第16話 あなたの大切なファイルは押収されました。
引き続き調査を開始する私たち。
これまでにわかったことは、
保守端末に不審なプログラムがうようよいたことと、
社内にサイバー攻撃の原因となった人間が複数いること。
あと、れんちゃかわいい。
保守端末にこだわっても進展がなさそうなので、
私としてはさっさとサーバーを調査する流れにしたい。
既にサーバーの中身はチラ見しているわけだが、
そっちもかなりやられていた。
合法的に中身を取り出すためにもサーバーに入らなくては。
「というわけで、サイバー攻撃に使われているサーバーにアクセスできる端末。
それをすべて探し出したいんだが。」
よし、サーバーの調査が始まる!
「サーバーにアクセスできる端末、ですか・・・。
基本的に、保守LANに繋げさえすれば、誰でもアクセスできるので、
そういう意味だと社内のすべての端末が対象となり、ます・・・。」
それな。
まさか事前情報なしにすんなりは入れるとは思ってなかったよぉ?
いつもは当然のようにアクセス制限があるから
アクセス制限のかかっていない端末に侵入して、
そこからサーバーに乗り込むという手順が必要になる。
この会社は、ネットワークにさえ入ってしまえば、アクセス可能。
社外からだとファイアウォールではじかれたりするんだろうけど、
社内からだとあまあまセキュリティだったのだよ。
きっと管理者がアクセス制限かけるのめんどくさかったんだろうねぇ。
root:rootで入れるって無用心にもほどがある。
「では、保守LANはどこに?」
「いろんなところにあります。
どこでも保守作業ができるように、いろいろな場所に・・・。」
本当にいろいろなところにあった。
あるときは社員のデスクの上、
あるときは廊下の隅、
そして、またあるときは食堂に隣接する休憩室。
ノートパソコンを持ち歩いている人もいたし、
電話がかかってきたら即対応できるようにしているのだろう。
常に仕事のことを考えながら生活しないといけないなんて、
この会社の社員さんは大変でござるなぁ~。
「全部把握している人は?」
「それは・・・。
ネットワークを管理する部署に、問い合わせれば誰かは・・・。」
ネットワーク管理部署!
そういえば、さっき話してきた社員の中にネットワーク見てるって人、
いたなぁ・・・。
名前が特徴的だったからよく覚えている。
海と書いてアクアと読む人だったはず。
はるにゃんパパは、名前に結構なこだわりがある人らしい。
海外でも通用しそうな名前でないと採用しないという噂。
言われてみれば、ジョージ、カレン、アクア、そしてアラン。
英語圏でも無理なく発音できる名前ばかりだ。
私はどうなんだろう?アヤって通じるのかな?
それはそうと、れんちゃがちょっと暗い顔をしている。
お水の飲みすぎでポンポン痛くなっちゃったのかな?
かく言う私も水素水の飲み過ぎでトイレに行ってきたばかり。
そうでなければ、これから行くところに会いたくない人がいるか。
あまり人と話すの得意じゃなさそうだし、
相手があくあだと圧倒的に性格が合わなさそう。
あくあはれんちゃのこと好きじゃないけど嫌いって感じだったし。
そういうときは、何か共通点を見つけるべきだ。
あくあと初めて話したときは、
三角コーナーにたかる小バエを見るような目で睨まれたけど、
学校の後輩だって言ったらすんなり心を開いてくれた。
プロトコルを合わせないと通信ができないように、
話題を合わせれば意思疎通もハードルが下がる。
もちろん、学校の後輩というのは嘘である。
自分の興味のない相手は眼中にないあくあのようなタイプは、
友達以外のクラスメイトなんて覚えちゃあいない。
というか、学年が違えば知らないのは当然で、
同じ学校ならではのローカルルールを知っていればすぐ騙せる。
とっさの嘘というのはすぐばれるけど、
あくあは一生に何度も会う相手ではない。
もし、嘘がばれそうなら、嘘がばれても大丈夫なくらい仲良くなればいい。
そんなことよりれんちゃだ!
