1章 異世界へ

第6話 初ドライブは異世界へ!

 思えばこの時も普通じゃなかったのだろう。


 普通は気がつくよな……。 


 この目的地からして怪しいもの。


 納車翌日の早朝、車に乗り込みエンジンを始動する。


 荷物は昨夜積み込みを完了していたので、ナビゲーションのお勧め設定から「釣り&キャンプ」を選ぶ。

流石はアウトドア仕様だ、聞いた事も無い場所だったが目的地を設定して出発した。


 自宅は静岡県東部にある、山梨県と神奈川県の県境と隣接する場所だ。

山梨方面に車を走らせ山中湖を通り過ぎ、富士吉田のスーパーで買い物を済ませ車を走らせる。

河口湖大橋を渡り御坂峠に向かい、長いトンネルを抜けるとそこはもうフィールドだった!?

  

 目の前の景色に心を奪われ言葉も出ない。

雄大な自然の中に流れる一本の大河には、いかにも魚が居そうな感じがする。

いつか行って見たいと思っていたアラスカやカムチャッカの様な景色が広がっていた。

 

 河の近くに野営出来そうな場所を探しハンドルを切る。

本来なら、その異常な状況に違和感を抱く筈なのだが、疑問など感じる事も無く車を走らせる。

 

 そもそも、道路が無いのだが普通に走っているし走行音も静かだ。

まるでエンジンが掛かっていないような? ハイブリッド車に変わってしまったかのようにも感じる。

しかし、その異常な現象もこの時は気にもしていなかった。


 野営の出来そうな場所を見つけ車を停めると、すぐに釣り支度をする。

 

「こんな素敵な河をほっておくなんて失礼だ! 」


いそいそと支度を済ませ川岸へ向かうと、河の水は水底が見えるくらい澄んでいた。

 

 早速狙った場所へキャスティングをする。


 ルアーの着水と同時にリールのベイルを起こしリーリングを開始した。

流芯の向こう側へ送り込んだスプーンを、流芯から沈み石の裏側へ流す様ににトレースする。


 ロッドへバイトの感触が伝わる「ヒット! 」ビシッシ! と言う音がしそうな程鋭く! 短く! ロッドをシャクリ、合わせをくれる。

 

 ファーストキャストでヒットとは、かなりの釣果が期待できそうだ。

確実にフッキング出来たようで安堵するが、この引き具合はかなりの大物の予感がする。


 ロッドを立て気味にしラインのテンションを抜かないよう魚と駆け引きをする。

寄せてはされるのを繰りかえし、流芯に突っ込まれドラグが悲鳴を上げながらラインを吐き出していく。

 油断すると走られラインブレイクの危険もあるが慎重になり過ぎても駄目だ、時には大胆に強引に寄せていく。

 

 リールを巻き、ジワジワとラインを巻き取るのだが、またもドラグが鳴り響きラインが出て行った。


 時折、「グンッ……ググンッ」とロッドを伝って振動が手元に伝わってくる。

魚が頭を振り、口に掛かったフックを外そうとしているのだ。


 「このやり取りが堪らない! 」


 ラインの先に居る魚も必死だ!

時には流芯へ突進し、時には逆方向へ走る。


意表をついて自分に向かって来る事もあるので、油断するとテンションが抜けラインブレイク。


もう直ぐ終わりかな? と思った瞬間!


 バシャッ! と水面が割れた。

水面へ尾鰭を叩きつけ、テイルウォークを始めたのだ!?

シーバスの|鰓洗い《えらあらい」の如く、首を左右へ振りながらラインを切ろうと必死だ。


 こちらも負けてはいいられない!

ロッドティップを下に向けながらロッドを持つ手首を返すと、魚を水面に引き込む様な向きに抑える。


これを凌げば恐らくは……。


 どれくらいの時間が掛かったのだろう? 数度のテイルウォークを抑え込み、ようやく魚体が確認できる所まで寄せてきた。

後はランディングなのだが……。


「……でかすぎる」


 持っているランディングネットには入りきらない。

と言うより頭すら入りそうに無いのだけれど? ハンドランディングするしか無さそうだ。


 幸いな事に使っているグローブはフリース生地で出来ている。

この手のフィッシュイーターは歯が鋭いのでグローブごと口に親指を入れ、歯に引っ掛けてランディングする事もできる。

メータークラスのシーバスでも問題無い。


 下流に移動しながらランディングし易い場所を探す、タイミングを見計らってランディング。

ビックフィッシュを無事にキャッチした故の手の痛み。

親指の付け根に当たる歯の痛みが心地良い。


「良型の? この魚なに? サーモンみたいな感じだけど」


 そう呟いた瞬間! ゲームのアラーム音の様な音が聞こえ目の前にAR表示が現れた。


混乱の中表示を確認すると『ミスリルソードサーモン/160cm』こんな種類の魚は聞いた事が無い。


 次の瞬間、聞き覚えのある男性の声で


『キャリブレーション完了、チュートリアルモードの移行が可能です。実行しますか? 』


 これは何? 

