03. ユイの特許出願

 あ、そうそう。


 ユイさんが言う「パテト」というのは。

 僕が居た世界のパテントPatent……、つまりは「特許」に相当するらしい。



 アレだよ! アレ!

 凄い技術で、お金ガッポガッポ! なイメージのアレ!

 今朝、ユイさんからそう聞いたんだけど。



 冒険者達がパーティを組んでクエストに挑み、モンスターを倒して手に入れた素材やアイテムを使って、鎧や剣を「改良」するってのは、ゲームなんかでも、よくある話だと思う。


 でも、その改良品をして、鍛冶屋の運転資金ゲット……なんて話は、ゲームでも、ラノベでも、漫画でもアニメでも、見たことが無かったもんだから。


 今朝の僕は、「こんな中世っぽい世界なのに、特許出願!?」と声を上げ、会ったばかりのユイさんから「何を驚いてるの?」と、不思議そうな目で見られたりもした。


 ――って、そんな驚きは、あくまで、「今朝」の事。



 今現在。



 黒髪を後ろに結んだ、作業着姿のユイさんは、石の椅子にまた座り、スマホっぽい四角い板「ヌマーホン」に向かって集中を始めた。


 ヌマーホンを、まるで白磁の女神像のように、大事そうに両手に持ち、それを額に当てて、目を閉じた。まるで、ヌマーホンに、思考を注入しているかのように、じーっとしていた。


 そして、ほんとうに、神に祈るかのように。


「パテソト、パテソト。どうか通ってください。お願いします……生活がかかっています……」

 と小さくつぶやいた彼女は、それに続いて、僕には理解できない、呪文みたいな何かを、モニョモニョと唱えた。


 すると、板状のヌマーホンが緑色に点滅。

 その緑光が、小さな球のように、一箇所に集まっていく。板の、右上の方に。


 そして彼女は、まるでウルトラマンの変身シーンのように、右手に持ったヌマーホンを天井に向かって掲げた。


「いってらっしゃい!」

 彼女がそう言って、ヌマーホンを持つ手に力を入れ、ギュッと握るのと同時に。

 緑色の光が天井に向かってヒュオッ! と飛び、そして、その光は天井を突き抜けて……そして消えて行った。



 ユイさんは、まだ緊張したような表情をしている。



「え、えっと……ユイさん。今のが、パテトの出願なんですね?」

「いいえ。まだだよ? まだ出願完了の通知が来てないもの」

 ユイさんはヌマーホンを顔の前まで下ろして来て、静かに、何かを待っているようだった。


 ――数瞬後。


 天井から、少し孤を描くような軌跡で、緑色の光が飛んで来た。さっき飛んでった光より小さな、球形のものだった。


 その小さな緑光は、ユイさんのヌマーホンに吸い込まれて、ヌマホをブルブルと振動させた。


 振動が収まったのを確認した彼女は、小さくコクリとうなずいて、言った。


「通知を受領。ふぅー。出願完了」



 ……。



 真剣な表情だをした女の子の、緊張がほぐれて、ガチガチに上がっていた肩が柔らかく下がり、頬がゆるむ一瞬って。


(こんなにかわいいんだなぁ……)

 そう思ってドキリとしたのは、ここだけの秘密だ。



 ◆


 


「さて、お昼にしましょ? 遅くなっちゃったけど」

 ユイさんはそう言った。


 ご飯は今から作るらしく、「ヨージはここで待ってて」と、あの部屋に通された。

 壁に、何かを、何度も何度もぶつけたような、跡がある部屋。

 ……いや、僕がぶつけたんだけど。元の世界に戻れるかなぁと思って。


 僕が今朝、この異世界で。

 初めて目を覚ましたのは、この部屋だった。


 ウッディな感じの質素な部屋で、寝室に当たるのだろうか? 木製ベッドが鎮座してる。工房とは違って、物が散乱していない、こざっぱりとした部屋。


 窓の外には、高台よろしく、石畳の敷かれた街並みが眼下に見える。


 

 お昼が出来るまで、外の世界を観察しようと思った。


 

 石畳の道沿いの、あの赤いのは……異世界のリンゴだろうか? するとあの、白布と木柱で建てられたアレは、果物屋の露店かな?


 奥にあるアレは……立派な石造りだなぁ。

 十字のオブジェが三角屋根の上についてるから……教会?


