大学でまたぼっちかと思っていたら予期せぬ恋人ができてしまった。
沖田一文
第1話 春の嵐
ああとうとう来てしまった春。別れと出会いの季節といわれるこの春は私にとっては別れの季節でしかなかった。なぜなら友達がめったにできないからだ。大学に入学して、高校までの友達とは離れ離れになってしまった。大学の入学式はそんな私の切ない気持ちを模したのかあいにくの大雨だった。入学式は高校までとは違い、さらりと終わって、私はさっさと新しい住まいに帰った。私の住まいは二階建てのアパートの二階。広さは一般の家とさして変わらないので一人暮らしにしては広すぎるくらいだった。そんな新しい我が家に帰ってきたのはいいけど、雨で部屋の中は暗く、ザーザーと雨音が聞こえるだけで寂しかった。傘をさしてきたとはいえこの大雨だとどうしても濡れてしまう。着慣れないスーツを脱いで、丁寧にハンガーにかけてしまってからお風呂に入った。湯船にはお湯を張っていなかったのでシャワーを浴びる。冷え切っていた手足が温まり、流れる水で沈んだ心までもが洗われるようだった。上をむいて目をつむり、全身でシャワーを浴びた。気持ちが落ち着いたら、シャワーを止めて、お風呂場から出た。脱衣所で体を拭き、ショーツとブラジャーを着けてから、隣の洗面所に行ってドライヤーで髪を乾かす。ある程度乾かしたら、モコモコのお気に入りの部屋着を着て、キッチンに立つ。冷蔵庫を開けて、ある食材を取り出して台の上に並べる。それからスマホを手に取って、その食材で作れる簡単なメニューを探した。キッチン台の奥にスマホを設置して、いざ調理スタート。それから約一時間ほどかけて作り、食卓に並べて手を合わせてからいただいた。余った分はタッパーに入れて冷蔵庫に保管。これは明日の朝食になる。そうこうしているうちに欠伸がでた。寝室にいって明日の準備を整えてから、お風呂場に行く。脱衣所で部屋着を脱いで、下着も脱ぐ。下着はその場にあった洗濯機にぽいっといれた。さっきはシャワーだったけど、今度はちゃんと湯船にお湯を張っておいた。シャワーで髪や体を洗ってから、湯船にゆっくり浸かった。お風呂はいい。入っていると、気が紛れて何も考えなくて済む。ただボーっとして時が経っていく。眠りそうなところで起き上がり、お風呂からあがった。タオルで十分に体の水滴をとり、ピンク色の下着を着けて、パジャマを着た。そして、洗面所で髪を乾かして、寝室に戻る。明日から大学生活が始まる。ちゃんと友達ができるかな。できるといいなという期待もあったが、どうせできないだろうというあきらめが強かった。午後10時に就寝。おやすみなさいっと心の中でつぶやいた。
翌日。大学生活初日はオリエンテーションで、午前のうちに終わった。講義棟から出てきて見上げた空は見事に快晴。でも、私は天気と裏腹なテンションだった。一日目にしてもうすでに友達の集団ができあがっていたからだ。もちろん私にそこに入る勇気はない。どの集団を見るからにみんな楽しそうに話している。私は縮こまりながら学生食堂に行った。そこでもワイワイとはしゃいでいる集団ばかりいた。ああ高校時代の友達が恋しい。私は申し訳程度に二人席のテーブルを一人座って注文したカレーライスを食べた。熱くて辛くて量が多い。それでもカレーと向き合って一生懸命に食べた。熱さと辛さで涙が滲み出る。いや、それだけのせいじゃない。やっぱりひとりぼっちはさみしくてつらいものなんだってわかった。山盛りのカレーライスを半分ほど食した頃に一人の女の子が私に声をかけてきた。
「ここ、座ってもいい?」
周りを見渡すと、席がみんな埋まってここの一席だけ空いていた。ごめんなさい、私がぼっちのせいで無駄にしてしまい・・・。急いで食べ終えようとしたところ、
「あ、いいのいいの。ゆっくり食べていいよ。私も一人だから。」
顔を上げてみると、たしかに一人だけだった。その女の子は料理が載ったトレーをテーブルに置き、向かいの椅子に座った。そして、初めて目が合う。思わず目があった瞬間に目をそらしてしまったが、女の子は自己紹介をした。
「私、大枝咲良。さくらって呼んでね。」
にっこり笑顔を浮かべてこっちを見てくる。これはきっと私も名前をいうタイミングだ。でも、緊張のあまり口がふるえる。
「わわ私は、えっと、名前は、ゆゆゆ、ゆいって言います!あの、結ぶに衣って書いてゆいって読みます!えっと、み、苗字はかかか、神城、っでしゅ。」
ダメダメだった。さくらさんは素敵な笑顔で見つめる。恥ずかしさのあまり前を向けない。ごまかすようにお水を飲む。するとさくらさんは、
「そんなにカレー辛かった?どれどれ、一口ちょうだい。」
笑顔のまま自分のスプーンで私のカレーをとって口に入れる。
「んん~。確かにちょっと辛いね。あ、ごめん、勝手にとっちゃって、お詫びに私のもこれあげる。」
と言って差し出してきたのはヨーグルトと小さなスプーンだった。
「あり、ありがとう。」
ちゃんとお礼を言って、受け取った。ってこれじゃあ私は小学生みたいじゃん。冷静になってまたカレーを食べ始める。ちらりとさくらさんのほうを見ると、さくらさんはそのたびに微笑んでくれた。それから、何の会話もないまま先にさくらさんが食べ終わった。さくらさんのメニューはカルボナーラのサラダ。さくらさんは食べ終わっても、すぐに立ち上がらずに私のことを待ってくれているようだった。私はあまり待たせてはいけないと辛いカレーを口にほうばり、水で流し込んだ。そして最後にさくらさんがくれたヨーグルトを食べて完食。もうおなかいっぱい。食べ終わった様子を見てさくらさんは気を遣う。
「すぐに動いても大丈夫?」
うん、とすぐに答えて席を立った。合わせるようにしてさくらさんも立って歩きだす。二人で食器返還口にトレーを置いて、食堂を出た。そして唐突にさくらさんはこう言った。
「ゆいちゃんに話があるんだけど、ちょっといい?」
なんの話だろう?私なんか悪いこと・・・ああ、失礼なことだらけのことしかやっていない。これってどこか人のいないところに連れていかれてお説教とか!?固まった私の手をとり、さくらさんは歩き出した。連れてこられたのは学校の敷地の裏。これは予想したとおりに。慌てだした私にさくらさんは、
キスをした。
初めてのキスは甘かった。まるで時が止まったかのように長く感じられた。やさしく入ってくるさくらさんの舌はなめらかでいい感じだった。やがてさくらさんが離れて、私の肩をがっつり掴んだまま面と向かって告げた。
「私、ゆいちゃんのこと初めて見た時から好きでした。私と付き合ってください!」
えぇぇ!今なんて?えっ、うそでしょ。うそじゃない?ええ、あれ、でも私たち女どうしじゃ?んんん?いったいどうなってるの!?
そんな私たちの恋の始まりはまだ桜が咲く前の暖かな春だった。
私は改まって返事をする。
「ええっと、よよよ、よろしくお願いします。」
ひとりがつらくて友達が欲しかった私はOKしてしまった。
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