第46回flexible youth

9月1日(月)


~ベイビー立ち上がれ、一日は終わった〜


滑らかなエレキギターの音から始まるイン・エクセスの”NEW SENSATION”……。


視聴覚委員の初音君也は慶事紀之と相談して、天国口高校2学期の一発目にこの曲を選んだ。


我ながら見事なチョイスだと思う。ホームルーム前に流したので、先生達の苦情も覚悟の上だ。


この乗りのいい曲を聴いた初音のステディ2年A組宝田舞音は「君ニィも相変わらず青春してるなあ……」窓から視聴覚室の方に目を向けた。


職員室では朝礼中で、曲が始まると同時に校長は咳払いをした。


「あいつら、朝っぱらからしょうがねえ」生田先生は地団駄踏んで、ふと振り返ると汐留先生が生田を見て、微笑んでる。生田も半笑いして、正面を向く、当然顔に締りがない。”女神の微笑みだぁ~”頭の中はあんかけ焼きそばのようにフニャフニャになってる。




堂面菊四郎は伊藤影道に替わって2学期から3年Å組の副担任である。担任の汐留先生を初めて見た時、こりゃモデル顔負けだなとその美貌に驚いた、と同時になんでこんなミス・ユニバースが狙えそうな人がこの惰性の象徴のような高校にいるんだろう?わからない……。


惰性の象徴……自分も惰性で生きてるとこがあるので、あまり言えない。……とはいえ勤める前からこの高校の悪評は聞いていたが、噂通りと言っていい。


まあ姥捨て山に放り込まれたと思って、自分も便乗しちゃってる。


特に夏休みはひどかった。出勤日前の夜中4時まで、飲み屋で飲んで、補習時間は自習にして昼寝していたし。


美少女の園とも聞いていたが、変わり者の堂面は今一つピンとこなかった。


若い女の子は誰でも初々しいし、見様によってはどんな子だって可愛いんじゃないか?程度の認識である。


補習の常連の浅利恵子はずっとスマホをいじってるし、深津時枝は鏡を離さない。


大貫敏郎は勉強そっちのけで、スマホで画像を流しながら、首をひねりながら何やら執筆してる。


唯一柔道部の大松稲太郎だけは自分の授業を聞いていたし、自習の時も自主的に勉強していた。


一度汐留先生に聞いたのだが、あの4人はやる気になれば補習の必要がないほど勉強は出来るそうだ……ただ大松以外は勉強より自分のしたいことがあるんでしょうと言う。しかも特に注意する必要はないとも言われる。青春時代は一度きりですからね……だそうだ。まああの美貌でそう言われちゃ黙るしかないわな……。




2学期初日は半ドンで授業は昼までだった。堂面はあくびをして、職員室へ向かっていた。向かい側から生田先生と汐留先生が談笑しながら歩いてきた。すれ違う時も汐留は堂面に気付かず、話に夢中になってる。


「ほえ~意外な取り合わせ……」


堂面はスキップしながら、「さて加奈ちゃんの寝顔でも見ようっと」颯爽と立ち去る。





霧のアナザーワールドに迷い込んで一週間が経つ。ベータはビジネスホテルの坂を上がった所に教会があったので、入ってみた。普通の教会だった。後ろの方へ腰かけてホッと一息ついた。


考えてみれば天国口高校に入ってからというもの、マンガと言うか、映画と言うか、そういう展開は慣れっこになってしまった。


むしろ自分にとっては本望なのかもしれない。平凡すぎる毎日より予想外の状況の方が楽しい。


そういや我道に自分が寅さんに似てると言われたことがある。顔ではなく自分の生き方だ。18歳で「男はつらいよ」を観てるのは渋いが、ベータにとっては極上の褒め言葉である。自分には無理だったが、寅さんの生き方には憧れていた。あんなに自由に生きられれば、楽しいだろうなと。


「あなたは悩んでないですね?」いきなり後ろから声をかけられた。


「ここの牧師さんですか?」


「そうです」牧師さんは向かい側の席に座った。


「なんで自分が悩んでないと思ったんですか?」


「雰囲気ですかね。今顔を見て実感しました。悲壮感がない」


「はあ」見たところまだ40代前半くらいの若い牧師さんだ。


「ただ、あなたの回りは神々が取り囲んでるようですな」


何を言い出すかと思えば、神々だって?「自分には一番縁のない存在だと思いますが?」


「私は第六感を持ってます。確かです」


なんか新興宗教っぽくて危ない人だな……キリスト教だろ?「あまりまともな発言だと思えませんが……」


牧師は表情は変えなかったが、眼の色が変わった。


「あなたは今あまり好ましい状況にいない。でも苦痛でもない」


「自分の心を読んでるんですか?」


牧師は表情を崩し「まさか……超能力者ではありませんからね。第六感という響きがふさわしくないならあくまで自分の勘と言いますか……」


勘で人を計るのはよくないと思うけどなあ……「まあ宗教に興味ないんで、失礼します」


「私はあなたの味方ですよ」牧師は教会の入口で手を振ってるが、霧ですぐ掻き消された。





「霧が濃くなってきやがった」夜河満男は夕方から一杯やっていた。


「夜河さん、お酒好きだね」岸森明日菜は本を読みつつ寝っころがってる。


「お前もよく本ばっか読んでて飽きないね?」


「他にすることないじゃん」岸森は頬を膨らます


「このボロ旅館どういうタイミングで出たもんか?」


「霧が深いんなら、しばらくここに泊まればいいんじゃないの?」岸森は足をバタバタさせる


「そうだな、まあのんびりしよう。新聞買ってきてくれ!」


「あいあいさー」岸森は持前の脚力で駈け出す。





黒いバンが夜河と岸森の泊まってる旅館の前に3台ほど停まる。


中からブルーとレッドが出てくる。


2016(H28)4/16(土)・2019(R1)11/19(火)




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