もふもふは正義!

高嶺 蒼

第1話 カンタ、異世界へ行く!?

 池上勘太はごく普通の高校生だった。

 頭は良くもないが悪くもなく、読書は好きだが特にオタクと言うわけでもない。

 運動も出来たが、他のスポーツ男子の様に女の子と積極的に話せるような社交性はなく。

 平均的すぎて個性がない、そう言われても反論できないようなごく平凡な少年、それが池上勘太だった。

 そんな彼には、ある秘密があった。

 年頃の男の子が、声を大にして主張するにはちょっと照れくさい嗜好、それは……





 「ついに来たぞ~!!もふもふランド~~~!!!」



 もふもふランド、それは都心から二時間も電車に揺られればたどり着けるもふもふ好きの間では有名なユートピア。

 小さなもふもふから大きなもふもふまで、一般的な動物園や牧場では触れないようなもふもふも数多く取りそろえられたもふもふのテーマパーク、それがもふもふランドだった。


 ここまで読んだ方にはバレバレだろうが、池上勘太の秘密……それは、無類のもふもふ好きということであった。


 自宅がマンションの為生きたもふもふを飼えず、その代償としてもっふぁもっふぁしたぬいぐるみが部屋の至る所を占拠している勘太の部屋は、どう見ても年頃の少年の部屋には見えないほどにファンシーな仕上がり。

 それを他人に見せる勇気がなくて、今まで誰一人として部屋に招いたことは無い。


 結果、もふもふ趣味が誰にもバレることなくこの年までこれたのは幸いだったが、同じ趣味を分かち合う友人にも恵まれることはなかった。

 なので、当然のことながらボッチもふもふ愛好家の勘太は、本日もおひとり様である。


 しかし、見渡す限り、周囲の客はファミリー、あるいはカップルばかりで。

 ねー、ねー、あのおにーちゃん、一人でさみしそう~と余計なお世話と共に指さしてくるちびっ子の視線を避けながら、勘太は通路の端でこそこそと、ランドのパンフレットを開く。



 「さ~て、どう回るかな~?昼にあるアルパカのお散歩ご飯タイムは絶対行くとして、それまではまだ時間もあるし、ちょっと他のところを見ておいて……お、うさちゃんの種類、すげぇなぁ。これ、全部さわれんの?やべぇじゃん……うおっ、にゃんにゃんコーナーもやけに充実してやがる……げ、こっちもやべぇな。子犬ちゃんの授乳体験……だと!?しかも、気に入った子犬ちゃんの購入可、って。なんだよ、オレの精神力試してんのか!?ミルクやり、死ぬほどしてぇけど、そんなことしてオレ、子犬買わねぇで帰れんのか……?うっかり二、三匹買っちまいそうでこえぇな……んなことしたら、母ちゃん、怒るだろうなぁ」



 一人でぶつぶつしゃべるその様子は少々不気味で、道行く子供が指さすのを母親が早足で手を引いて連れて行く。

 「ママ~、なにあれ~?」「しっ、見ちゃいけません!」といった感じである。

 が、当の本人は全く気づかず、十分にルートを吟味してから、とってもいい笑顔で顔を上げた。



 「よっしゃ、最適のルートが決まったぜ……ってもうこんな時間かよ!?急がねぇとアルパカが!!」



 言うが早いか、ダッシュで走り始める勘太。色々と熟考しているうちに、思った以上に時間を消費してしまっていた。

 が、もともと足は速い方なので、坂の上の方にアルパカ牧場を見つけた時には、ちょうど飼育員が、アルパカを牧場から連れ出したところのようだった。



 (ラッキー、なんとか間に合った!!)



