19. 誤算
オビノ平原から北に進んだ神殿には、『準・万能の鍵・(仮)』と呼ばれるアイテム。それを守るように立ちふさがる、牛頭の巨人『ミノタウロス』。
ズズズウウン!!!
神殿の床に敷き詰められた石畳を、一振りで破壊、粉砕。
それが出来る『重さ』を、このモンスターが持つアックスの双刃は、備えているということだ。
モーションの大きいその攻撃は、注意さえしていれば、決して回避できないものではなかった。
しかし――。
ドドドオオオオオ!
一撃毎に、神殿全体がまるで地震のように震え、天井からは小さな石の破片がパラパラと落ちてくる。床の石畳も飛び散る。
ミノタウロスは、次の攻撃の間合いを確保するかのようにすこし後退し、アックスを構え直そうとしていた。
「……こりゃ、うかつに近づけないな」
余裕のある笑いを浮かべて、タスクは背中越しにそう言った。
タスクと僕は、足を止めずに、次の展開に備える。
「どうする? タスク」
彼の後ろから、僕は尋ねた。
「ああ。俺達前衛2人は、ヤツのヘイトを集める。後衛から、ミオウが遠距離魔法攻撃」
「わかったー」
山高帽子をかぶった女魔道士、ミオウが、若干のんきそうな口調で言った。その表情が、「タスク1人で充分だから、あたしの出番は無い」と言っていた。傍観者の表情。
「私は?」
ωを横に伸ばしたみたいな口で、ミハが聞く。
「前衛と後衛の真ん中あたりをキープして、戦況把握。サポート役で」
タスクの指示が飛ぶけれど。
「また様子見ぃ!? 前衛前衛! 前衛やらせて! ぬっころしたい!」
と、ミハは物騒な事を言う始末。
なにせ、タスク1人でほとんど片付いてしまうのだ。
「どうどう」
まるで犬でも相手にするかのように、タスクが言うと。
「ちぇ! 私も戦わせろ」
と、ミハがぶちぶち言っている。
正直今回も、ミハのヒーラーとしての出番は無いだろう。
なぜか? 敵の攻撃力が強すぎるからだ。
あのアックスが直撃したとしたら、僕らが使える「低レベルの回復魔法」でなんとかなるとは思えない。
「あんなの喰らったらひとたまりも……」
と、若干かすれた声で言う僕の、そんな常識を……。
「「「そんなことない」」」
タスク、ミハ、ミオウが笑っ打ち消した。
「あんなのろい攻撃、俺が喰らうわけがないでしょ」
「タスクは強いものね」
「ほんとほんと」
彼、彼女らのこの余裕っぷりが、そのまま、僕との間のレベル差を示していた。
この4人パーティーの中で、僕はやはり最弱だった。
(今は、この3人についていく。そのうち僕だって、みんなに引きずられるようにレベルが上がって――)
そんな事を考えていた。
そしてその考えが、平和ボケした甘い考えだったと、すぐに知ることになったんだ。
「いいか? ヨージ。よく見て学べ。俺から」
タスクは本当に凄かった。
大ぶりの攻撃を華麗に避ける。
剣が踊る。
同じ「人間」だとは思えない。
一撃必倒とは言えないが、牛頭の巨人に、着実にダメージを蓄積していった。
ミノタウロスが流す血の色は、赤ではなく、緑だった。
そうやってあの巨人に、不敵な笑みを浮かべて1人向かっていくタスクを、僕は素直に凄いと思った。
だって、普通出来るか? そんなこと。
力も大きさも、桁違いなんだぞ?
それに着いていく女の子2人の憧憬の念も、よく分かる。結果に対して素直。
ここに至るまで、みんなはなんだかんだ言って、優しかった。
それは、僕がまだ新人だから。
弱さに対する、
平和な世界なら、それで充分なのかもしれない。
まぁ、昔好きだった子に似た子がね、異世界とはいえ、他のカッコいい人に憧憬の目を向けるのを、近くで見てるのはだいぶ、来るものがあるね。昔と同じに。
ズズズウン!!
牛巨人の何度目かの、巨大なアックスによる横薙ぎの攻撃は、タスクではなく、柱を破壊した。
「だーかーら。あたらねぇって。このウスノロが」
罵倒しながら、素早いジャンプでソレを回避したタスクが、着地と同時に地面を蹴り、前に跳躍。敵の右腰あたりの、既に何度か切りつけた箇所を狙って――しかし。
バラバラバラ。
神殿の天井からガレキが落下してきた。
まるで、白岩の雨が、スクリーンを形成するかの如く。
「がっ!」
予想もしていなかったその雨を頭上からくらい、タスクのバランスが崩れた。そこに――。
フオオオオオオオ!
響く雄叫びと共に。
ミノタウロスは、横に振り切ったアックスを、体を旋回させるように戻す。
その「戻し」に巻き込むようにして――。
ドガアアア!
まるで、トラックにはねられたようだった。
圧倒的な重さの差。
難なく弾き飛ばられたタスクが、神殿の柱に激突し……落下。
点いていた火が、消えるように。
人が物へと変わったかのように。
タスクは動かなくなった。
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