と疑問を感じるのだが、その疑問はすぐに霧散する。

先に進めと急かされる様な感覚に、取り合えず


「実行」と答えてみた。


今迄、自分の身に何が起こっていたのかが判明した。


    ◇    ◇    ◇    ◇


 チュートリアルモードの実行を開始します』


『アウトドアHエディション 遊者モデルを御購入有難う御座います。

 車載型ナビゲーションシステムおよび腕時計型端末 Mトレックの基本システムの御案内を始めます。

 

 このアウトドアHエディション 遊者モデルは最新のMPS「マジック ポジショニング システム」により異世界への冒険を可能にしたアドベンチャーモデルとなっております。

 魔法測位システムによりお住まいの場所から目的の異世界へシームレスに御案内いたします。』


 あれ?

 靄が掛かってた様な感覚が徐々に消え去り、自分の置かれている状況が段々と鮮明になって行く。


『アウトドアHエディション 遊者モデルの基本機能として異世界移動時に自動的に遊者補正が実行されます。

 遊者補正は車両の搭乗者及び積載された物へ補正が実行されます。

 補正内容は基本性能拡張、強度拡張のほか防御拡張が行われます。

防御拡張には結界機能も含まれます。後ほど確認をする事をお勧めします。』


 あっ……この声思い出した。

ナイト●000やア●ラーダやアxの声だ。 防御拡張や結界機能ってラム●ドライバか?


『ナビゲーションの初期LVはLV0、最大LV5までバージョンアップ可能です。

このチュートリアル終了後は自動的にLV1にバージョンアップされます。


 基本操作は音声入力ほかナビ画面による操作となります。マップ表示やスクロールの他マッピング機能、到着予想時刻、現地気象状況、災害予報、帰宅時間指定を行うと現地滞在可能時間表示もお使いになれます。


 また、LV2以降は事故の危険が増えるため十分な準備の上バージョンアップを行ってください。

詳しくはレベルアップ時の注意事項で検索をお願いします。』

 

 『基本マップはそれぞれのLVで表示可能エリアと取得可能な追加マップが限定されています。

 LVアップでは標準マップしか取得できません、ポイント使用による追加マップの取得により拡張が可能です。

各LVでのコンプリートを目指して下さい。』


 『腕時計型端末 Mトレック初期LV0、最大LV5までバージョンアップ可能です。このチュートリアル終了後は自動的にLV1にバージョンアップを行います。

 

 基本機能はAR表示や思考入力機能、マップ表示はナビゲーション準拠、記憶検索機能、検索鑑定機能、通貨自動変換やチャージよるお財布機能がお使いになれます。

 

その他、通信機能も実装しMトレック同士での双方向思考通信が可能となっております。

 

 オススメ機能として時空庫が実装されておりますが、LV1では異世界専用となっておりLV2以降は何処でも使用が可能となります。

 

 また、LV2よりナビゲーション音声等が変更可能となり、お好みでカスタマイズが楽しめます。

 その他はLV毎に開放、追加される機能が御座いますので都度確認をお願いします。』


 『LVアップのために必要な作業の説明です。

 全てポイント交換により行われLVにより必要ポイントが変わります。

  ポイント取得には複数の方法が御座います。

 

 走行距離ポイント。 

異世界での走行距離によるポイント、キリ番によるボーナスあり。

 

 採取狩猟ポイント。

野草や動物などの採取や狩猟によるりますが、獲得する物の種類によりポイントが変動します。

希少種採取によるレアボーナスもあり。

 

 鑑定ポイント。

鑑定を行う事で取得 一種一回。

希少種鑑定によるレアボーナスもあり。


 新規マップポイント。

マップ追加を行うとポイントを取得します。

レアマップ追加ボーナスあり。 稀に通常マップと異なるマップを取得する事があります。

レアマップの取得条件などは不明です。

 

 野遊びポイント。

野営などアウトドア行為の実行による取得。

焚き火、キャンプなどで回数無制限取得可能で一日一回。


 これにてチュートリアルは終了です。素敵な異世界探索をお楽しみ下さい。』


    ◇    ◇    ◇    ◇ 

 