 と更にスピードを上げようとしたところで、飼育員の一人が駆けてくる勘太に気づいて慌てたような声を上げる。



 「お、お客様~!!そこはアルパカのお散歩コースなので、入っちゃダメです」



 と。

 言われてみれば、他の客はロープの外側にお行儀よく待機している。

 どうやら急いでいたせいで、アルパカのお散歩コースへ入り込んでしまったらしい。



 「わ、すんません。い、今どきます!!」



 慌てて方向転換しようとしたら、足下の石を見事にふんずけ、勘太はバランスを崩して転びかける。

 それを見た飼育員が、



 「お客様!大丈夫ですか!?」



 と心配そうに声をかけた瞬間、なんの運命の悪戯か、彼女の持っていたバケツの取っ手がぽきりと折れた。

 不幸にも、その中には餌やりタイム用のアルパカのご飯が山ほど入っていた。


 それがただの草なら何とかなった。

 だが、中身は飼料を固めたころっとした代物で、解き放たれたそいつらは坂道をコロコロと転がりだす。

 そして、それを追ってアルパカの集団が猛然と駆け出したのである。


 飼育員の声も無視して、勢いよく坂道を下ってくるアルパカ達。

 どんどん近づいてくるアルパカを見て、逃げねぇと、と思う。

 だが、バランスを崩した体勢からのダッシュは難しく、その姿はあっという間にアルパカの集団に飲まれ、もっふぁぁぁっとはね飛ばされた。


 記憶はそこでとぎれている。

 宙に投げ出されたような意識の中で、俺、死んだのかなぁ、と勘太は思う。



 (けど、アルパカ達は悪くねぇ!悪いのは、入っちゃいけないところに入り込んだ俺なんだ!!)



 無類のもふもふ好きは己の死の原因について、そう断じた。

 そして思う。



 (アルパカ、ちょ~やぁらかかったなぁ)



 と。ちょっとうっとりしながら。

 けど、意識がだんだん薄くなってきて。

 いよいよ死ぬんだな、と察した勘太は最後の力で願った。

 次に生まれるときは、最強無敵のもふもふにしてください、と。


 神様なんて信じてないし、願いが叶うとも思ってない。

 けど、願うのは自由だ。

 それに、素敵なもふもふに生まれ変われると思いながらなら、消えていくのもきっと怖くない。


 消えていく己の存在を感じながら、勘太はふとあることに気がついてはっとする。

 やべぇ、俺をひいたアルパカ、処分されたりしないかな、と。

 そして慌てて追加で願った。



 (どうかどうか、俺を弾き飛ばしたアルパカが、罪を問われませんように!)


 「やぁさしい~。君、いい子だねぇ。ちょうどいいや、今、適当な人身御供……いやいや、魂を探していたところだったんだよ。よし、君に決めた!君を最強無敵のもふもふに転生させてあげるよ!!」


 (うぉっ、まじか!!……って、あんただれ?)


 「失礼な~。神様だよぅ、これまで君がいた世界の。でも、まあ、君のおかげで義理が果たせるし、無礼は勘弁してあげる」


 (義理?義理ってなんの……?)


 「あ~、いやいや。こっちの話。君は望み通り最強無敵のもふもふに転生出来るし、ちゃんとふさわしいスキルも付けてあげる。心置きなく安心して旅立ってくれていいからね~?」


 (よ、よくわかんねぇけど、まあ、いいや。俺、どんなもふもふになれんのかなぁ?楽しみだぜ~……ってそうだ、アルパカ。アルパカはどうなんの!?)


 「ああ、アルパカ?君の存在全てを異世界に移すから、そうなれば結果としてアルパカの罪も無くなるよ。っていうか、君、実はまだぎりぎり生きているんだけど、いいよね?転生させちゃって」


 (うぉっ、生きてんのか、俺!?)


 「ああ、うん。いまは仮死状態って感じかな」


 (う~ん、でも、まあ、いいや。俺が戻ると、俺をケガさせた罪でアルパカが裁かれる羽目になるんだろ?別に友達とか彼女もいねぇし。母ちゃんもまだまだ女盛りだし、俺がいなきゃいい男と再婚できっかもしんねぇし……うん。いいや。転生させてくれ!すっげぇもふもふに!!)


 「おっけ~!じゃあ、転生させちゃうよ~」


 (おう!)



 元気よく応える勘太。少しずつ意識が混濁してくる。

 意識がとぎれる寸前、神様の声が耳に届いた。



 「じゃあね~。あっちでも頑張れ~」



 なぜか応援されて、変な神様だよなぁ、と思ったのを最後に意識は途絶えた。

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