25. 発明の名称:反撃用片手剣

 僕はついに、鍛冶屋に戻ってきた。


 ユイさんは、クマのできた目を手でこすろうとして、むしろ目尻付近をススでさらに汚しながら、「おかえりなさい!」と出迎えてくれた。


「ちゃんと無事で戻ったね、えらいえらい」

 ユイさんの方が年下なのに、まるでお姉さんのような口調だった。


 探索クエストで手に入れたお金を渡す。

 布袋にズシリと重く、ユイさんの細腕が「おうっ」っと、急激に下がった。


「ずいぶんと稼いで来たんだね……」

「ミノタウロスも倒したりしたから」


「ほんと? すごいじゃないの!」

「いや、たまたまそうなっただけでさ……」


 ミノタウロスの戦果は僕の地力では無いから、褒められるとどう返して良いか、困ってしまう。僕の地力は、武器屋の店員にモーニングスターで殴られた方だもの。


 旅の帰りにちょこちょこと、山高帽のちびっ子魔法使い、ミオウから、憧れの混じった目を向けられる度に。彼女の目の中に映る僕の虚像と、弱い僕の実像との間のギャップに、苦しんでいたりもした。そんな落とし穴。


 実力に応じて、「新人」として見てもらえれば、凄くラクなのに……。

 

「それで? どうやってミノタウロスを倒したの? ヨージの今のレベルでは、ものすごく格上のモンスターなはずだけど?」


「ユイさんが打ってくれた、剣のおかげですよ。アックスの攻撃を自動で受け流して……」


「うひゃあ!!!」

 ユイさんは突然跳ね、小躍りしはじめた。

 長尺のエプロンスカートがヒラリとなって、少しドキリとした。


「オート受け流し機構、うまく作動したんだね! やった! やったど!! やったどん!!! どんな感じだった? 敵の攻撃の感触は? どのくらいの重さまで受け流せそう? 刀身のはね返り反撃速度は? 仲間が近くに居ても安全に使えそうかなあ? ねえねえ? 強度的に何回ぐらい使えそうだと思った? どの方向からの攻撃なら受け流しやすい? ……」


「う、う」

 僕の回答の隙なんか無いくらいに、矢継ぎ早に質問が来る。とんだ「鍛冶オタク」だ。


 ――まぁ、そんなひたむきな所もかわいいんだけど。




「……おい、ヨージ」

 呼ばれて後ろを振り返ると。

 

