第10話 75階層ー3

 流れる川に、しげる木々、天井には太陽のように輝く巨石。鳥が飛ぶ姿まで見える。そして、住居だ。……住居が集まり村を形成している。


「これは……天井がある以外は、地上と何ら変わらないじゃないか……」




「ボクも驚いたよ! 物語に詳しい描画は無かったからね。……ここまでとは」


 現在地のあまりの高さに、腰が引けているサガンがフィアに支えられながら、疑問を投げかけた。


「あ、あの? ここが僕達の住む世界……なんですか?」


「そうだよ! でも、乗り越えなきゃいけない壁が、あと二つほど残っているからね」


 生存への道に立ちふさがる壁は三つ有った。この時点で一つ目の壁、『地底人の生存』は突破した。


 4人は、坂を下り、村を目指す。人並外れたバランス感覚と異常なまでの耐久をもつフレアと、フレアに背負われたルーラは、鼻息交じりで下っていくが、残りの二人はそうも行かない。落下の恐怖に怯えながらゆっくり、ゆっくりと下っていった。




 たっぷりと時間をかけて、村に辿り着いた一行の目に映るのは、日干し煉瓦を積み上げて作ったと思われる住居と、野菜が植えられた畑。あとは、目を見開いて、ジリジリト後退している住民の姿。


「こんにちはー! ボク達は、ダズィ君に頼まれて、地上からモグラ退治にきたんだよ!」


「……お前は、また……。」ボソッとフレアが呟くが、住民たちにその言葉は聞こえない。『モグラを退治しに来た』その言葉が住民に、他の事など考えられないほどの衝撃を与えていたから。


 すぐさま4人は村長の家に通された。そこで、年老いた男性が、一行を出迎える。




「……大モグラを倒しに来てくださったと仰いましたな。……悪い事はいわんから、帰った方がええ。あれは人が勝てるようなもんじゃあないんです」


 外の住民と違い、村長は全く期待した様子を見せなかった。あまりに覇気の無い姿から、心が折れてしまっているのが、ありありと伝わってくる。


「大モグラって奴は、そんなに強いのか?」


「奴は、地中を泳ぐんですよ。土の下から、爪だけだして襲ってくる。もう、一方的にやられるだけですわ」


 村長の話を聞いたルーラは腕を組みながら黙考する。


 ……聞いた限りではやっかいそうな相手だが、76階層の魔族の件もあるしな。やたらと恐れられていたが、あれは、お世辞にも強いとは言えなかった。やはり自分で見ないと分からないか。


 テーブルに置かれたお茶を手に取り、喉を潤しながら、皆の顔を見渡すと、村長の顔には諦念、サガンの顔には不安、フィアの顔には絶望、ルーラの顔には『誰も手を付けないけど、お茶菓子も食べて良いよね』と言わんばかりの表情と目線。


 ……ルーラの奴、全く心配してないな。どうにも、その信頼に応えたくなる。


「大丈夫だ、任せておけ! 俺はこの世界に足をついてから、1度として負けた事のない男だ!!」





 村長に滞在の許可を得て、宿泊先として提供された部屋に向かう。男女別で二部屋用意してくれたのだろうが、フレアとルーラ、サガンとフィアの組み合わせで部屋を分けた。


「フレア君、さっきは、笑いそうになったよ。多層世界ジョークってやつかい! 君は、この世界に来てから一回も戦ってないじゃないか!」


 ルーラは、部屋に入るなり、バシバシとフレアの背中を叩きながら、話しかけた。


「デカい事を言わないと、追い出されそうだったからな。それでも嘘はつきたくなかったってやつだよ」


「フレア君、自分は強いって言っても嘘になんてならないよ? ほんとに、自己評価が低いね。ボクは君の事をみんなに自慢してまわりたいくらいなのに」


「だから、褒めるなよ。それ以上言ったら褒め返すぞ?」


 褒められたいけど、褒められたくないと、一人で騒ぐルーラを見ているうちに、フレアは笑いが込み上げてきて、暫し二人の部屋には楽し気な笑い声が響いていた。





 地底の村に滞在して10日が経過した。村長の話では、大モグラは3週間暴れまわった後に、2週間休むというサイクルを繰り返しているらしい。それが正しければ、次に現れるのは、この日だった。


 現在地は、地上に出るための、細い坂を少しだけ上った所。大モグラは地底を泳ぐ。だから、潜る事の出来ない、この細道に居る限り襲われる事は無い。そして、この場所には村の地底人全員が避難している。