 チュートリアル終了後は、この状況は変えようが無いと気を取り直し。

目の前の渓相に「ロッドを振らないのはありえない!? 」と、気の済むまでキャストを繰りかえりたのは言うまでも無い。


 結果、全てがメーターオーバーと言う現実が目の前に横たわっていた。


「本当に、異世界なんだな……」


 一尾として現実世界の魚種が見当たらない。

しかもスレて居ないらしく、全てがワンキャストでヒットしている。

「ミスリルソードサーモン」は希少種らしく一尾を追加したのみだが、他に数種釣り上げた。


ミスリルソード サーモン 160cm 128cm

その体表には虹色の斑紋が輝き美しく神々しさを感じる魚体だ。

地球の鮭科の特徴が見て取れる。


シルバーソード サーモン 148cm 138cm 124cm

その名の通り銀色で刃の様に鋭さを持った鰭が特徴だ。


レッド ソード サーモン 145cm 130cm 128cm

シルバーソードサーモンと似た特徴が有るが、体色がパールレッドの様に見える。


シルバーブレードトラウト 125cm 124cm 118cm

銀毛の山女、所謂サクラマスの様に美しい。


サーモン二種八尾とトラウト一種三尾と壮観な眺めだ。

 

トラウトサーモンと同じサケ目サケ科の同種。

呼び方が地域や国によって変わるのはこの世界でも同じようで、AR表示には全てサケ目サケ科と表示されていた。

恐らく、最初に命名した地域の呼び名が反映されているかと推察される。


 釣り上げた魚をどうしようかと考えて……、


「そう言えば時空庫? と言うのに仕舞えるのかな? 」


 と考えた途端、AR表示内に「収納実行」と表示されると魚たちが忽然と消えた。


 保管リストが表示出来るらしく、早速確認すると釣った魚達が種別に並んで表示されていた。

異世界物の物語で良くある機能だが、これは本当に便利な機能だと思う。

 ロッドなども収納し車へ戻り、折角なので野営をする事にした。


 元々、野営もする予定だったので、焚き火をしながら機能検索でもしようと思う。


 焚き火をしながら食事をする。と言っても今日は簡単にレトルトを湯煎するだけの簡単な物だ。

 

 ご飯は炊き立てが一番なので小型の炊飯器を持参している。

キャンプ用に昔発売されていたモデルで父の遺品だ。

キャンプ用のガス缶を使い炊飯から保温まで自動で行ってくれる。


 米と水をセットした後は炊飯量を設定し着火するだけで、二十分程で炊き上がる。

その間に、レトルトのカレーを温めておく。

 

 普段料理もするのだが、こう言う時は調理に掛ける時間が勿体無いと思う。

折角の自然の中なのだ、星を見たり焚き火の火を眺めながらコーヒーを飲んだりする事へ時間を使いたい。

 

 食事を済ませ、コーヒーを淹れたところでMトレックへ言葉を掛ける。


 質問したい事は幾つか有ったが、一番気になったのは『ナビゲーションのLV2以降は事故の危険が増える』と言う部分。


 事故と言うが交通事故では無いと思った。

野生動物やその他の脅威が居るのか、居た場合に遊者補正の『基本性能拡張、強度拡張、防御拡張』がどう役立つのか?。

 

 異世界探索だなどと浮かれる前にその確認は最優先だと思う。

自分の身に危険が無ければ良いのだがそう甘くは無いのが自然だと思われるし、あそこまで大型の魚がいると言う事から考えて大型の肉食獣も居る筈だ。

 猟師でもない自分が猟銃などで身を守る事など出来ない、まず猟銃が手に入らないだろうから。


 そう思い、質問を始めると『Mトレックのバージョンアップ可能ですが実効しますか? 』と質問された。

 今日の釣果でポイントが結構貯まったらしい。「実行」と告げるとバージョンアップが開始され画面が切り替わった。


『時空庫の制限が解除されました 』


『ナビゲーションのカスタマイズが開放されました。

開放に伴いナビゲーションフェアリーの使用が可能です。

ナビゲーションフェアリーの使用による全天周撮影機能が追加されます 』


『ナビゲーションのカスタマイズを実行しますか 』

と聞かれたので、


「実行」と告げる。


 色々と出来るようだがフェアリーと言うからには妖精だよね。

元の声がこれならあの方の声で是非お願いしたい。

などと考えていたら……


『実行』と返事が返ってきた。


 次の瞬間、目の前に体長30cmほどの妖精・・がこちらを見ていた。


「へ……? 」


 思わず変な声が出てしまったところへ


『お気に召しませんでしたか? ご主人様? 』


と問いかけられた。


「一寸待って……」


ここまで患って居たのか俺は……。


深く考えず楽しもうと冷や汗を拭った。

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