バイオハザードと逃走の物語

第17話 72階層ー1

 自分の作った物語に入り込める世界、73階層を抜けたルーラとフレアは、現在72階層に転移した際に現れた部屋で、困惑の表情を浮かべている。



 その部屋の床は、石でもなく、木でもなく、タイルようでいて少し違う。壁には見た事も無いような大きなガラスがはまっていて、そこから外を見れば、飾り気のない四角柱の建物が幾本も規則正しくならんでいる。


 その建物は、それぞれ高さが違うが、低くても5階、高い物なら20階くらいはありそうだ。


 視線を建物から地面に移すと、そこには土が一切見えない。その代わりに、綺麗にならされた鼠色の道があり、何の意味があるのかわからないが、白い線が、途切れ途切れに描かれている。


 そして、その道の上をアンデッドのようなものが、数えきれないほど徘徊している。


 アンデッドたちの動きには統一感は無く、何の目的も無くただ彷徨っていると言った風だ。




 ルーラは、部屋の机に突っ伏したまま、もう2度と起き上がる事のない男の横に立ち、そこに置かれていた数冊のノートに目を通しながら、呟く。


「この人が、73階層の作者だよ。……ここに立てこもって、命が尽きるまでの間に、この作品を作り出したんだね……。君の作った作品は、物語世界で生き続けているよ……」


 それだけ言うと、そっとノートを閉じた。暫し黙祷した後、床に腰かけて、空中からセディーラの書を取り出しながら「これから、この世界の事を調べるね」そう言って、読書を始めた。


 遺体を見ながらフレアは、思う。……この作者は、この狭い空間で、物語に入れる物語を夢見たのだろうか……。もし、そうであれば、なぜ最後になって、バッドエンドで締めくくろうとしたのか……。




 暫くして、ルーラがこの世界の情報を開示し始める。


「この物語は、ゾンビと呼ばれるアンデッドが、世界中に溢れかえった世界だね。ゾンビは、噛みついた相手に細菌を感染させる。……そして感染した人もゾンビになって人を襲い続けるらしいんだ」


「……感染を繰り返して、世界中に広がったって事か。……ルーラ、そこまでは、世界設定だろ? 主人公は、何をしているんだ。そのゾンビを滅ぼすべく戦っているのか?」


 フレアの感覚だと、それは当然の事だ。世界が危機に陥っているのなら、力を持つ者はそれを救うために戦う。分かり切った事を聞いたつもりだったのだが、ルーラの答えは。


「うーん。全力で逃げる物語みたいだよ。特に異能とかを持っているわけじゃないし、仕方ないのかな?」


 フレアは、頭を抱えてしまった。ゾンビは世界中に溢れているのに逃げてどうなるというのかと。戦いの世界に生まれたフレアには、全く理解が出来ないのだ。


「……なあ、この物語の結末はどうなるんだ? 既に完結した物語なのか?」


「うん、完結しているね。主人公が、シェルターって名前の、人が生き残っているところに逃げ込んで、物語が終わる。……ボク達の辿り着いた時間軸は、3章で、全6章の物語だから、まだ逃げ回ってるはずだけど」


 なんとも後ろ向きな物語だと思いつつも、それに文句を言って、どうなるものでもないと気付いたフレアは、肝心な事を聞き忘れていたことに気付いた。


「それで、ゲートは近いのか?」「シェルターの中だよ。わりと遠いかも」




 この後二人は、一つの大きな問題に気が付いた。73.5階層で、食料を全て消費しているのを忘れて、補充もせずに、72階層に上がってしまっていたのだ。


 まず二人は食料探しを始める事になった。転移した部屋のドアは、棚や椅子などで封鎖されていた。恐らくゾンビの侵入を防ぐものだろうと予想しつつ、全て撤去する。


 ドアを抜けて暫く進むと、広い通路に辿り着いた。現在地は3階、幅の広い通路の中央は吹き抜けになっており、1階まで見通すことが出来た。1階には、複数のゾンビが、目的を感じさせない動きで、フラフラと歩き続けている。


 通路には等間隔に店らしきものが並んでいるのだが、どれも服や、雑貨ばかりで、食料の類は見当たらない。


「これだけ店があって、食べ物の一つもないとか、どんな世界なんだ……」


 フレアがぼやくと、ルーラが興味深そうに辺りを見渡しながら、自分の考えを述べる。


「たぶん、ゾンビが現れるまでは、豊かな世界だったんだよ。豊かだからこそ、雑貨とかが、これだけ大々的に売られていたんだろうね」


「確かに、そうか。貧しい世界で、こんなもの」そう言いながら、近くのウサギのぬいぐるみを持ち上げつつ「売ったとしても、売れるわけないもんな……」そして、ルーラに手渡す。


 ルーラは、ウサギの人形を暫し見つめた後、魔法のポケットにしまい込んだ。




 食料を発見できぬまま二人は2階に降りていた。少し歩いた所で、ルーラが立ち止まり「ここの店に、寄って行ってもいいかな?」とフレアに確認を取る。


 ルーラの視線の先には、書店があった。店内は、棚が倒れて本が床一面に散らばっている。フレアは、手近にある本を一冊手に取ると、表紙を開いた。


 ……絵? なのか……これは? まるで景色をそのまま切り取ったようだ。


 フレアが本から眼を話せないでいると、ルーラも横に並び本を開きながら、話しかけた。


「この世界の事を、少し知っておいた方が良いと思うんだ。この先、似たような世界に辿り着く可能性があるからね。その為に、本を読んで、情報を仕入れておきたいんだよ!」


 その言い分に納得して、フレアも手伝いながら、役に立ちそうな本を集めては、ルーラの魔法のポケットに放り込んでいく。それは、辞書であったり、子供向けの本であったり、実用書であったり、様々かつ大量だ。ルーラでなければ、読むだけで数か月はかかるだろう。




