第5回RIGHT HERE WAITING

7月6日(日)


堂面菊四郎は駅前でかなちゃんを待っていた。


かなちゃんの本名は新田加菜子だ。一緒に駅前の大戸屋で夕食を取る約束をしていた。


時計は夕方6時半を差していた。30分も早く来てしまった。


菊四郎はいずれかなちゃんを嫁にもらって、ホステスの仕事もやめさせるつもり。もともと感情が鋭敏な彼女に向いた仕事じゃないのだ。


外は蒸し暑い。菊四郎はI PODを取り出して、MR.CHILDRENの5枚目「深海」を聴き始めた。


ちょっと暗めだが、菊四郎はミスチルの中でもこの「深海」が一番好きだった。あの終わりそうで、終わらない展開が良い。


中でも4曲目の「ありふれたLove Story」と5曲目の「mirror」がお気に入り。「ありふれたLove Story」は加奈ちゃんと自分がリンクする所があるから、胸につーんとくるのだ。


7時5分前に肩を叩かれたので、振り向いたらかなちゃんが髪をポニーテールにして笑顔で「菊ちゃん待った?」と一言。


「いや俺が早く来過ぎた。I PODなんて久々に使ったよ。とりあえず大戸屋へ入ろうよ」


「何たべよっかなあ?」そんな彼女の何気ない言葉使いに愛おしいものを感じる。


結局菊四郎は大戸屋ランチ。かなちゃんはから揚げ定食を頼む。


「かなちゃん痩せ過ぎだから太らんとな」


「なかなか太れない体質のなのよね」


このセリフが羨ましいと思う女子は今日本に100万人くらいいるんじゃないか?それじゃきかんか。


菊四郎は31歳のフリーアルバイターだし大戸屋で飯を食うというのは大分贅沢のうちに入る。当然だが……。


あとは天国口高校からの連絡待ちだ。元から教員志望だった。


ただ友人からあの天国口高校ってのは相当荒れてるらしいと聞いているので、いかがなものかと言う所。


過去様々な不良高に在籍していたので、それほど不安はない。


「菊ちゃん、何考えてるの?」


「次の職場のことさ」


「いつから行くの?」


「まだはっきりしてない」


「高校の先生だよね?」


「そうだよ」


「菊ちゃんが正社員になったら養ってね……」


「料理うまくなってよ……」


かなちゃんは指で丸印を作り「バッチグー」と言う。




7月7日(月)


結局我道幸代は伊藤シャドウの部屋に3泊4日住み続けている。


夕方6時頃帰ってくると必ず夕飯を作っている。


3度の夜2人は添い寝状態だが、何も起こらない。


伊藤シャドウ自体女性経験は豊富だし、いくら我道が18歳離れした人間性を持っていても、所詮は未成年、同じクラスの副担任と生徒が三夜を共にしたなんて知られたら、クビだよな。ならばいっそのこと……とも思ったがやはりやめる。


始めの2,3日は黙っていたが、さすがに3日目、4日目になってくると、何か言った方がいいのかなと思った。


しかし何も言わず、黙々と夕食を取ることになる。伊藤シャドウも彼女のしたいようにさせている。



7月8日(火)


朝7時半に起床。我道はいない。昨日の明け方に帰ったようだ。


台所のテーブルには”今日から学校に戻ります、色々付き合ってくれてありがとう”と書置きが残ってる。まあとりあえずよかった。


学校の授業でも我道は何事も無かったように勉強していた。この子と五晩一緒だったのか……粘り勝ちだな。


クラスの女子の3分の2は伊藤シャドウを見る目がハートマークになってる。我道は無表情だ。


伊藤シャドウはまだこの我道の本当の凄さはわかっていなかった。




3年A組学級委員北島守は新任教師栄華武蔵の正体を暴こうと探偵屋気取りでこの何日かは過ごしていた。


栄華武蔵25歳独身。伊藤影道と同時期に天国口高校へ非常勤教師として着任。


見た目は伊藤ほど若さギンギンの感じではなく、金縁眼鏡を掛けていて、それほど目立たない。しかしよく見るとスレンダーなイケメン。


こういう男はモテるよなあと納得。普段は口数が少なく、伊藤シャドウのように常に女生徒に囲まれてるわけじゃないので、既に2年B組宝田舞音と3年A組高橋・サファイア・ライト・里見と同じく3年A組学級委員野上薫子の3人と密会してる所を目撃されてる。


もっとも視聴覚委員の2人組慶事と初音が言ってたことだから自分は確認してない。


北島は放課後栄華をつけた。愛しの野上薫子がこの男のどこに惚れたのか?それが知りたかった。


本城ベータの時も疑問だったが、野上が入れ込む男は自分が想定してるようなタイプじゃないことが多い。


自分のことはまったく射程距離にないことはわかっていても惚れた男の悲しい性よの。


「北島!」


いきなり呼び捨てにされハッと振り向くと社会科の佐々木忠道だった。


この教師生田と同じ37歳らしいが、50歳くらいに見えて何か哀れなイメージが強い。


「何すか?」


「電信柱の陰で何してるんだ?」


「別に何もしてませんよ」


北島はうっとうしさ一杯の表情で佐々木を無視した。佐々木はまた生徒に見下されてるのを感じて落胆する。


栄華武蔵は駅前に向かっていた。北島は30メートルくらい後から追っていた。どうやら喫茶店トントン島に向かってるようだ。


案の定栄華はトントン島に入っていった。窓越しに野上の姿が見えた。”愕然”……野上俺はいつまでも待ってるぜ。


最後に笑うのは俺だ……とひきつり笑いをする北島だった。




サファイアの弟、三途高校1年のアクアマリン・プラズマ・豊は同じクラスの豊饒律代に片想いしている。


もともとクラス一の美女だし、高嶺の花なのはわかってる。姉ちゃんの恋愛中毒に感化されてる感も無きにしも非ず。どうせ狙うなら豊饒クラスだとハードルを上げた。


豊饒は同性からも信頼が厚く、いつも5,6人のグループでお喋りに夢中になってる。俺の気持ちなんざまったく気づいてないんだろうな……。ここにも恋愛さびしんぼうが一人いましたとさ。



バー”リデル”で我道幸代はドライマティーニを飲んでいた。


ふいに隣りに男が座る。初めは気にならなかったが、「よう、ひさしぶり」そう声を掛けられて、振り返ると本城ベータだった。


我道は驚きを隠せなかったが、かっての戦友に再会したような気分。ベータに運ばれてきたモスコミュールで乾杯をした。


2014(H26)12/9(火)・2019(R1)11/11(月)

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