通り雨
すごろく
降り始める
『昨晩、○○県○○市○○町のこの場所で、通り魔事件が発生しました。二人の男性と三人の女性が刃物で刺され、二人が死亡。二人が重傷。一人が軽傷のこの事件、犯人と思われる男は、現在も逃亡中で、警察が行方を追っているもようです――』
テレビの液晶画面の向こう側、その通り魔事件の現場で女のレポーターがマイクを持ち、カメラに向かって事件の概要を説明している。現場は住宅街。民家と民家の間に跨るそんなに広くもない道路を、黄色いテープが封鎖している。中には鑑識っぽい服装の男たち。
俺はその映像を横目に、みそ味のカップラーメンをずずっと音を立てて啜る。
あ、結構近いな、と思う。どうでもいいけど。
映像は切り替わり、ニュース番組のスタジオへ。ニュースといっても昼のワイドショーだ。
『いやーまったく、また通り魔事件ですかー』
仕草が鼻につく司会のニュースキャスターが、大袈裟に溜息をつく調子で言う。
『ここ最近多いですよねぇ、通り魔事件。二か月ほど前にも似たような事件起きたでしょ?』
そのキャスターがちらりと目を向けた先では、大きな液晶画面の前に神妙な表情の女子アナウンサーが立っている。液晶画面には『多発する通り魔事件、現代の闇』という文字列。
『そうなんです。近年、通り魔事件の件数が急激に増えているんです』
またニュース映像が流れ出す。先程のレポーターが生中継で解説していたものとは違い、以前からテレビ局のスタッフが撮影していたものを編集したものだ。その映像で、ここ数年で起きた有名な通り魔事件を一つ一つ紹介していっていた。
ニュース映像が終わる。再びスタジオの風景。
『このように、近年の通り魔事件の多発は異常なものです。これには一体、どのような理由があるのでしょうか?元警察官で犯罪評論家の中森さん、ご解説をお願いします』
カメラが変わってテレビ画面に映るのは女子アナウンサーから、その元警察官で犯罪評論家の中森というやつに。白い無精ひげを生やした、がたいのいい禿のおっさんだ。
『紹介に預かりました、中森です。あのね、ここ最近の通り魔事件の背景には現代の――』
俺はリモコンを操作してテレビを消した。おっさんの顔がぷつんと消え、真っ黒になった画面には俺の荒んだ間抜け面が映り込んでいる。今にも死にそうな顔だと自分でも思う。
スープの一滴まで飲み干した容器に割り箸を放り込み、俺は重たい腰を持ち上げる。
――さて、腹ごしらえも済んだし、そろそろ行くとするか。
もう何日も洗濯していない薄汚れたジャージの上から、ボロボロのジャンパーを羽織り、財布は持たず、ただよれよれの腰バッグに出刃包丁を詰め込んで、俺は狭くて臭い自宅であるボロアパートの一室から外に出る。
雨が降っていた。小雨だし、濡れたところでどうってことはなかったが、あそこに着くまでに、不審に思われたら元も子もないから、数日前にコンビニの傘立てからこっそり盗んできたビニール傘を差し、雨の中を歩き始める。
目指す場所は一つのみ。傘を持つ手に自然と力が入った。
そこへは自宅から徒歩で十分とかからない。見慣れた道を歩いているだけで到着する。
それなりに広い駐車場の先に、五階建ての横長の建物。
駐車場の出入り口には、『マルヤマ』という大きな看板が設けられている。
ここは地元で唯一の大型複合商業施設だ。建物の中には、スーパーマーケットはもちろん、本屋、花屋、電気屋、服屋、レストラン、ゲームセンターなど、様々な店が入っている。
――ここで、俺はやるのだ。ついにやるのだ。
俺はばくばくと速い鼓動を繰り返す胸を押さえ、一度大きく深呼吸をした。
雨音がやけに煩い。どうやら雨脚が強くなってきているようだ。
俺は再度、出刃包丁が腰バッグの中にあるのを確認し、また深呼吸。
そして俯き気味の姿勢で、一歩、施設内に足を踏み入れた。
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