第52話 覚悟

 沙弥華さやかを抱きしめると、血の生暖かい感触が広がっていく。

俺は、怖くて下を見ることが出来ない……

「怖いんだ! 」


血の海に兄妹ふたりは蹲っていた。


 勇者補正で攻撃が無力化? 俺は馬鹿か!

死の恐怖、奪う恐怖からそんなものを忘れていた。

覚悟の無い者には恩恵が効く訳が無かった。


沙弥華さやかはピクリとも動かず、力無く抱き締められている。

鼓動は? まだ感じるが 体温が下がっていく感覚がある。


「ああぁっっっっっ!、 何で! なんで俺なんかを庇ったりしたぁ~!

 なんでぇ~~っ! 」

攻撃して来た敵は、白銀しろがね魔導騎士シュバリエにより既に沈黙していた。


「覚悟っ!?? そんなものぉ…… 持てるわけがないだろっ……!

人を殺すんだぞっ…… 人を…… 」


……また ひとり……に


「何なんだっ、あいつらぁっ! 嗤ってやがった! 

嗤いながら人を殺そうとっ……

あれがっ…… あれが同じ人間なのか? 白銀しろがね! 

白銀しろがね教えてくれよぉ、 どうしたらよかった! 

どうすればっ、 誰か教えてくれよぉ~! 」


思考の彼方で誰かが叫んでいた。


……また……ひとりに……


    ◇    ◇    ◇    ◇


 国境付近で会敵し、俺の不注意から三十名ほどの怪しい者達に囲まれてしまった。


「おい、そこの者。 大人しく命を差し出せ! 

そうすれば苦しまずに済ませてやる 」

一人の男が声を張り上げる。


白銀しろがねが訝しむ。

さとるへ念話で交信して来たのだ。

『(おかしいな、普通ならそのまま攻撃して来るのだが?) 』


確かにそうかな? と思う。

「(でも、結局は殺すって言ってるけど…… ) 」


『(だが、これでチャンスが多くなった。 魔導騎士シュバリエは出せるか?) 』


「(出せるよ。 ……戦闘も大丈夫だよ) 」


『(ならば、合図をしたら魔導騎士シュバリエを展開し敵を殲滅しろ) 』


「(えっ? 殲滅…… わ、わかった) 」

でも……人を殺すって事だよね。


『(沙弥華さやか殿、 決して前に出るな。 

我と魔導騎士シュバリエに任せるのだ) 』


「(……うん。 了解よ) 」


『(さとる殿、躊躇するでないぞ! 

我は、中央のモノの付近に突っ込むゆえ、他を任せるぞ。 

基本は魔導騎士シュバリエで防御しろ、出来たら自身でも攻撃を怠るな!

決して近づけるな) 』


合図と共に魔導騎士シュバリエを展開した。

すぐに攻撃をすれば良かった……。 

俺が馬鹿だった。


「なに! 魔導騎士シュバリエだと! ローベンシアか!!? 」


「これの威力は判っているよね!! 

お願いだ引いてくれ! 無駄な争いはしたくない! 」


『馬鹿者!!! 躊躇などするなと言ったであろう! 』


 その後は良く覚えていない。

敵が次々と攻撃をして来た。

魔導騎士シュバリエへの命令も遅れたのが致命的だった。

展開前に命令し待機させておけば良かった……

いや、すぐに攻撃すべきだった。


魔導騎士シュバリエは敵の魔法をものともせず、切り伏せてゆく。

スピードも防御も人のそれとは次元が違っていた。


白銀しろがねが叫んでいたのは覚えている。

いつもと違う姿の彼女・・をはじめて見た。


俺の目の前に敵の魔法迫る……。

「お兄ちゃん! 危ない! 」


「なっ! 」

沙弥華さやかが目の前に飛び出した!?


「よっ……かった……っ 」

そう言いながら沙弥華さやかが崩れ落ちていく……。


「さ、沙弥華さやか!?…… 」


俺は、なんて馬鹿だ!

殺す覚悟? 生きる覚悟すら……護る覚悟も持っていなかった。


動かぬ沙弥華さやかを抱きしめ、辺りに響くのは俺の慟哭……

今の俺の魔法では助けられない!

白銀しろがねも首を振る……


ああっ 沙弥華さやかを助けたい


誰でもいい、


助けてくれ!


「誰でも良い! 何でだってくれてやる! 沙弥華さやかを……

沙弥華さやかを助けてくれるならぁ…… 」


『ぐふっ、その言葉に……偽りは無いなっ!? 

