第29話 ローベンシアにて紅花(上)

ローベンシア王国はミズガルズの最東端に位置している。

 北東に連なるビフレスト山脈が、魔族領と隔壁の如く聳えている事で、魔族からの脅威も殆ど無く、魔族との衝突は皆無であった。


 もとより、魔族が人族への襲撃など行なう筈も無いのだが、ある国・・・ある者達・・・・による情報操作から、「魔族は人種の敵であり倒すべき種である」と数十年前より喧伝さてれてきた。


 ローベンシア王国は唯一、魔族領と接した国だが魔族よりも脅威なのは同じ人族であった。

魔族排斥運動が起こる前は、隣国のエルマー王国と戦争状態であったのだ。


 『今は魔族排斥と魔王討伐と言う「人族の力を結集」して行なう事が急務であり、手を取り合うべき人種同士での諍いなどしていられる状況では無く、休戦協定及び同盟国としての相互協力の調印を! 』

と半ば強引に、相互協力の調印を五ヶ国で行なっている。


『エルマー王国が何故ローベンシア王国を? 』

たいした資源も無く、生活水準は高いとは言えないこの国を欲しているのかが、謎であった。

 その理由を知る者は多くなく、ミズガルズ中央に位置し上下に分断する形で国境を接している、北のブリタニア公国と南のヘルヴェスト連邦は疑問に思っていた。

唯一理由を知る者は西のアロイス帝国と、当事者であるエルマー王国とローベンシア王国のみである。


 国境を接し同じ同盟国であるローベンシア王国とヘルヴェスト連邦は友好関係が固く、本来なら直通の弾丸列車バレットラインを繋げようと計画していた。

あと少しで開通と言う所で事故が発生し、工事が中断凍結されてしまった。

これもある国・・・の思惑が影響して頓挫したと専らの噂であった。


ローベンシア王国の施政者である王族は、民に対して圧制を敷く事も無く平穏を保つ事が出来ていたのは奇跡である。

 

 この国の穀物地帯は狭い。

昨年から原因が判らぬ穀物の不作で打撃を受けていたのだから。

 

 この国の王族は贅沢はしない、慎ましく質素を心掛けていた。

始祖は異世界・・・からの来訪者であり、武に長けた勇者・・でもあった。

彼が残した言葉に

「領民は宝であり、護るのが君主「勇者」の当たり前の義務だ 」

と伝えている。


 始祖が残したものはそれだけでは無かった。

魔道工学や練成学の基礎と魔導騎士シュバリエの技術だった。

魔導騎士シュバリエの技術は秘匿され国外へは持ち出しが禁止されている。

たとえ持ち出そうとしても、許可無く持ち出せない重結界が張られている。

この重結界も始祖が齎した技術であった。

 

 通常の結界と違い、聖霊との契約によりにまで制約を課すもので、契約を破ると魂の破壊が行使される。

魂の破壊は、いかなる手段を持ちいても「記憶を他者へ渡せない」ようなセーフティーも掛けられていた。

 虚空へと「記憶をコピー」し持ち出すスキルも存在したからだ。

魂が破壊されると、魂と紐付けされていた全ての記憶とアイテムが破壊される。

たとえ別次元へ隠していたとしても。

魔道騎士シュバリエにも同様の措置が取られ、結界内より持ち出しができない様に同様の措置が取られている。

それほど重要な技術であり、秘匿するべき物であった。


この国の王族は始祖の精神を頑なに護ってきた。

其の精神は「大和魂」と伝承されている。


    ◇    ◇    ◇    ◇


ローベンシア王国の首都であるヤマトに紅花べにばなは向かっていた。

古い馴染みと会うために。


『この「大和の国」も久し振りだけど、以前より状況は悪くなっているようだわ。

早めに対処しないと手遅れになるかも知れないわね…… 』


 首都へ向かいながらその景色に目を細める。

見た限りでは、かなり酷い干魃かんばつだった様にも見える。

ただ、水路に目を向けると水があり水不足で無い事は明らかだが、穀物地帯の五割近くは枯れ果てていた。

 

