第5話 Shibuya 0:09-1:35
終電を間近にした地下のうどん屋は熱気に満ちている。
腹ごしらえのために「かけ中」と天ぷらをカウンターから受け取ったユウは、4人掛けの席に金髪と茶髪の女二人連れが座っているのを目ざとく見つけると、さっさとその隣に座った。
ユウ「相席いいっすか?」
女A「え、いいって言ってないんだけど?」
ユウ「あ、すんません。じゃあ相席させてください。うどん食うあいだだけ」
そう言ってユウは頭を下げて見せた。
女A「うどん食うあいだだけって、当たり前じゃん。ほかに何すんのよ」
ユウ「そうそう。俺ら今から食い始めるし、二人もまだいっぱい残ってんじゃん。食うあいだおしゃべりして、食い終わったらさっさと帰ろうぜ」
アラタ「はいはい、ごめんね。コイツちょっとおかしいんだ。でもたぶん迷惑はかけないし、一緒に食べてもいい?」
アラタも席に座りながら丁寧に頼むと、「しょうがないか」という雰囲気になった。
アラタ「二人は仕事? 飲み会? 俺らは飲んできた。男二人で」
そう言うと、アラタとユウは目を合わせてギャハハと笑った。
渋谷”ガスパロット”は地下にある。
ユウはそこが気に入っている。
地下にあるクラブのほうが、なんとなく肌にしっくりくるのだ。
アラタと女子二人の四人分のエントランスフィーをユウがひとまず払って中に入った。
客の入りはフロアの半分ぐらい、という程度だった。
ユウ「とりあえず酒買いにいこ。何がいい? チエちゃん一緒に行こうぜ」
丸テーブルとスツールが空いていたので腰を落ち着かせると、ユウは女子に声をかけてバーカウンターに向かった。
服を震わせるような低音のビートが腹を打って、クラブにいるという実感を感じさせてくれた。
曲は、特に何ということもないビルボードチャート系のヒット曲だったが、それでよかった。
ユウは優しい気持ちで、女の子に酒をおごった。
ユウのその気分が壊れるのに、1時間とかからなかった。
フロアが盛り上がらないのだ。
その場にいるのはナンパしに来た男たちばっかりで、音楽を楽しむ心意気が感じられなかった。
そのわりに、クラブ内の女子の比率が極端に少なく、アラタたちが連れてきた女子二人以外には数人程度しかいなかった。
男たちは誰が女子に声をかけるか、お互いにけん制し合っているような雰囲気だった。
そのせいで、アラタたち四人が妙に目立ってしまっていた。
アラタとユウは女の子を誘ってDJブース前のフロアに出て、何度となく踊った。
ビルボードチャートのヒット曲は二人とも大好きだったし、酒と爆音とヒットソングとダンスフロアがそこにあれば、あとは身を任せるだけでいい。
踊り方や楽しみ方は、いくらでも女の子に教えることもできるし、同調することもできる。
しかし、そのフロアで踊っているのはアラタたち四人だけだった。
フロアに馴染むことができず、心から楽しむことができなかった。
「あのコたち、彼女?」
酒を買いに行ったタイミングで男の二人連れからそう声をかけられた時、ユウは嫌気がさした。
ユウ「知らねーよ。彼女じゃねーよ。なんだよ。彼女だったら何なんだよ。声かけたいなら好きにしろよ」
ユウは席に帰ると、女子二人に言った。
ユウ「俺ら帰るわ。約束どおり帰りのタクシー代わたすけど、どうする? ここにいてもいいよ。あとでタクシーで帰ってもいいし」
明かりの消えた西武デパートの前で、ユウとアラタは女子二人がタクシーに乗り込むのを見送った。
街を歩く人はまばらになり、しんとした空気が上空から少しずつ下りてきているようだった。
ユウ「悪いな」
アラタ「しょうがないっしょ」
ユウ「とりあえず歩くか」
二人は足の向くまま、駅のほうに歩きだした。
さきほどまでの雑踏が嘘のように消え、まるで自分たちだけの街のように歩きやすくなっていた。
左手の109メンズ館。
右手のTSUTAYA。
左前方のハチ公広場。
正面に見える井之頭線とJRをつなぐ空中コンコース。
それらの真ん中に横たわるスクランブル交差点。
そのすべてがひんやりとした暗闇に包まれて、二人のことをおとなしく待っていた。
アラタ「ガールズバーでも行くか?」
ユウ「んー、音楽聞きてぇな。ちゃんとしたやつ」
アラタ「クラブか。いいとこある?」
ユウ「どうだろ。調べる。ちゃんとしたDJの、ちゃんとした音楽が聞きたい。いいやつ。とろけるようなやつ」
アラタ「さっきのは、まぁしょうがないな。あれはああいうやつだ」
ユウ「うん、違うやつ」
そう言ってユウは、スマホを取り出した。
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