「れ、墨名さんは、どの部署にいるのかな?」
あぶないあぶない。
油断するとすぐ愛称が出てしまう。
「経理の部署です。」
「あ、そうなんだ・・・。」
ふむ。どうやら共通点を見つけるのは無理らしい。
「ねぇ、どうする?」
「どうするも何も、どの端末がつなぎに行ったかわからない以上、
サーバーのアクセスログを調べるしかない。」
うん、どうしてもネットワークの部署に行かないといけないかな。
あくあ以外の社員がいればいいけど、
そういう淡い期待というのは持たないほうがいいよね・・・。
勘のいい人間は、自分の経験からなんとなく答えを出している。
『あのときはこうだったから、今回も』とか
『このペースで行くとああなるから、ここは』とか
今までの経験を踏まえた予想が勘となって現れる。
勘の悪い人間は、自分の願望が混ざる。
『次に当たれば、うまくいく』とか
『ここで助けてくれるから、大丈夫』とか
自分の都合のいいように考えた未来を現実に重ねようとする。
ネットワークの部署に行かなくてよくなるのは、自分の都合から考えた未来。
実現するはずがない。
「サーバーの管理をしているのは?」
「ネットワークの部署、のはず。」
あのサーバー、あくあが管理してるかもしれないのかー。
ふーん。そっか。
それなら、何とかしてやれるかもしれない。
れんちゃのために。
「ログインパスワードならわかるんですけど・・・、
行かないと駄目でしょうか?」
やっぱり、れんちゃは行きたくないらしい。
~ネットワーク管理部署へ移動して~
「あ、あの・・・。万里先輩、
少しお時間頂いても・・・。」
「・・・。」
案の定、れんちゃはうまく会話ができなかった。
悪いことをしたわけじゃないのにそんな弱腰じゃ駄目だよぉ?
仕方ない。社長の頼みだ。
私が代わってあげるとしよう。
「あーっ!あくあじゃん!」
「ん?」
一瞬、お前は誰だって顔をしたけど、私のことを思い出してくれたらしい。
すぐに声のトーンが変わった。
「あれ!?綾音じゃない!
さっきぶりじゃん!どうしたの?」
「どうしたって、会いに来たよ。お前にな!(イケボ)」
「はあーやーい!早いよー!(笑)」
一度スイッチが入ると急にテンションが上がる。
それがあくあである。
私も相手に合わせてテンション上げて話すようにする。
「あれ?誰それ?彼氏?」
誰がこんなの彼氏にするか!
じゃあ、どんなのならいいのか、と言われると特に何もないけど。
まだ結婚を考える時期でもない。
なすべきことをなすためには、まだまだ自由が必要なのだ。
「冗談きついよぉー!上司よ、上司。
私の会社の。」
「あー!診断に来てるんだっけ?
はじめまして。万里 海です。」
軽い。
本当にスイッチが入っているといないとでは対応がぜんぜん変わる人だ。
ちなみに初対面のときに、何かのきっかけになればと、
ここに来た理由は伝えてある。
サーバーの中を見たいという話はしていないけど。
話しすぎるのも考え物で、相手に身構えさせてはならない。
特に相手の責任を問うようなことがある場合、
証拠隠滅されないように話を進めなければ。
とりあえず、上司の紹介をして場を持たせよう。
15分くらい世間話をすればサーバーの話も切り出しやすいはず。
もしかしたら、相手からネットワークの話をしてくれるかもしれない。
「ああ、寒江 逢乱だ。」
「アラン!?外国の人?」
「あ、あの!」
・・・5分もたたないうちに、れんちゃが割って入って来た。
そういうところだぞぉ?
せっかく楽しい話をしようとしているのに。
これにはあくあもお怒りである。
あくあがあくまになってしまう。
いや、楽しいひとときに水を差すようなこと、誰でも怒るだろう。
「・・・なに?」
「え、えっと。仕事の話を・・・」
幸せな時間をぶち壊して、面倒な仕事の話を持ってくる。
何事も仕事第一。相手の都合を考えちゃあいない。
これだから社畜は・・・。
思考が会社に傾倒すればするほど、感情論を嫌うようになる。
会社は仕事をする場所であるため、
規則にしたがって淡々と業務をこなすことを求められる。
冠婚葬祭や家庭の事情など外的要因でスケジュールが狂うのは、
仕事を進める上で最も嫌われることであり、
女性の社会的地位が低いのも、家庭を優先されると困るからだと思っている。
あれがしたいこれがしたいという感情は一切捨てて、
会社を動かす歯車になれる人材こそがすばらしい。
感情論を持ち込むなどもってのほか。
そういう思考に、れんちゃはなっている。
かなしい・・・。
悲しいときほど笑顔でなければ。
重く苦しい空気をふっ飛ばさなければ未来は明るくならない。
「れんちゃ、あ・せ・り・す・ぎ・だ・ぞ?」
「ふぇっ?」
妹を救うのは、姉の役目!