 本来なら、転移魔法ですぐに首都へと行く事も可能だったが、国の在り様を確認する為に主街道を歩いていた。

ある程度の状況は確認できたので転移魔法を紅花は発動した。

転移トランスポート] ※詠唱したのではなくイメージのみです。


    ◇    ◇    ◇    ◇


 ローベンシア王国の首都ヤマトには王城という物は存在しない、あるのは官邸である。石材やモルタル、硬質ガラスのような建材で建てられたそれは、中高層建築であった。地下二階地上五階建ての建物である。


 日本の首相官邸の様な感じと思って欲しい。窯業系(よいぎょうけい)と見える壁材と硬質ガラスの様な窓が嵌めてある。建築技術では現代日本と差ほど変わらないと思われた。


ガラスらしき物、は錬成技術により作られた高強度結晶体で魔法も砲撃も防ぐ。硬度を変質させ衝撃を吸収する柔軟性を有している。


 王族は連接された離宮と言われる場所で生活をしている。

この世界の王族としては大変質素だといえ、始祖が齎した精神を頑なに護っているといえる。


 それは国民も同じだった、苦しみを分かち喜びは共に、始祖である「ヤマト」の魂を継承する事を信念としていた。

 素晴らしい民だ。だが、其の精神も飢餓には耐えられないであろう事は誰にでも分かる事だ。

この国の魂は滅びの一歩手前まで来ていた。


 この国は現在 「マリア・S・ヤマト・ローベンス」マリア女王によって治められている。

黒髪に黒い瞳、着物の様な装いと日本刀の様なものを腰へ吊るしていた。齢二十二歳となる、凛とした面差しの美しい女性である。

 先王は既に隠居を決め込んでいた。と言うよりも他に成すべき事があり、北東に連なるビフレスト山脈へと赴いていたのだった。


 国王「女王」の下に議会「立法権」、内閣「行政権」、裁判所「司法権」がそれぞれの統治権を有するが、最終的には国王の判断に委ねられる。


そこに危うさは在るのだが、この国は「始祖の精神を汚すもの」を断罪できる法及び方法が存在していた。

その断罪は人による物ではない、始祖「大和」と聖霊との契約に基づき、このローベンシア王国が在る限り永続的に行使可能と定めた「魂の契約・神風かみかぜ」であった。

 死してなおこの国の民を愛した男の命を掛けた契約であり、その契約は王族のみならず、全ての国民へ有効であり、「裏切りは死をもってあがなうべし」との教えでもあった。

それを理不尽に思う国民が居ないもの、この国が未だに存続している理由であろう。


    ◇    ◇    ◇    ◇


 官邸の執務室にてマリアは報告書に目を通していた、其の瞳には苦悩が揺らめき、其の手は震えていた。

穀物地帯の被害報告と、それによって予想される飢餓率、予想死者数など……目を覆いたくなる様な数字の羅列だったからだ。


その報告を齎したのは、この国の諜報部と騎士団の下部組織である「しのび」と言われる者達だった。其の存在は秘匿され、国外は当然として国民ですら知らない者達だ。

その前身も始祖「大和」が作った組織である。自国民を護るには情報が全てだ、との言葉が残されていた。※騎士団とは国王直下の侍の総称で騎兵も含む。


 「このままでは不味いわね、もって五ヶ月……国庫の備蓄を切り崩しても七ヶ月……。

この飢饉も、恐らくはあの国の陰謀……でも、方法が判らない。

魔法でも探知出来ない……時間がないのよ……」


マリアの唇から一筋の紅雫が机に落ちた。涙と血とが混じり口元が紅と染まる。


目の前に影が落ち優しげな白い指先がその傷を癒す。


『マリア、待たせてしまったわね……。こんなに成るまで待たせてしまって……本当に御免なさい 』


マリアは潤む瞳を見開く、そこにいる女性へ視線を向けると……涙を溢れさせた。

嗚咽を漏らし、白い指先を両の手で包み、縋り……ただ、ただ泣いた。


「約束を守って下さったのですね……大和様、これで救われます…… 」


紅花はマリアを抱きしめ、頬を伝う涙を拭いさると、今の名前を告げる。


『マリア、紅花べにばなと言う名を頂いたわ。 あの方の孫にね 』


「お逢いできたのですね。 あの二人との約束も……」


『ああ、大和様、そして二人との約束だ。 数日中に逢えるわよ 』


あの日、交わした約束を想い二人は抱きしめあっていた。

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