第二章 撫子

一 邂逅



 さてと、どうしたもんかな。


 村に戻った俺は、さっそく名主みょうしゅの屋敷へと足を運び、百姓連中を集めてここまでの成り行きを話した。

 とは言っても、本当の事を全部話したりしたら連中が腰を抜かすか俺が気狂い呼ばわりされるかのどっちかに決まっているから、かなり端折はしょった話にならざるを得ねえ。

 盗賊の砦の場所を突き止めて首領のつらを拝んで来たこと、そして河童の里へ行って長老と話を付けて来たことくらいなもんだ。

 そこで何が起きたかなんて、とても言えやしねえ。


「いやあ、さすがは狼さんだ。大したもんだあ」


 たったそれだけの話でも、百姓連中はポカンと口を開いたまま声も出ねえくらいに驚いている様子だったが、その中で唯一佐助爺さんだけが、相も変わらず動じない様子だ。


「何しろ三日も帰ってこねえもんだでよ。おら達ぁ、どうせ逃げ出したんだべって笑ってただどもなあ。いやこいつは失礼しましただなあ、あっはっは」


 ったく、ホントに失礼な爺様だよ。

 でも、いざと言う時に一番頼りになるのが、こういう男なんだよな。

 とりあえずしゃべるだけしゃべり、開いた口のふさがらねえ連中の事は佐助爺さんに任せて、俺は名主の屋敷を後にした。



 ――*――*――*――



 とにかくだ、これからどう動くかじっくり思案しなきゃならねえ。

 死人の弱点は判ったが、バレちまった以上は向こうだって何か対策は立てて来るだろう。それに山の物の怪達の方だって火は苦手だろうし。

 数で押し切られたりしたら、さすがに俺一人じゃ手に追えねえからな。

 さて……。

 道端の土手に寝転んで、つらつらとそんなことを考えながら、空を見上げていた時のことだった。


「おおーい、そこの人ー」


 ん?

 顔を上げると、見知らぬ女がこっちに向かって歩いて来るのが見えた。

 へえ、なにやら珍しい恰好してやがるな。薄汚れちゃいるけど、白いきぬに赤い袴。ありゃあ、巫女か。

 何が入っているのか知らねえがでっけえ頭陀袋ずだぶくろを担いで、俺に手を振っている。

 それにしても、あの女……。

 こっちの街道を歩いて来たってことはもしかして、いやもしかしなくても、あの峠を越えて来たってことなのか。

 よくもまあ、あんな物騒なところを無事に通り抜けてこられたもんだぜ。

 運のいい奴だな。


 てなことを考えながら、土手に座り込んだまま女が近づいて来るのをボーっと眺めていたら、あっちの方から再び声をかけてきた。


「よお、良い天気だのう。村の者か?」


 うん。なりは汚えが、よく見たら顔立ちはまあまあ綺麗だし、それに思ったより若そうだ。そうだな、二十歳前ってとこか。

 とにかく、ここらの百姓娘よりはよっぽどいい女だぜ。

 だが!

 残念だったな、胸がペッタンコだ。俺の好みじゃねえや。


「うんにゃ、俺ぁ余所者だ。巫女さんはどっから来なすったね」


 すると女は、俺の問いにニコニコと上機嫌で答えた。


「山の向こうからに決まっておる。おぬしは馬鹿か」


 なんてえ口のきき方だ。


「ああ、そりゃ失礼したな。そんで、何処へ行きなさるんで?」

「これと言っててなどない、気ままなぶらり旅じゃ。

 うむ、しばらくこの村に腰を据えるのも悪くないな。なかなか居心地の良さそうな村ではないか」


 暢気な女だな、今に戦争がおっばじまるってのによ。


「悪いが、そいつあ止めといた方がいいな。この村は今、盗賊に狙われてんだ。

 あんたみてえな若い娘なんて恰好の獲物だぜ」

「うむそうか、判った。では済まぬがおぬし、村長むらおさのところへ案内してはくれぬか?」

「人の話を聞けよ。危ねえからさっさとこの村を離れろって言ってんだよ」


 どうやらオツムが少々足りねえようだ。

 こんな小汚え女なんか放っといてもいいんだが、若い娘が災難に見舞われるのを黙って見過ごすというのも、寝覚めが悪い。

 なんて、なけなしの親切心をはたいて忠告してやった俺の言葉に、女は目を丸くした。


「なんと。おぬしまさか、私の身を案じてくれておるのか?

 おぬしのような見るからに悪党面の性根の悪そうな男が?」


 このクソアマ。


「ツラのことは放っとけ! これでも俺のおっ母が一生懸命こさえてくれたんだよ!」

「あははっ、なるほどその通りであったな。

 これはおぬしの母上に申し訳ないことを言ってしまった。母上殿、済まぬ」


 女はコロコロと笑いながら、あさっての方角に向かって頭を下げた。

 てめえ、謝るなら俺に謝りやがれってんだ!


「まあ、盗賊など何とかなるであろう。さ、参ろうか」


 こいつ、本気で頭おかしいんじゃねえのか? と、俺は女の顔をマジマジと見つめた。


「ん? 何を見ておる。私と一発やりたいのか?」

「ブッ」


 思わず吹き出した。

 決まりだ、こいつ絶対にキ○ガイだ。


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