 書店を出た所で、フレアが低い声で囁く「来るぞ……」ルーラが何事かと、辺りを見渡すと、こちらへ向かってくる一体のゾンビが見えた。


「ウアア……ア……アア………」近付くにつれて、苦しそうな、恨めしそうな、そんな声が、はっきりと聞こえてくる。


「フレア君、ちょっと試してみたい事があるんだ。……殺さないで拘束してくれるかい?」


「ああ、了解だ」言い終わった時には、もうフレアはゾンビの目の前まで移動している。


「こいつらは、噛みついて細菌を感染させるって言ってたな。ならっ!」


 フレアは、掴みかかろうとするゾンビの首を右手で掴み、後ろから足を払って仰向けに倒す。首をがっちりと抑えられたゾンビは、その手を外そうと必死にもがくが、フレアの怪力の前には、無駄な行為だった。


「よしっ! いいぞ。……普通の人間よりは力が強いが、それだけだな」





 ルーラはゾンビに近付き胸の辺りに手をかざす。そして、神に祈るような面持ちで。


「行くよ! ヒール………」ゾンビは癒しの光を浴びても、何の変化も見られない。


「それなら!……キュア!!」病を癒すキュアでも、ゾンビ化が解ける事は無かった。


「おねがいだよ!…………デトリック!!…………………これも、ダメだ……」


 ルーラは、それを最後に、かざしていた手を力なく降ろした。




「ルーラ………………」落ち込むルーラに、フレアは呼び掛ける事しかできなかった。




 名前を呼ばれたルーラは、足元を見ながら答えた。


「……ありがとう。……楽にしてあげて……」


 ルーラの掠れそうな声を聴いたフレアは「ああ……」と一言だけ返すと、掴んだ首を横に捻る。ゴキッ! と頸椎が破壊される音がして、ゾンビは動きを止めた。


 フレアは、ルーラからゾンビの弱点を聞いていた。『脳か頸椎を破壊しないと、いつまでも動き続ける』と。




 ……どうせ救えないなら、倒してやるのが、せめてもの情け……って、事にしとくか!!


 フレアは、食料探しで1階に降りていた。上と違って1階は大量のゾンビが存在している。


「……ルーラ! 離れるなよ!!」


 ゾンビは決して早くない。真っすぐ向かってくるゾンビの首を、片手剣を右薙ぎにして、首を跳ね飛ばす。そのまま、止まる事無く左から迫っていたゾンビの首まで纏めて刈り取った。


 ルーラを連れたフレアが歩くたびに、ゾンビの首が次々と地面に転がり落ちる。食料品売り場に辿り着くころには、辺り一面に倒れたゾンビが積み重なっていた。




 食品売り場に辿り着いたまでは良かったのだが、二人の顔は冴えない。


「酷い匂いだね……食べれる物、残ってるかな?」ルーラがそう言うのも無理はない。生鮮食品は全て干乾びるか、腐り果てており、鬱陶しいほど蠅が飛び回っている。


 数こそ少ないが食料品売り場にもゾンビは居る。それを切り払いながら、フレアが答えた。


「肉や魚は無理そうだな……こっちにある鉄の容器も食べ物じゃないか?」


 そう言いながら、フレアは近くにあった、魚の絵が描かれた缶の上部にある、いかにも引っ張て下さい、といわんばかりの場所に、指を掛けて上に引き上げた。


 その缶を覗き込んだルーラが、はしゃぎながら自分も近くの缶を開け始めた。


「これは、腐ってないみたいだよ!」中身を摘まんで、口に入れた後「ふむ、なかなか悪くないよ! 携帯食としては、かなり美味しい方だ!!」


 フレアも自分が開けた缶の中身を摘まんで、口の中に放り込んでみる。


「これは、油漬けになった、鶏肉? いや絵的に魚か……。ああ、これも、美味いぞ!」


 そこからは、二人で手あたり次第かき集めた。缶以外にも、箱に入っていたり、紙で包まれたお菓子も大量に発見した。他には、柔らかいガラスに入った飲み物、これも腐っていなかった。


 それらを全て魔法のポケットにしまった後、二人は、最初の部屋へと戻っていった。




 それから5日後。


 売り場から持ち出した布団に寝ころんだ、ルーラが叫んだ。


「ああっ! フレア君、酷いじゃないか!! そのポテチは、ボクが後で食べようと残しておいたのに!!」


 大きいチップを一通り食べ終わったフレアが、口を袋に付けて、砕けたチップを流し込んだ後答える。


「いや、あんまり食べないから、好きじゃないのかと思ったんだが。チーズが乗ってる奴なら残ってるぞ?」


「違うよ!! 本が汚れるから、休憩の時にしか食べれなかっただけだよ!! もおー!! ボクはコンソメ一筋なんだよ」と、言いながらペットボトルのキャップを捻った。


 二人は、まるで自宅であるかのように寛いでいた。


 この頃には、最初に拾ってきた本は全て読み終わり、新たな本を追加して知識を増やしていた。


 ルーラは既に、この世界の文化について、ある程度の事は分かるようになっていた。例えば、今自分が飲んでいるのが、有名メーカーが販売しているコーラと言う飲み物だと分かる程度に。




 さらに1日経過して。


 売り場から持ち出した、カセットコンロで沸かしたお湯を、カップ麺に注ぎながらルーラが話す。


「フレア君、そろそろボクはダメ人間になりそうだよ……。その前に出発すべきだと思うんだ!!」


 フレアも自覚があった。だからこそ、二つ返事で了承する「そうだな、頃合いだ」


 そうして二人は、シェルター目指して旅立った。

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