八 死人

 


 目の前の景色が、真っ赤に染まった気がした。


 村が襲われたあの日、小さな餓鬼だった俺はおっ母に手を引かれて、密かに村を抜け出した。

 だが山の中で待ち伏せに合い、「逃げろ!」というおっ母の声を背に、俺は一人暗闇の中へと走った。

 そして最後に振り返った俺の眼に映ったのは、血にまみれ、火矢を打ち掛けられ炎に包まれながらも戦い続ける、おっ母の後ろ姿……。


「てめえ、なんでそれを知っている」


 まさか、こいつがあの時の盗賊!


「ぬわっははは! 儂に知らぬことはないのだ!」


 地球王が歯をむき出しにして笑った。


「てめえっ」

「というのは、嘘だ」

「あん?」


「あの事件は儂も興味があったので、詳しく調べておったのだ。

 なにしろ、人があれほどあからさまに神に刃向うことなどそう滅多にある事ではないからな。

 久しく忘れておったが、貴様の顔を見て思い出したわ」

「じゃあ、村を襲った奴らのことも知っているのか?」


 ニタリと笑う。


「知りたいか。知りたくば仲間になれ、さすれば教えてやろう。

 貴様の知りたいことも、知りたくないことも、全てな」


 こいつの言葉に、嘘は感じられなかった。

 俺が犬神とかなんとかはともかく、考えてみれば村があれほどの大規模な襲撃を受けなければならねえ理由も判らねえし、たかが盗賊風情がそんな力を持っていたというのも、おかしな話だ。

 当時まだ餓鬼だった俺には、ただただ恐ろしいという記憶でしかなかったが、こいつならそのあたりの事情も、盗賊の正体も、全部教えてくれるのかも知れねえ。

 だが……。


「断る」

「ほう?」

「悪いが、俺は人間だ。あんたみてえな化け物の仲間になんかなる気はねえ」

「うむ、そうか。では仲間にするのは諦めるとしよう」

「なんだよ、随分あっさり引き下がったな」

「儂は無駄なことが嫌いなのだ。

 貴様が仲間になりたくないというのなら、構わぬ。一度殺してから傀儡くぐつにしてしまえばよいだけのことだ」

「なにい?」


 地球王は、俺の隣でボケッと突っ立っている指なし野郎を指さした。


「おい、お前」

「へえ」

「そいつを殺せ」

「キャンッ!」


 指なしが飛び上がった。


「いやだよう。御頭あ、勘弁してくれよう。このあんちゃんはダメだよう。恐いよう」

「ちっ」


 地球王は苦い顔で舌打ちをした。


「そういえばお前には、犬の魂をくれてやったのであったな。所詮犬では狼に立ち向かうことはかなわぬか」


 犬の魂だと?