 勇者タスクが、両腕を組んで仁王立ちしていた。

 その後ろに、ミハは苦笑いで、ミオウはなぜかユイさんをにらみつけるように、それぞれ立っていた。


「あのさ。俺達の紹介、してくんねえの? 客だろ?」


 ◆


 客室でお茶を飲みながら、僕らは今回の冒険譚をユイさんに話したのだが。

 その途中で、とんでもないことが発覚した。


「えー! まだ特許パテソト出願して無かったんですか? ユイさん!」

「てへぺろ」

「てへぺろじゃないですよー!」

「ごめんごめん。別の防具を作ってる方が、楽しくなっちゃってね?」


 なんと、僕がミノタウロスを倒すのに使ったあの剣の機構、まだパテソト出願してなかった。


「すぐ出さないと! 前みたいに、他の人に先を越されたら、またダメになっちゃいますから!」

 と僕が言ったら、ユイさんは目に見えて落ち込んだ。


「心の傷が……」

 とかなんとか。


 そこに、おずおずと……な感じで、ミハが手を挙げた。

「あの……早い者勝ち、とかいう以前に。そもそも、新しい武器じゃないとパテソトの権利、ゲットできないような?」


「えっ?」

「そうなの?」

 ユイさんと僕は、ほぼ同時に驚いた。


ツソキセイ新規性って言うんですけど。いったんみんなにバラしちゃったら、もう新しくないから、権利くれないみたいで」


「「ひぁー!」」

 ユイさんと僕は、全く同時に悲鳴を上げた。


「……ユイさん、ごめんない。ミノタウロスを倒すのに、剣を使ってしまいました……みんなの見ている前で。もう権利取れないみたいです……」

「ううん? ヨージの命の方が大事だし。私が先にパテソトを出しておけばよかったのに、後回しにしちゃったから……」


 と、僕ら2人が「ごめんなさい祭り」をしていると。


「あー! 辛気臭えなぁーもう! 過ぎた事をごちゃごちゃ言ってもしょうがねーだろ? バカかあんたら?」

 と、タスクが言った。

 これにはさすがに、僕もユイさんもムカっとした。


「ミハ、そのへん詳しいみたいだけど、なんかいい方法ねぇの? この状況でもパテソトをゲット出来るような、裏技みたいなの」


「えっと……あるにはあるらしいんだけど……」


「「えっ? ホント!?」」

 ユイさんと僕は、ミハにすがりつくように、その先を話してくれるようお願いした。


「別にいいけど、私だって親からの聞きかじりだからね。って、ミオウ。どうしたの? さっきからずっと怖い顔して……」


「なんでもない……」

 と、ミオウはなぜか、頬を膨らましていた。

 僕とユイさんから、顔をそむけるように。


 ◆


「えっとね? 公開しちゃったら、パテソト取れないのが原則なんだけど、本人の行為に起因しての公開なら、セーフなんだって」

 と、ミハがゆっくり、説明してくれたんだけど……。


「あ? もっとこう、俺にも分かるように! 聞いててつまらん!」

 タスクだ。


「もう……タスクは『面白い病』患者だよね……。作る人って、『出来たー!』って言いふらしたいでしょ? でも、それで権利取れなくなるのはかわいそうでしょ?」


「それはわかる」


「だから、言いふらしてから6ヶ月以内改正で1年になら、セーフになるかもしれない」


「へぇー」


「あと、意に反しての公開の場合も、セーフになるって、私の親が言ってたなぁ」


「ふーん。……ヨージ、お前、ミノタウロスにその剣使うのって、本意だった?」


「んなわけないでしょ! そう言うタスクが、あの時意識失ってたんだよ?」

「まぁ、それはすまんかった」


「僕がやらなきゃ、パーティが全滅する、大ピンチだったんだよ……」


「だから、分け前をはずんだじゃんかよ。まぁ、それなら、今からパテソトの出願しても、間に合うんじゃねーの?」


「「たしかに……」」

 ユイさんと僕がハモった。


「もしパテソトを出すなら、『例外的にセーフにする』ための設定、私がやりますけど?」

 と、ミハが言ってくれた。


「「ありがとうございます!」」

 ユイさんと僕は、そうお礼を言った後、互いに頷きあった。黒髪の頭がコクンと縦に揺れるのを見るのは、なんか良い感じだった。


「……ふん」

 ミオウは、やっぱりなぜだかつまらなそうにしていた。


 ユイさんが、スマホっぽい四角い板「ヌマーホン」を取り出して、ミハに渡す。

 ミハは目をつむり、「んー」とかいいながらヌマーフォンの画面を、六芒星っぽい感じで指で弾いて、なにやら操作していた。そしてユイさんに「はい」と渡した。


「ありがとうございます」

 ユイさんはヌマーホンを、まるで女神像のように、大事そうに両手に持ち、それを額に当て目を閉じた。まるで、ヌマーホンに、思考を注入しているかのように、じーっとしていた。


 そして、ほんとうに、神に祈るかのように。


「パテソト、パテソト。どうか通ってください。お願いします……」

 小さくつぶやいたユイさんは、それに続いて、僕には理解できない、呪文みたいな何かを、モニョモニョと唱えた。


 板状のヌマーホンが緑色に点滅。

 その緑光が、小さな球のように、一箇所に集まっていく。板の、右上の方に。


 そしてユイさんは、まるで釣りでデカイ魚を捕まえた時みたいに、右手に持ったヌマーホンを天井に向かって掲げた取ったどー


「いってらっしゃい!」

 ユイさんがそう言って、ヌマーホンを持つ手に力を入れ、ギュッと握るのと同時に。


 緑色の光が天井に向かってヒュオッ! と飛び、そして、その光は天井を突き抜けて……そして消えて行った。


 ――数瞬後。


 天井から、少し孤を描くような軌跡で、緑色の光が飛んで来た。さっき飛んでった光より小さな、球形のものだった。

 その小さな緑光は、ユイさんのヌマーホンに吸い込まれて、ヌマホをブルブルと振動させた。


 振動が収まったのを確認したユイさんは、息をふーっと吐いてから、言った。

「出願完了」


 そして、そのヌマーホンを僕らに向けて見せてくれた。

 パテソト出願の、受領を知らせる通知のようだった。


 その通知を覗き込みながら、タスクが言った。


「んーなになに? 『発明の名称:攻撃受流適時反撃用片手剣』? 名前長っ! 呪文の詠唱かよ!」 


 ――審査結果は、1週間前後現世なら1年前後で出るらしい。

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