第6話 76階層ー2
収容所に囚われていた少女を救出して、脱出を果たした二人は、この世界に来た時に飛ばされた丘の上に戻っていた。
フレアが背負う少女の息が妙に荒い。肩越しに顔を覗き見ると、その顔色はやたらと悪く、夜風がほんのり肌寒いほどだというのに、汗が滲んでいるのが分かる。荒い息に混じって、「ウ……ウゥ………」と、呻き声まで聞こえてくる。
……ルーラが言っていた。治療魔法は、傷を治すだけで、失った体力までは戻らないと。調子が悪そうなのは、そのせいなのか?
丘の上でセディーラの書を斜め読みしていたルーラが、本をパンッと勢いよく閉じた。
「フレア君、移動しよう。ここから10キロほど離れた所に、ヒロインが生まれてから捕まるまでの間、母親と二人で隠れ住んでいた小屋があるよ。……物語では、扉を破壊して魔族が押し入ったってなってるから、建物自体はそこまで壊れていないはずだ!」
……少女を休ませる場所としては、悪くなさそうだ。ただ一個心配なのは。
「母親が居て、近付けなくなるって可能性はないか? 収容所内で歩行を妨害された時みたいに」
「大丈夫だよ。……母親は………………小屋には、居ないからね。さあ、早く向かおう!」
言い淀んだ事を、あえて聞き出す程、フレアは野暮じゃない。分かったと一言告げると、すぐに丘を降りた。
ルーラに導かれて、夜の荒野を走る。少しすると、深い森が見えてきた。ルーラの指し示す方向は、その奥だ。生い茂る木を縫うように進み続けると、家と呼よぶのが正解なのか、少々悩んでしまいそうな、小さな小屋を発見した。
ルーラが言った通り、扉は無残に破壊されていたが、小屋の中は、ほとんど損傷がない。目に付いた、枯れ草を集めて作ったと思われる寝床に少女を降ろした。
苦しそうに呻く少女の様子をみたルーラが、傍によって額に手を当てる。
「うーん、凄い熱だ。慌ててたから、怪我しか見てなかったけど、病気だったのかな?」
その言葉を聞いた途端、フレアの体は怒りに震えた。抑えきれない激情が、腹の底から沸々と湧き上がり、今にも飛び出したい衝動にかられる。
「チッ! 病気で苦しむ娘に、さらに追い打ちをかけて、あんな襤褸切れみたいにしたってのか!」
フレアは、物語の結末だけを知り、魔族の事を知った気になっていた、自分に強い憤りを覚えた。
……いつか和解するから、手にかけず放置するだと? 俺は愚かだ。終わりが良いからって、今、目の前で苦しむ人々を見捨てて良い理由になるわけがない! そんな俺を見たらリアンはどう思う……。
この世界にきて、すぐに攻め入ったところで、この少女が苦痛を知らずに済んだのかと言えんば、それは違うだろう。それが分かっていても、目の前で苦しむ少女が、自らの愚かさの象徴に見えてしかたない。
「フレア君、この娘の事は、心配らないよ。ボクは、ただの賑やかし担当ってわけじゃないんだからね! 『キュア!!』」
ルーラが両手を少女の胸に当て、キュアと唱えると、少女の全身から、黒い瘴気が湧き出して、高く上っていく。1分ほどで瘴気はとまり、少女の顔に朱が戻った。寝息も安定して、随分と楽そうだ。
その様子を見たフレアの肩が、ストンと落ちた。ルーラの隣にしゃがんで、目線の高さを合わせてから、話しかける。
「そうか、病気も治せたんだな。……ありがとう」
「なんでフレア君が礼を言うんだい?」
本当に理由がわかないといった風に、ルーラは首を傾げて質問する。
「言いたかったからさ……」
翌日、フレアは、小屋の壁に背を預けて、ルーラが空中から取り出したリンゴをかじっていた。ルーラは隣で、同じくリンゴをかじりながら、膝に置いたセディーラの書に目を通している。
「そういう事か……。魔王がね、一向に口を開かないヒロインに『貴様はなぜ言葉を話さんのだ』って言うんだ。その後ヒロインが『私は、生まれた時から母と二人、森の奥で暮らしていましたから、男性と話した事がありません。何を言ってよいかわからなかったのです』って、答えるんだよ。だからだね。フレア君がセディーラの書に止められたのは」
その話を聞いたフレアは眉をひそめた。フレア目線で考えれば、あまりにくだらない理由であったから。
「その、たった一つのセリフを守るために、俺は、セディーラの書に妨害されたってのか?」
「そういうものなんだよ。たった一つのセリフでも変化させちゃいけないんだ。でもね、ストーリーに影響しない事柄なら幾らでも動かせるんだから。……そう、そこの少女を助けたみたいにね」
その時、話す二人の横で少女が目を覚まそうとしていた。
☆☆☆☆☆☆
捕虜収容所の所長である、ダガズサは、建物のどこに居ても聞こえそうな大声で、部下を怒鳴りつけていた。
「キサマ、キサマ、キサマァァァー!! 捕虜の子供が逃げ出したとは、どういう事だ!!」
怒鳴りつけられる牢番の責任者であるスィーアは、真っ青な顔でガタガタ震えながら、必死に言い訳を考えた。ここで、返答を誤れば、生きてこの部屋を出る事ができないのは、考えるまでもない。
ダガズサは、並みの魔族とは一線を画する。身長は2.5メートルもあり、一般的な魔族より二回りも大きい。そして、手足は丸太のように太く、その太い腕が4本も存在している。
この腕のどれか一本でも、振り上げられようものなら、スィーアなど、瞬く間に壁の染みになってしまう。ダガズサは、魔王よりも強いのではないかと噂されるような存在なのだ。
「ダ、ダガズサ様、恐らく裏切り者です。鉄格子が無理やり広げられて、そこから子供が連れ出されたのです。そんな事をできるのは、魔族以外に考えられません……」
スィーアは、微かな可能性に懸けた。怒りの矛先を、どこかに存在するであろう裏切り者に向ける事ができれば、生存の可能性が生まれる。
「そうか、裏切り者か……。キサマに一つ任務を与える」
「ハッ! どんな事でもお命じ下さい。必ずや成し遂げます」
この時、スィーアは、心の中でほくそ笑んでいた。『生き残った! 生き残ったぞ!! ビビらせやがって! 裏切り者が見つかったら、八つ裂きにしてやる!!』
「キサマには、裏切り者の連行を命じる。地獄の一番深い所まで必ず連れて行け。……じゃあ、先に行って待っていろ」
スィーアは、何を言われているか全く理解が出来なかった。その言葉の意味を必死に考える。
――――連行? 地獄? 一番深い所? 先に行く? 地獄へ……先に……。それは……それは……それは!!!!
