとはやるみてえだな。よし、じゃあこれならどうだ」
今度は強く投げてみた。当たっても知らねえぞ。
ところが、石ころは撫子に向かって真っ直ぐ行ったと思ったら、そのまま撫子の体を素通りしてずっと後ろの木の所まで飛んで行き、幹に当たってコーンと音を立てた。
あいつは少しも動いていねえのに。
「てめえ、何しやがった」
俺が睨み付けると、撫子は澄ました顔で答えた。
「何じゃと言われても、よけたに決まっておるではないか。どうじゃ、そろそろ本気になってきたか?」
面白れえ、口だけじゃねえみてえだな。
「よし、わかった。今度は本気でいくぞ」
俺は足元から五・六個の石を拾うと、顔を上げぬまま、投げる素振りも見せずにいきなり投げつけた。
その直後。
ビシビシッという鋭い音が庭に響き渡り、俺の放った石ころは、全てあいつの足元に転がった。
じっと睨む俺に向かって、撫子は小枝を振りながらニヤニヤと笑っている。
まさか、あれで全部打ち落としたというのか。
「ああつまらん、つまらんのう。ほれ、今度はその懐のやつでやってみよ」
俺は言われるままに、懐から
こいつ、何でこれの事を知ってやがるんだ。
「いいのか? 当たったら死ぬぞ」
「当たったらな。来い」
そう言って撫子は小枝を放り投げ、ニヤリと笑う。
それまでの人を小馬鹿にしたような笑いとは違う、不敵な笑み。
よし、いいだろう。
俺は一本の鏢を手に持って構えながら、その掌にもう一本を隠し持った。
そして気合と共に、二本同時に撃ち放った。
一本目を凌いでも、その直後に二本目が襲いかかる。必殺の影撃ち!
俺の放った鏢が、撫子の眉間めがけて一直線に飛んで行く。
だが撫子は動く気配すら見せず、その場に立ちつくしている。
この馬鹿野郎! 何でよけねえんだ!
「刺さった!」
と、誰もが思った。
その瞬間、鏢は撫子の顔前で忽然とその姿を消していた。
「!!」
その場にいた全員が、言葉を失う。
あいつが動いた様子は全くなかった。俺が鏢を投げる前と同じ格好のまま、腕をダラリと下げ、口元には薄笑いさえ浮かべている。
だがその両の手には、消えたはずの二本の鏢。
まるで始めからそこにあったかのように、自然にその手の中に納まっていた。
「神速……」
撫子がつぶやく。
「しん…そく……?」
あいつの唇がそう動くのを呆然と見つめたまま、俺もつぶやいた。
そして撫子が手を緩め、鏢がするりと滑り落ちて地面に突き刺さるのを、無意識のうちに目で追っていた。
その一瞬、俺は確かに瞬きをした。
ほんの一瞬だけ、俺は目をつぶった。
それだけだ。たったそれだけなのに……。
再び目を開いた時、俺は地面に仰向けに転がって空を見上げていた。
「え?」
そして腹の上には撫子が馬乗りになり、俺の喉元に刀を突きつけていた。
なんだこれ? 何がどうなってんだ?
首筋に、チクリと痛みが走る。浅くではあるが、その切っ先は確実に俺の喉を捕らえていた。
俺はその痛みで我に返り、驚愕の目を撫子に向けた。
撫子は、俺に刃を向けながらその顔に満面の笑みを浮かべている。
だがその笑みは……。
優しい微笑みでも、人を小馬鹿にした薄ら笑いでもない。
それは、獲物を仕留めた獣の歓喜の笑みだった。
薄く開いた唇の間から覗く赤い舌。
フーッフーッと耳に響く荒い息遣い。
その瞳の奥に宿る、狂気にも似た獰猛な光を見た時、俺は確かに死を覚悟していた。
「く……」
俺が観念して目を
そして周りを見回し。
「という訳じゃ、皆の衆」
と、呆気にとられて固まったままの連中に向かってにこやかに笑いかけると、刀を投げ捨てるように地面に突き刺した。
俺は、頬に触れるくらいの間近に突き立てられたその刃を見て、思わず自分の腰のあたりをまさぐった。
無い……。
このやろう、刀なんかどこから出したのかと思ったら。
俺の刀じゃねえか!
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