何を言っているかわからない人は、一度姉になってください!
「お姉ちゃんに、ま・か・せ・な・さい♪」
私にはれんちゃを理想の妹にする義務がある!!!
「お姉ちゃんって、その子妹なの?」
う。そうではない。
そうではないのだよっ・・・!
れんちゃは、私の妹として生まれてきたかもしれない子なのだ。
れんちゃの可愛さをあくあにも理解してもらいたい。
「いずれ妹となる予定!
ほら見て?すっごく可愛いじゃない!
こういう子は、可愛がってあげなきゃ駄目でしょ?
ほら、この目を見て。」
語彙力ぅ!
駄目だ。れんちゃの可愛さを表現するには、
どのような言葉をもってしても、私には不可能だった・・・。
こうなったら感情で押し通すしかない!
頭が悪ければ悪いほど感情に訴えかければ主張が通る。
論理的な思考ができないから。
「・・・よくない?」
「まあ、そうね。
かわいがってあげたくなるかも。」
「でしょでしょ?」
通った!
あくあがちょっと引いてるけど、嫌われたままよりはいい。
れんちゃは愛されるべき。
「あ、でも。姉は私だからねぇ♪」
「はいはい。(笑)
でも、なんで一緒にいるの?」
「あっ!」
ここで会話をとめる。
一方的に話し続けると相手も飽きてくる。
会話を続けるべきか、止めるべきか。
相手の反応を見てみよう。
「・・・・聞きたい?」
「聞きたい聞きたい!」
よし、まだ飽きていない様子。
更に距離を詰めよう!
「・・・社長に頼まれちゃった。(ドヤ顔)」
「マジで!?あの社長から?
やるじゃん綾音!」
この会社における社長は、ただ偉いだけではない。
社長に認められることが社員にとってのステータスなのだよ!
実際、あんな感じだったし、付き合っていられるだけでも凄い。
一生ついていくには愛が必要だろう。
はるにゃんパパがいるということは、はるにゃんママもいるはずで、
そういえばどんな人なのだ?
小さくて可愛い系だと言ってたような・・・。
きっと変人なんだろうな。
「あ、あの・・・。」
「ちっ。(舌打ち)」
「ひぅ」
つい投げキッスをしてしまった。
これも愛ゆえの出来事。
怯えるれんちゃも可愛いよぉぉぉ♪
さあ、私を畏怖しろ!
妹としての勤めを果たせ!
だがしかし、れんちゃが再び割って入るのを待っていたのも事実。
先程の投げキッス(舌打ち)によって、あくあの側に立ち、
話題を変える口実をれんちゃから受け取る。
れんちゃの洗脳も大切だが、仕事も進めないといけない。
「しょうがないなぁ・・・。
ごめん、私もあんまり時間無いんだぁ。
ちょっと頼み聞いてくれない?」
「なになに?」
「サーバーあるじゃん?
あれ、ちょっと中見たい。」
私は知っている。
サーバーの中に、何が入っているか。
知っているからここに来た。
「・・・面白くないよ?」
「そういう仕事なんだよぉ~。」
あくあも、いい表情するねぇ♪
サーバーの中に見せたくないものが入っているのが、
バレバレだ。
「いいでしょ?」
「それは流石に、マズイって言うか・・・。」
「大丈夫。悪いようにしないって、
それとも・・・。」
あくあの首にさっと腕を回して急接近し、耳元でささやいてあげた。
「サーバーの中の写真、社長にバラしちゃう?」
はは、レールを外したジェットコースターから落ちたみたいな顔してらぁ。
あくあはこのサーバーを私物化して、
個人的なファイルを片っ端から保管していた。
その中にあった写真。
可愛そうだから詳細は伏せるけど、
世間に知れ渡ったらまともな仕事につけなくなるとだけ公言しておこう。
どうしてこんな酷いことをするかって?
