24. 詐欺師と詐欺師

 平和な世界で生きてきた僕は、悪意を向けられるのに慣れていなかった。


「え、いや……」

 すくみ上がる。


 冒険仲間の3人をチラリと見ると、「あららー」って感じの、のんきな顔。


「いや、じゃねぇよてめぇ。営業妨害しやがって」


 ◆


 広いところに引きずり出された。


「おっ?」

「なんだ?」

「喧嘩か?」


 野次馬が集まる。

 人垣が、僕らを中心に、円を描くようにできつつあった。


「オラ。うちのこの商品がニセモノだと? 覚悟あって言ってんだよな?」

 短髪の店員は、モーニングスターをかまえた。


 どうする?


「いや、そこまでは言ってない……」

 剣の柄のマークが削られているみたい、と言っただけだ。消え入るような声で反論しても。


「アー?、戦って勝ってみろや。できんだろ? 武器の真贋が分かるんならよ?」

「だ、だからそんなこと……」


(人のテリトリーを荒らすとこうなるのか!)

 こんなに過剰に反応されるとは思わなかった。


「ごちゃごちゃうっせーんだよ、コラ」

 短髪に黒く焼けた肌の店員は、くだんのトゲトゲ棒でなぐり掛かってきた。

 

 おそらく、本気で力を込めているわけではない。

 何発の攻撃を食らっただろう。

 鎧の上からでも重い衝撃が伝わる。


 モーニングスターは、剣のような「斬る」ことを目的としているのではなく、叩き潰すのと、あと、トゲトゲで刺すのを狙った武器だった。


 ハンマーみたいに先っぽよりに重心があるから軽妙に振り回すこともできず、それゆえ、『ミノタウロスの斧』と同様に、かわすのも容易……だと思ったのに。


 ドガア!

(ぐぁっ)


 ドガア!

「ううっ」



 何発もくらってしまう。

 この店員、強い?



「おいヨージ。遊んでないで本気だせよーははは」

 勇者タスクが、笑いながらヤジを飛ばしてきた。

 ミハは、まゆをひそめて、心配そうにこちらを見ている。

 ミオウは「あんた、なにやってんのよ」って感じの冷たい目で見ている。


 この店員ごとき、簡単に圧倒できると3人は思っているようで、余裕の傍観。

 正直、僕も本気を出せばいけると思っていた。

 ただのその辺の武器屋の兄ちゃんだ。ミノタウロスより楽々なはずで。


 なのに――。


「おお、この程度の腕で俺にイチャモンつけやがったのか!」

 短髪の店員は、相変わらず力にまかせて、モーニングスターを振り回す。


 それが……。

 かわせない。

 ドガンと鎧にあたる。


 無貌の鎧が、そのほとんどを受け止めてくてるから助かってるけど。

 体のあちこちが痛い。

 敵の武器にはトゲがついてて、それが鎧の隙間に甘刺さりとかもしている。


「くっ」

 いや、充分に本気で僕はやっているんだが。

 上がっていた、僕に対する期待値が、一瞬で「プレッシャー」に形を変える。


(はっ! そうだった……)


 ここに至って僕は、ある重大な落とし穴に気づいた。

 生身の僕は、元の平和な世界で過ごしてきた、一般の学生に過ぎない。 


 がなければ……。こんなものか。

 まるで、電動自転車に慣れたサイクリストが、電動無しの普通の自転車では、坂道を登りきれないかのように。


 生身の僕として相手に接すると。

 短髪黒肌の店員と、僕とは、まるで大人と子供だ。


「弱ぇな」


 バコオン!

 やる気を失ったように、店員の横薙ぎの一撃で弾かれ、僕は転んだ。


「やめやめ。話しにならねー。おいガキ、もううちの店に二度と来んじゃねーぞ!」

 言って店員は、のっしのっしと帰っていった。


 ギャラリーも。

「うわ……」

「つまらん」

「賭けになんないじゃん」

 と、めいめいに勝手な事を言っては去り、人だかりは消失した。


 尻を地面について座り込んだ僕に手を伸ばし、立たせてくれたタスク。

「俺すらやられたミノタウロスを、一撃だったんだろ? あんなクソ雑魚店員、圧倒できるはずだけど。なんでそうしなかったの?」

 と、笑いながら聞いてきた。


「たぶん、商売の邪魔をしたくなかったんだよね? ヨージは優しいね」

 と、ミハが、思いっきり寄った解釈をしてきた。


「それなら分かるかな。あんなチンケな奴に、必殺技を見せるのはバカバカしいものね」

 冷静にミオウが言う。



「おいそれと見せられない的な」

「そういうのあるかも」

「俺は違うけどなー。必殺技を見せた上で、それでも勝つ方がかっけぇだろ?」

「「タスクらしいけどー」」


 仲間の3人ともが、なにやら謎の納得をしてくれた。

 僕の本来の実力は、今お見せしたものだということには、どうやら気づいていないようだ。


「ははは……」

 僕は苦笑し、ごまかすしか無かった。


「まぁでも、マークが削られてるってのは気付かなかったな」

 とタスクが言う。


「多分、本当にニセモノを売ってたから、あんなに激高したんでしょ? くだらない」

 とミオウが言う。


「あの店員さん、実用新案ユーティリティモデルとか言ってたしね。審査無しで権利になるから、なんの凄さの証明にもならないのに」

 とミハが言う。


「え? 審査してないの?」

「マジで? だったら詐欺師じゃねーか! あの雑魚店員!」

「いやいや、ミオウ、タスク? ……権利は、そういう使い方もできるってだけの話よ?」


 3人で、話が盛り上がってる。

 僕は言葉を発することができなかった。 


『なぜ、無貌の装備は力を貸してくれなかったのか?』


 冒険の旅で、ミノタウロスを倒せたのは、自分の実力ではない。


 その意味で。

 僕も、詐欺師みたいなものだと、苦々しく思った。

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