 あー、アッチは雑貨屋だな。

 謎の白い羽根やら、なんか粉末が入ってそうな小袋とかが並んでるから。

 道具屋ってやつか。


 なんだか本当に、RPGゲームの世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。


 街を歩いているのは、布とか皮とかで出来た、簡素な服を来た人間が多いみたい。


「多い」って言ったのはね?

 他にも歩いている、あるいはいるのが見えたから。


 鎧を来た人間の冒険者も居るんだけど、他にも。

 ずんぐりとした低身長に、樽のようなたくましい巨体と両腕。そしてヒゲ……ドワーフってことで、合ってるだろうか?


 あっちの女性は、すっごく細身で背が高いなぁ。

 羽織った外套の背中に、弓みたいなのが斜めに乗ってる。ははーん、あれはエルフですな? 耳は……。うん、ピンと元気に尖ってる。だからエルフで確定。


 その周りを、フォン! フォン! と音がしそうなスピードで飛び回ってるのは、羽根の生えた……妖精だね、多分。

 あっ。妖精さん、人間の冒険者さんの肩にちょこんと乗って、何か話してる。あそこの人たちは、クエストのための、パーティを組んでるのかな?



 元の世界で、ゲームやっててよかったなぁと思うのは、こういう時かもしれない。ゲームで得た知識が、こんな形で、異世界を認識するのに役立つなんてね。



 というか、僕がまさか、実際に異世界転移するなんてね、ははは。

 物語の中の出来事にすぎない、と思ってたのに……。



 でも、ゲームじゃなくて、リアルなんだろうな……。

 だって、あっちに見える、片足が、かのように、無くなっている男の人……。

 その足をぐるぐる巻にしている布は、赤く染まっていた……。

 その仲間と思しき、別の男性の肩を借りて、ゆっくり、ゆっくり進んでいる……。



「おまたせ」

 後ろからそんな声が聞こえて、僕はビクリ! となった。


 もちろん、ユイさんの声だ。

 この鍛冶屋は今、ユイさん1人で切り盛りしてるらしいから。


 さっき見たばかりの凄惨な光景を、つとめて頭の隅へと追いやり、僕は必死に、昼食の事を考えようとした。


 テーブルに並んだ、ウッディなお皿の数々。その上に並んでいるのは。


 緑と赤の新鮮なサラダと、

 イモだろうか? 何かの穀物と、

 何かの肉料理と、そして、

 あったかそうなスープだ。


 向かい合わせに座り、僕らは言った。


「じゃあ、いただきます」

「い、いただきます」


(異世界でも、食べる時には「いただきます」って言うんだな……)

 僕の世界と、この異世界との間の、文化の意外な共通点を見つけて、少し気持ちが楽になった。


 初めての外国旅行で、梅干しだとか、そういう和食を食べて、安心しちゃうみたいな、あの感じに近い。


 そして、まずはスープからいただく。

 コンソメスープみたいな琥珀色の液体には、本当は、白の陶磁器が合うと思うけれど、ここでは木製の食器で統一されていた。


 ズズッ。


(うっ……)


 まずい。正直。


 外国旅行でも、料理が舌に合わないって事があるらしいもんな……。せっかくユイさんが作ってくれたんだ、我慢我慢。


 でも……。



「どうしたの? 遠慮しなくていいんだよ?」

「はい……」



 肉料理も、なんかすっごく甘ったるくて、ご飯が進まない味。

 ご飯の代わり? の穀物も、なんだかしょっぱい。 

 サラダなら、素材そのものだから……と思ったけど、なんかキツめの香りのドレッシングがかかっていて、手をつけづらい……。



「そのドレツソグ、自作したんだけど」

 ……多分、この異世界の『ドレッシング』の事だろうけど……。


「え、ええ。なかなかのお味で」

 と返すと、ユイさんはほころんだ。

「久々に、人と食べる食事だからね。ちょっと頑張ったんだ、私」

 そう言った彼女の木の匙が、スープへと伸びる。そして彼女も一口。


 ……。


 沈黙。


 ……。



「なにこれ! 全然美味しくない!」

 あわてて水を飲む彼女。

 

 ……貴方が作ったんですよ、その料理。



 そして気づいた。

 異世界人と僕とでは、舌が違う……とかいう話じゃない。


 きっと、これは……残念ながら……。


 ユイさんは、料理が下手なんだ。


 そして、思ってしまった。


(さっき出したパテトの方は、大丈夫かなあ……)


 って。

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