そんなの、
れんちゃをいじめたからに決まってるじゃないですかぁ。
私の正義の六法全書に従い、万里海を有罪とする!
「じゃあ、見せてもらうからね?」
「・・・うん。」
「あ、見てる間に、保守LANがどこに伸びてるか確認してね。
全部探し当てられたか自信がなくって。」
「そ、そう?」
はい、トドメ。
『逃げ場はないよ?』ということを遠回しに教えてあげた。
もうこの会社は調べ尽くしてある。
別にあくあがいなくても、なんとでもなる。
だがしかし、正式にネットワーク図を受け取らないと、
勝手に社内を調べ回ったことがバレてしまう。
普通に頼んでも良かったけど、
れんちゃをいじめた罪は、償ってもらわないといけないよね?
さっそくサーバーを調べにかかる。
「これ、どうやって調べるんですか・・・?」
早速れんちゃが私に話しかけてきた。
ついに私を!姉として!認めてくれたのねっ!!・・・?
「このサーバーは、外部とアクセスをするために使われているんだったな?」
「あ、はい。
会社のホームページとか」
そっちかよ!
もしやブラコンなのか?
姉より兄がほしいとか思ってた、ってことぉ!?
お、落ち着け・・・。
れんちゃは社畜だから、仕事の話がしたいだけなんだ。
きっとそう。
「では、内部と通信をすることは、そんなにない。」
「そう、ですね。
保守端末くらいしか。」
「では、それでまず絞ってみよう。」
かなしい・・・。
一人で作業なんて・・・。
私もれんちゃと一緒がいい!!
でも、仕事はしないと・・・。
しばらくカタカタとキーボードを叩く私。
おお、神よ。なぜですか?
私が何をしたというのでしょうか?
事前に調査をしてあったので、
目的のマルウェアと、この会社の社員を強請るネタは、数十分で回収できた。
だがしかし、このマルウェアは普通のもの。
よくメールか何かでばらまかれるような、技術レベルの低いマルウェア。
さらに後ろがいるということだろうか?
今回の攻撃のレベルから推測して独自に作り込んでいるものとばかり・・・。
まあいいや、れんちゃのところに行こう。
仕事は終わった。
「アクセスログの調査は終わったかなぁ~?
サーバーの中漁ってみたらすごいことになってたよぉ?
校庭の隅の石をひっくり返したくらいマルウェアがびっしりー!」
社内のありえない状況を知ってれんちゃがあせる。
そういえば、今は責任者だったね。
記者会見を開いて、お茶の間のみんなの前で頭を下げてみようか?
ごめんなさい、できるかな?
「えと、どうします?
マルウェア消しちゃいますか?」
「できればマルウェアの解析をしたい。
素性のわからないマルウェアを触るのは危険だ。」
だからさぁ。なんでそっちと話すの?
私のこと嫌いなの?
こんなにも尽くしてあげているのに!
「これ、ネットワーク図。」
あくあがネットワーク図を持ってきた。
別にいらないけど、一応見てあげますか。
初見のふりをするのを忘れずに・・・。
「ほうほうこれが・・・。
ん?」
驚いた。
私の知っている社内ネットワーク図と違うじゃあないか!
「どうした?」
「あそこにも保守LANあるの!?」
そういえば不自然にセキュリティのしっかりした倉庫があった。
あんなところにも社内ネットワークにつながる場所があったとは!
しかもスキャンしたときには出てこなかったから、
スキャンされないように対策してたってことになる。
サーバーのセキュリティがこんなに緩いのに?!
間違いない。犯人はここにいる。
サーバーにマルウェアを仕込んだ犯人が!
いや、この会社の中に監視カメラと盗聴器を仕掛け、
ずっと私達を監視している犯人でもあるかもれない。
早く行かないと逃げられるかも・・・。
「よし、行ってくる!
墨名さん、案内して!」
「あっ、待ってください!」
おお!れんちゃがついてきた!
やっと二人っきりになれそうだねぇ!
もっとも倉庫の中に誰かいるかも知れないが、
そのときはれんちゃの前でかっこいい所を見せよう。
これでも格闘には自信あるのだよ!
見よ!秘技、階段2つ飛ばし側面蹴り降下!
フハハ、追いつけまいッ!
あ、置いてっちゃ駄目だ。連れて行かないと・・・。
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