「お、お考えなおしくださ」『グシャッ!!!!』
言い切る事も出来ずに、 スィーアは物言わぬ肉片と化した。ダガズサの後ろに控えていた部下が、指示されるまでも無く、遺体を担ぎ部屋から運び出した。
遺体の搬出が終わった時、部屋に残っていたのは、ダガズサとスィーアが連れてきた部下の二人だけ。
ダガズサは、スィーアの部下が震える手で差し出したハンカチで、手に付いた血を拭いながら、不機嫌さを隠さずに話し始める。
「キサマが今日から牢番の責任者だ。今日の予定は分かっているか? これ以上俺をイラつかせるなよ」
「ハッ! 本日正午より、反抗した捕虜2名の公開処刑をとりおこないます」
それを聞いたダガズサは満足そうにうなずくと、軽く手を振って退室を促した。
フレアとルーラが忍び込む前日、助けた少女の両親が、病気の治療を施してくれと、ダガズサに縋り付いて懇願した。願いは受け入れられず、無造作に振り払われた時、伸び放題になっていた爪が、ダガズサの薄皮一枚を傷つけてしまった。
ダガズサの怒りに触れてしまった両親は、本日、衆人環視のもと、処刑される事になっている。
時間は流れ、同日11:55。収容施設の裏手にある広場に、収容所の職員の大半と、囚われた捕虜たちが集められていた。
人ごみの真ん中、ぽっかりと空いた空間に、二本の巨大な杭が打ち込まれており、男女がそれぞれの杭に縛られている。
魔族たちは、縛られた男女に好奇の視線を送りながら、嫌らしい笑みを浮かべて、処刑の時を今か今かと待っている。対して捕虜たちの顔は一様に恐怖で引きつっていた。これから繰り広げられる光景は、明日我が身に起こりうる事。とても他人事とは思えないのだ。
そして、時は訪れた。処刑を担当する魔族が二人、縛られた男女に向かって歩み始める。それを視認した、男女はガタガタと震えながらも、張り裂けんばかりに声を上げて、子供の助命を嘆願する。
両親には、子供が収容所を抜け出したことは知らされておらず、まだ暗い牢の中で血まみれで、転がされていると思っているのだ。
処刑執行人たちは、両親の言葉に一切耳を貸す事無く、二人の前で立ち止まると、少し離れた所に座るダガズサの右手に視線をそそいだ。
ダガズサの右手は高く上げられている。この手が下りた瞬間、両親の物語が幕を下ろすことになる。
その手が振り下ろされようとした時、あまりに場違いな声が、処刑場に響き渡った。
「ひいいぃぃぃぃ~~~~~!!!!」
その場にいた全員が、声のした方向を振り向いた。そして大きく目を見開く。空から人間が降って来たのだ。それは、剣を腰に差した少年と、その背中に背負われた栗毛の小柄な少女。
あまりの出来事に、全員言葉を失い、辺りが静まり返る。そんな静寂を破って背中の少女が声を上げた。
「だから言ってよ!! いきなり加速するの禁止!! もう、寿命が縮みすぎて、そのうち無くなっちゃいそうだよ」
「ははっ、わるいな。急いでたから省略した」
「走りながら話せるじゃないか! まったくもう、まったくもうっ!!」
魔族最強と自負するダガズサは、自分を前にして、恐れる処か、笑いながら話す人間に激しい怒りを覚える。人間は魔族にひれ伏す為に生まれた存在。あの行動は決して看過できない。だから、怒りのままに声を張り上げる。
「キサマら!! 俺をバカにしているのか!! この、人間風情がぁぁぁぁぁ!!!!」
呆然としていた魔族たちが、ダガズサ声で一斉に我に返り、フレアとルーラを取り囲むべく動き始めた。
「いいか! テメエら! 殺すんじゃねえぞ。生きて捕まえろ。そいつらは、簡単には死なせねえ」
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