 フレアとルーラの近くには、サガンとフィアの姿があった。フレアがサガンに問いかける。


「どうだ? 上手くやってるか」


「はい、村の住民とも大分打ち解ける事が出来ました。仲良くやって行けそうです。村長から、成功した暁には、居住を許可するという約束もしてもらえました」


 これで生存への道に塞がる壁の2枚目も壊される。サガンが住民に認められて、地下への移住許可を得た時、サガンの肩書が『地上の男性』から『地底世界の男性』に書き換わる。




 横から話を聞いていたルーラが、満足げに頷いた後、サガンに問いかける。


「体調はどうだい? それと虫刺されの痕があったりしないかな?」


「はい、体調は万全です。フィアに確認してもらいましたが、全身どこにも虫刺されの痕はなかったようです」


 それを聞いたルーラは、顔を真っ赤に染めて、苦言を呈する。


「サガン君! さり気なく惚気話を聞かせないでよ!! まあ、でも良かったよ。…………やっぱり通り抜けられなかったか」


 これで一番厚かった壁が破られた。この壁は、破れない可能性の方が高かった。石碑の結界が、『物質を通り抜ける蚊』の侵入を阻んでいる必要があったのだ。フレアは、この10日間、寝る時は、地上に出る為の石碑の下で眠っていた。そのフレアにも虫刺されの痕は無い。



 そして、残された壁は一枚。大モグラの駆除。この物語の主人公ダズィは、大モグラを倒そうとしているだけで、最終話の時点で、大モグラの生存を確認していない。だから倒しても何の矛盾も生まれない。



 ――――――脇役の恋人たちの未来は、フレアに託された―――――




「来たぞおぉぉぉぉぉ!! 大モグラだあぁぁぁぁ!!」


 坂の端で、下を見張っていた村人が発見の知らせを告げる。大モグラは音に敏感らしい。坂の上に居る人間の気配を察知して、この場所までやって来たのだろう。地上では、5本の爪が、海面すれすれを泳ぐサメの背びれのように動き回っている。


「じゃあ、行ってくるな」「うん、がんばってね!!」


 言い終わるや、フレアは坂から飛び降りる。着地の音に反応した大モグラの爪が、高速でフレアに迫った。


 ……泳ぐって、比喩じゃ無いのかよ! 爪が通過した後に、痕跡が一切残っていないぞ。土が水のようだ……。


 フレアの気付いた通り、爪が通りすぎた後は、何事も無かったように慣らされた地面が残る。大モグラは、地中を掘って進んでいるのではなかった。地中をすり抜けて、穴もあけずに動き回る。


 迫る爪を飛び越える事で躱したフレアは、空中で爪を見やる。爪は地面の中に沈んでいき、完全に地中に潜った。地に足が付いた途端、その音を聞きつけて、再び爪が大地から顔をのぞかせる。


 次の突撃は横に飛ぶことで避けた。目の前を通り過ぎる爪を、握った片手剣で斬りつける。『キンッ!!』硬質な音を立てて切断された1本の爪が、回転しながら宙を舞う。


「クッ!?」その時、予想外の方向から攻撃が来た。それは真後ろ。当たり前の事をフレアは失念していた。生き物の手は大抵2本ある。既に地面に足がついていないフレアに躱す術はなく、右足を深く抉られてしまう。




 ……チッ『戻れ!!』3秒前は……片手の攻撃を躱す直前か!!


 時間を戻す事で、傷をなかった事にしたフレアは、前回とは逆の方向に飛ぶ。無傷で躱す事には成功したが、最初に奪った1本の爪も当然の如く元に戻ってしまった。


 それから3度、爪の攻撃を躱した。その際、爪に対して攻撃は加えていない。下手に敵の戦闘力を削ってしまうと、逃げられてしまう可能性がある事に気付いたからだ。この戦いは追い払うのが目的ではない。倒さなければ意味が無いのだ。


「シュゥゥゥゥゥゥ………」


 通算6度目の攻撃を待っていると、爪では無くモグラの全身が宙を舞った。フレアの居る位置から随分と離れた所で。それは、イルカが海面から飛び上がるような動き、そして、地表に留まる事なく全身が地面に潜る。


 ……全長10メートルってとこか? 思ったよりは小さい。……それにしても、さっきの一見無意味な動きは何だ? それに聞こえたあの音は。




 坂の上では人々が手に汗を握りながらフレアの戦いを観戦していた。村人たちが話す言葉がルーラの元にも聞こえてくるが、どれも不安を含んだ言葉ばかりだった。


「……確かに、人並外れた動きだが……、攻め手が、ないんじゃないか?」


「ああ、やはり地中の敵を倒すのは、無理があるかもしれん。……せめて追い払う事が、出来ればいいんだが……」


 それを聞きながらルーラは思う。


 ――――フレア君は最強の脇役だ、負けるわけないじゃないか。彼は気付いてる。もう勝利は目の前だ。



 回避に専念していたフレアが、戦闘開始から数えて10回目の攻撃を躱した時、姿勢を低くしながら吠える「デュアルブースト!!」静寂――――そして5秒後「シュゥゥゥゥゥゥ………」呼吸をするため大モグラが地上に向けて飛び上がる。『戻れ!!』宙に浮いていた大モグラの姿が時間を戻され消滅する。


 ……飛び出す位置は分かった。これで終わりだ!!


