第6回RETURN OF THE GIRL

「センセ、1年ぶりくらいだね」


「まあ、そのくらいになるか……」ベータはまた状況の可笑しさを感じ「お前まだ未成年だろ?相変わらずこの派手な飲み屋で酒を喰らってるのか?」


我道はそれには答えず「天国口高校には戻ってくるの?」


「まだ未定だけど……それはそうと岸森明日菜は戻ってきたのか?」


我道は失笑気味に「それって設定上もう現れなくなってるんじゃないの?」


「またまた雲の上の神様みたいなこと言って……もう設定とか無視して登場させよう!携帯がやっと出て来て、彼女の顔をやっと思い出した。あの子がいないと何か調子狂う」


「センセは明日菜に惚れてるの?」


「うーん……多分な」


「ふぅーん……」我道は相変わらずポーカーフェイスで何を考えてるのかわからない。


「明日菜はもう戻ってこないと思うよ。あの子放浪癖あったから、中学時代夏休みを利用して中国を一通り回ったみたい。でも神が設定無視するんならまたひょっこり現れてマクドナルドでスマホでも眺めてんじゃない?今度はアフリカを征服したいみたいなこと言ってた気がする」


「どうでもいいけど、お前よく喋るようになったな。以前は二言三言くらいしか反応なかったもんな」


「そうかな?」我道はドライマティーニに少し口をつける。


「まあ、今は高校教員じゃないから俺が誰に惚れようがカラスの勝手だ」


「そんなに明日菜が恋しい?」


「恋しいんだろうな多分」そう言ってからベータは我道の一連の行動を思い出してきた。


「お前はさぁ、あの高校でやたら絡んできたけど何か意味はあるのか?」


「うん、センセのこと好きだった時期もあったよ。でも今は新しい標的を見つけたから……女の心は移ろいやすいものよ。」


「まだ去年2013年の夏は謎だらけなんだが……お前コアな所まで知ってるのか?夏の後半は眠くて眠くてほとんど覚えとらんのだ」


我道は髪の先ををクルクル回して「私も一応センセと同じような目に遭ってる。でももういいのよ、時間の巻き戻し装置なんかないんだから、忘れちゃいなさい。私ももっと年相応になろうと思ってるから」


「それで酒場で酒のんでりゃ世話無いな」ベータは苦笑する


「まあね、我道幸代18歳、普通の女の子になります」


「ふむ、頑張れよ」ベータは我道の頭を撫でた。


我道はくすぐったいような表情をした。こんな砕けた我道の表情を見たのは初めてだ。まだ18歳か……末恐ろしい。




7月9日(水)


慶事紀之と初音君也は昼のリクエスト放送で、YOU TUBEから曲を流しつつ、昼飯を取っていた。


北島守も名目上視聴覚委員なのだが、A組の学級委員と生徒会が忙しいとかで、結局は慶事と初音が切り盛りをしている。


昼のリクエストのラインナップはめちゃくちゃだ。聞いたこともない北欧のプログレバンドから名探偵コナンの主題歌まで、バラエティに富んでるというより支離滅裂である。レディオ・ヘッドの「LAST FLOWERS」を流し終わった所でチャイムが鳴る。


慶事と初音の共通の話題といえば新任教師栄華武蔵とこの高校の闇のボス我道幸代の復活だ。我道の都市伝説は多岐に亘る。柔道部の主将を8秒でのしたとか、神と交信する力があるとか……実話から逸話も含め暇潰しには有り余るほど面白いし、彼女のミステリアスな外面に隠れた18歳の内面はどうなのか……のボスというより誰もが認める文字通り天国口高校の総代である。その総代が3か月ぶりに登校してきた。学園内は大揺れだった。


もちろん職員室も我道の話題で持ち切りだった。3か月ろくに家にも帰らずにいたとか、週10万になるような仕事をしていたとか、様々な憶測が流れていた。


伊藤シャドウは複雑な心境だった。実際5泊6日彼女を家に泊めてるし、我道がそれ程この高校に影響力を持っているとは知らなかっただけに、余計何も言えなかった。


汐留理香子は伊籐シャドウの口少なさが気にかかった。


放課後、伊藤シャドウと汐留理香子は校長室に呼ばれる。もちろん我道のことだろう。


3年A組のこれからの我道に対する処遇と彼女の学力なら東大の医学部でも余裕で受かるということも指摘される。


帰り廊下で伊藤シャドウは益々複雑な気分になってきた。自分は取り返しのつかないことをしたのではと……。


向こうから我道がショルダーバッグを手に持ち肩からぶら下げてやって来る。2人は言葉を交わすことなく通り過ぎる。慶事と初音は裏庭からこの場面を見ていた。


「どう見る?」慶事はハイチュウを噛みながら言う。


「伊藤シャドウと我道幸代の間に何かあるっての?」初音はスマホのピクチャーを見ながら。


「おい!紀之、我道は伊藤に何か渡してるぞ!」確かにショルダーバッグの指先から小さいレシートみたいなものを伊藤の肩に乗せてる。


「益々荒れ模様の我が高だな」慶事はハイチュウを3つ口に投げ込む。


2014(H26)12/9(火)・2019(R1)11/11(月)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る