ならば ぐぅっ! 叶えてやろう。 私のこの身体と引き換えに! 』


 その言葉に引き寄せられる様に顔を上げると、そこには血濡れの少女が白銀しろがねに支えられて佇んでいた。

その手足には痛々しい穴が穿たれており、今も血が流れ出している。

しかし、その眼光は死を諦めた者の眼ではなかった。


さとる殿、すまぬ。 この者を後にすれば良かったのだが、この者が死すると不味い事になるため、こちらを優先したのだ……すまぬ 』


「いや……俺が馬鹿だった。 白銀しろがねの言った通りにしていれば、沙弥華さやかは 」


『ぐふっ、おい、自分を責めたいのは判るが、時間が無くなるぞ! 』


「あっ、ああっ。 君は? 」


肩で息をしながらも、気丈に振る舞い此方を見詰めながら彼女が答える。

『ぐぅっ! わ、私はアガルタ大陸の竜神族の長が娘っ、フレイア・アース・ヴァルキュリエだ。

 その娘を助ける対価として、そこに有る白と紅の魔導の騎士を譲り受けたい! 』


魔導騎士シュバリエを!? 」


『そうだ、ぐっ、 私の身体はもう時が尽きる、あいつ等のお陰でな。 

もう魔法でも、この身の再生は無駄だ。

ならば、新たな器を手に入れた方が早い。

ぐぅっ! そうすれば、やつらへと復讐が出来る! ふっぅ…… 』

少女は残された時間は僅かだと、もうすぐ尽きる、急げと告げた。


さとる殿、フレイア殿は、その身を賭して沙弥華さやか殿を再生し、自身は聖霊結晶になるというのだよ。

さすれば、魔導騎士シュバリエに格納される事で新たな身体を手に入れる事が出来る。

彼女の願いを叶えてやってはくれぬか 』


「た、助かるの? 沙弥華さやかを助けてくれるなら、何だっていい。

フレイアさんお願いします!! 」

さとるは彼女を見詰め、フレイアへと助けを乞う。


『それは此方のセリフだ、ありがとう。 これで母の無念を晴らせる 』


そう言うと詠唱を紡ぎはじめた

『我は望むその者に聖なる揺り籠を! 聖霊命繭ホーリーライフコクーン……?


……これで大丈夫。 数日で繭より開放され起き上がる筈だ 』


 竜神種のみが使える、高位の超回復魔法で死者蘇生リザレクションと並ぶ難易度の高い魔法だ。

生死や部位欠損に関わらず、対象を完全治癒再生(蘇生)し完全復活できる。

ただし、死者の場合は死後の経過時間が短い事が条件となる特殊魔法だそうだ。


 詠唱と同時に沙弥華さやかの身体は聖性の光に包まれた。

その様は繭に包まれているようにみえる。

この常態で一日から数日をかけ治癒されるそうだ。

治癒が終われば自然に繭から開放される。


沙弥華さやか…… 」

名を呼びながら、繭を無意識に抱きしめる。

さとるは、沙弥華さやかが助かると聞いた事で、大分落ちつきを取り戻していた。


『次は此方の番だ。 頼むぞ 』

 フレイアは最後の気を振り絞り、聖霊結晶化ホーリースピリットクリスタライゼーションと詠唱した。すると、フレイヤの身体を中心に魔法陣が広がる。

魔法陣が眩く発光し、徐々に光は収束して行くと、後には大きな紅玉の結晶だけが残された。


『聖霊結晶を魔導の騎士へ格納して貰えるかな? 』


「へっ!? わっ、わかりました 」

いきなり念話で声を掛けられて、変な声を出してしまった。


さとる殿、その魔導騎士シュバリエは少し変わっておるの?

結晶格納庫が二箇所あるのではないか? 』

白銀しろがねが不思議そうに聞いてきた


「えっ、 そうだけど。 

何と無くそうした方が良いと思ってね。

他の二体もそうだよ。

ただ、結晶は一個だけしか入れていないけどね 」

左胸の空きスロットへとフレイアさんの紅玉の結晶をしまうと、胸部装甲をしめた。

次の瞬間、魔力の増大を感じ取った魔導騎士シュバリエが紅く輝きはじめる。


魔導騎士シュバリエの眼にあたる部分と額のクリスタルが輝きを増し、動作をはじめる…… 指を握り、開く……、

全身を動かしその身の具合を確かめるように、徐々に身体が動き出す。



『おおぉ! これは! 凄いな。 

今までの体と遜色…… いやそれ以上の出力に耐えられそうだ!

おおおぉっ! 右の結晶もそのまま接続されているのか? 

なっ! 魔力量が凄い事になっているぞ!? 』


「そうなの? 」

フレイアの驚きようにポカンとしていると、白銀しろがねから


さとる殿、 もしや…… 向こうで錬成したのではないか? 』


あっ、補正が掛かってるのか?


「え~っと、 何故かは判らないんだけど、そうしなきゃって思ってね 」

多分、理由があるんだろうけど何故かが思い当たらない?


そして、沙弥華さやかを助けてくれた事へ改めて御礼を伝えた。

『フレイアさん! 有難う。 この恩を俺は忘れない。 本当に有難う 』


端から見ると変な図だよね。 

自分の造った魔導騎士シュバリエと見詰め合って手を握っているのだから……。


沙弥華さやか……御免なっ 」


一度戻ろう、愛車を出してマリアさんの所へ戻るため移動を開始した。

沙弥華さやかを暫く預かって貰い、ヘルヴェスト連邦へと向かう。


光の繭を抱き締め誓う、今度は自分の意思で進もうと。

覚悟は……まだ足りないと思う。

でも、躊躇はしない! こんな思いは二度と・・・したはくなかった。


フレイアさんも一緒に来る事となった。

メンテナンスの事もあるし、経緯などを聞きたかった事も有る。


そして、この借りは倍にして返そうと頷きあった。


    ◇    ◇    ◇    ◇


「ところで……

白銀しろがねは女の子だったの???? 」


『一年以上も一緒に居て…… お風呂も一緒した筈だがな? 

今まで、判らなかったのか? 』


『お風呂もか! サトルは中々やるな! 』


「誤解をされる言い方は…… やめてょ 」


二人にからかわれ、少し笑顔が戻った。

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