「さぁ、浮かんできやがれえぇぇ!! 今日がお前の、最終回だ!!」


 フレアが大地を震わせる勢いで、踏み切る。常人では視認できないほどに加速し弾丸の如く突き進む。――――そこに何も知らぬ大モグラがその巨体を晒した。フレアという弾丸の射線上に。


「……………………………………………!?」


 坂で見守る人々は言葉を失った。何が起こったのか分からなかった。突如大モグラの体に大穴が空き、大量の血液が舞い散る。沈む事のできなくなった巨体が地面に転がった時、やっと理解する。救われたのだと理解する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そして、大歓声が巻き起こる。人々は叫んだ。この戦いは娯楽などではない。自分達の未来を掛けた戦いだったのだから。叫ばずにはいられないのだ。


「フレア君、やっぱり君は強いじゃないか」



 新たに誕生した、地底世界の英雄は、恥ずかしそうに頭をかきながら、皆が待つ坂を上っていくのだった。




 ――――翌日の早朝、ルーラとフレアは、地底世界を迷いなく歩いていた。セディーラの書が指し示す方向へ。


 大モグラを倒し、本来の目的に戻ろうと、セディーラの書でゲート位置を確認したルーラは、光が変化している事に気付いた。淡かった光が、煌々と輝いていたのだ。そして結論付ける。淡い光は、自分達の現在地よりも深い部分にある事を示していたと。


「なあルーラ、今回は偶然が重なって、地下に来ることが出来たけどさ。もしサガンが居なかったらどうしてたんだ?」


「うーん、他の生き残りの男性を探すか、それがダメなら、物語が完結するのを待って、作者から解放された主人公と、石碑を開くくらいかな? すぐに思いつくのは」


 ルーラは、細かな説明を省いているが、言うほど簡単ではない。今は男性が僅かに生き残る時系列だから、フレアも自由に動き回れたが、男性絶滅後の時系列に辿り着けば、世界の全住民にフレアの存在を観測されないように、動き回る必要があった。観測された瞬間、『地上に一人の男』という一文が嘘になってしまうから。




 誰にも旅立ちを告げずに村を出た二人を、追う者がいた。シンと静まり返った地底世界にタッタッタッタッと足音が響く。気付いた二人が、後ろを振り向くと、息を切らせながら駆け寄るサガンとフィアの姿があった。


 立ち止まった二人に追いついたフィアは、肩を上下させながら、もの悲しそうな顔で、語り掛ける。


「もう、行ってしまうのですか?」


「うん。ボクとフレア君の物語は、まだ始まったばかりだからね」


 その言葉を聞いたサガンが、フレアに歩み寄り、一枚のキャンバスを差し出す。


「そうか、絵が完成したんだな」フレアは、そう言いながら、キャンバスに掛けられた薄い布を取り払い、そこに描かれた人物をみて動きを止める。


「どうしたんだい? ボクにも見せてよ」そう言いながら、絵を覗き込んだルーラは、満面の笑みをたたえてサガンに話しかけた。


「サガン君、ありがとうね。大切にするよ。フィア君の絵は完成したのかい?」


「……僕達には、時間がありますから。旅立つ二人に贈りたかったんです。……いつかまた、どこかで……」


 ここで別れれば二度と会えない事を、ルーラは分かっている。分かっているが、それでも出来る限りの笑顔で答えた。


「うん、また会えると良いね。幸せになるんだよ!!」





 別れを済ませた二人はゲートの位置に辿り着いていた。


 ルーラを背負うフレアの姿が描かれたキャンパスを、魔法のポケットにしまいながら、ルーラはフレアに提案する。


「全てが終わって、安息の地に辿り着いたら、そこに、この絵を飾ろう! フレア君が、絵を壁に飾って、ボクが曲がっているって文句を言うんだ! そこでボク達の物語が幕を閉じる。どうだい? 素敵な最終回だろ?」


 それを聞いた、フレアは、悪戯をたくらむ子供のような顔で、ルーラに問うた。


「そして、第二章がはじまるのか?」


「当然さ!! ボク達の物語は、どこまでも続いて行くんだ!」



 ひとしきり笑い合った二人は、ゲートの上に立ち、74階層に向けて、新しい物語のページを開いた。

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