「そりゃあ、どういうことだ」

「××の術は、死人しびとの壊れた魂を補うために別の魂を肉体に封じ込め、甦らせる技だ。

 封じ込める魂は、魂の形さえしておれば別に人のものである必要はない。むしろ人でない方が楽なくらいだ。

 ではあるが、さすがに虫や蛙では不足、獣くらいがちょうど良いのだ。

 こ奴には野良犬の魂をくれてやったのだが、やはり幾許かの影響はあるようだな。

 言葉をしゃべるだけでも人に近い部類と思っておったが、己が意思まで発するとは、正に上出来。

 ぬはは、なかなかに面白い」


 人の肉体に犬の魂、それがナントカの術の秘密って訳か。つっても、どうやって魂を出したり入れたりするのかはさっぱりだが。

 それにしても口の軽いオヤジだぜ。ほっといたら、もっと面白そうな事までしゃべってくれそうだ。


「貴様もとっとと傀儡となってしまうがよいぞ。貴様には、特別に狼の魂を用意してやるとしよう。ぬわっはっはっ」


 前言撤回、面白くもなんともねえ。


「グフ……、もはや嫌だと申しても逃しはせぬ。出でよ者ども!」


 地球王が手を挙げると、建物の床下やら庭のそこかしこから、大勢の盗賊どもが現れ出て来た。


「どうだ、これでもう逃げ場はないぞ。諦めて大人しく死ぬるがよい。なに、心配せずとも儂がすぐに生き返らせてやる」

「悪い冗談だ」


 さて、囲まれちまったぜ。

 盗賊どもは、相手が一人とタカをくくっているのか、殺気だった様子もなくじわじわと俺の方へ迫って来る。つーか、どいつもこいつも腑抜けたツラしやがって。

 まさかこいつら……。


「よう、地球王さんよう。ひょっとしてこいつらみんな、死人か?」

「そうだ。よく判ったな」

「よくもまあ、こんなに沢山こしらえやがったもんだな」


 死人どもはその後も次から次へと現れ、今や庭全体を埋め尽くす程になっていた。


「たまたま、程度の良い材料が大量に手に入ったのでな。手持ちの者どもがそろそろ草臥れてきた所であったので、ちょうどよい頃合であった」

「それってまさか、あんたを退治に来た侍達のことか?」

「ほう、知っておったか。まあ招かざる客ではあったが、せっかく来てくれた限りはもてなさぬ訳にもいかん。儂はこう見えて付き合いは良い方なのだ。

 丁重に出迎えて、無駄なく皆殺しにしてくれたわ」


 ぐふふ……、と地球王は不気味に笑った。


「ちっ」


 こうなっちまったら、もう仕方がねえ。


「おい、おめえ」


 俺は際限なく溢れ出てくる死人達を睨みながら、隣の指なしに声を掛けた。


「なんだい兄ちゃん」

「おめえ、あの中でちょっと暴れてこい」

「うんわかった。わああああああっ」

「え?」

「うわああっ! わーっ、わーっ!」

「おい、貴様! 何をやっておるか!」


 俺の言葉に何の躊躇もなく突っ込んで行った指なしに、俺も驚いたが、地球王も相当に慌てたようだ。

 何でこいつ、自分の親分の命令は聞かないくせに俺の言うことは素直に聞いてんの?

  やっぱアレ? 犬の魂がどうとか言ってたやつ?


「わああっ、わーっ!」


 指なしは大声を上げながら持っていた槍をブンブンと振り回して、死人達を追い回している。

 連中もこれにはどう対処していいのか判らないのか、暴れる指なしに立ち向かおうともせず、ただただ逃げ惑っていた。

 あいつらの様子を見るかぎり、死人もある程度の意志は持っているみてえだが、やはり生きた人間ほどには頭は回らねえようだ。

 それに地球王の野郎まで、指なしに向かって「やめろ、止まれ!」と叫んでいるが、他の連中への指示をすっかり忘れちまってる。

 よほど慌てたんだろう、ざまあみやがれだ。


 よし、ここらが頃合だな。盗賊がどんな連中かは大体判ったし、頭目のツラも拝めた。下見としては上出来だろう。

 何だか訳の分からねえ状況になっちまってるが、この機を逃す手はねえ。

 俺は指なしとは逆の方へ駆け出しながら、懐から火鏢を取り出した。

 火鏢は普通の投げ鏢よりも大振りで、背の部分に刻んだ溝に火薬を仕込んである。

 そして、投げる瞬間に掌の火打石とこすり合わせて火を起こし、これまた火薬と油をたっぷり染み込ませた緒に引火させるのだ。


「喰らいやがれ!」


 立ちふさがる死人めがけて、思いっきり投げつける。火鏢は俺の手を離れると同時に炎の矢へと姿を変え、死人の胸のど真ん中に突き刺さった。

 どうでい、ちっとは驚いたか! と思った、次の瞬間。

 炎が死人の全身を一気にを包み込んだかと思うと、ドーン! と音を立てて、その体が爆発した。


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