20話 カミングアウト

 震える声で私は言う。


「今日は、マルスと行きたいところがあるんだ。今日は帰り遅くなっても大丈夫?」


「ああ、まあたまには大丈夫さ。」




 私が目指したところは、とある安宿だった。


「え、泊りは流石に……。」


「泊りじゃないよ、鈍いなあマルスは。」


「え……。」




 そう、ここで今日、私は、「女」にしてもらう。


 一枚一枚服を脱ぐたび、手が震える。ちゃんと女の子らしくできるかな。アバターはちゃんと女の子なのに、どこか不安に感じてしまうのは、やっぱり現実世界では男だからなんだろうか。


 悩むんじゃない。私は、完璧な美少女になるんだ。




「ちょっと待った。」


「何?」


「やっぱりこういうのは無理してやるものじゃない。俺は大歓迎だけど、ユイちゃんが無理してるようにしか見えない。」


「え?大丈夫だよ私は。」


「いーや、怖がってる。ユイちゃんをずっと見てきた俺にはわかる。」


「だ、大丈夫だもん!多分……。」


「そもそもこういうことはユイちゃんが成人してからって言ったじゃないか。何を急に焦ってるんだ?」


こっちの世界では働きだしたら成人という扱いだけど、ユイちゃんの世界では20歳にならないと成人にはなれないはずだ。成人するまで、『大人の時間』は待つのが一流の男だって騎士団長も言ってた。


「あ、焦ってなんか……。」


「誰かに何か言われたか?」


「それは……。」


「無理しないでいいんだ。俺は分かってる、ユイちゃんの悩み。」


「え?」








「ユイちゃん、無理して完璧な『女の子』にならなくていいんだぞ?」






「え……。」






「ユイちゃん、無理して完璧な『女の子』にならなくていいんだぞ?」


「え……。」


この表情は、図星のようだ。




 付き合い始めてから、ユイちゃんは本当に可愛い。一つ一つの仕草が本当に女の子っぽくて、狂おしいほど愛しくなる。ああ、女の子なんだなぁって、感じる。


 でも、本当にそうだろうか。であった頃のユイちゃんは、もうちょっと粗雑だった気がする。あまり女の子っぽくなかったような気がする。


 だんだんと女の子っぽくなって行くのを見て、あ、この子もやっぱ女の子なんだなって思って惹かれてた。でもそれ、俺の気を引くために無理をしていただけなんじゃないか?




 思い出すのは、あの忌まわしきヘビーグラウンドドラゴンが襲来してきた日の、ユイちゃんの魂の叫び。




『いいからとっとと行けぇぇぇぇぇ!』




 あれは今思えばユイちゃんの素だったんだ。




「ごめんな、気づくのが遅れて。付き合い始める少し前ぐらいから、明らかに可愛くなっていったユイちゃんを見て、俺にも素を見せてくれたんだと思ってた。でも、逆だよね。であった頃の雰囲気。あっちが素だよね?俺はどっちのユイちゃんも好きだけど、ユイちゃんが楽なのが一番いいんだ。」




 それに気づいたのは、ユイちゃんの抱えている悩みについて考えている時だった。


 ユイちゃんは今、身近なことで悩んでいるはずなんだ。そして、俺に関係ある事。そう考えながら、今までの振る舞いを見ていくと、もしかしてユイちゃんは無理をしてるんじゃないかって、気づいたんだ。






「えっと、それは、私が勝手に、マルスに可愛いって思われたくて……。」


「うん。実際、滅茶苦茶可愛い。」


「マルス……。」


「だから、急に素に戻せとか言うつもりはないんだ。今のとにかく可愛いユイちゃんもいとおしいほど大好きだ。でも、無理して『自分は女の子だ』っていうアピールをしなくても、大丈夫なんだよ。」


 そう言いながら、俺はそっとユイちゃんに服をかぶせた。








 ユイちゃんは、静かに話し始めた。




 向こうの世界からこっちの世界に来る時、性別が変えることができるらしいんだ。


 ユイちゃんは、向こうの世界では、男だったらしい。




 流石にそこまでは予測できなかった。驚いた。




「でも、ユイちゃんはユイちゃんだよ。」




 なまじ自分が向こうの世界では男だっていう意識があるから、俺の前では『女の子らしい振る舞い』にこだわっていたのかもしれない。




「私、完璧な美少女にならないとって思って。マルスの期待を裏切れないと思って。」




「何を言ってるのさ。おばあちゃんになったって、ユイちゃんのことが好きさ。いや、おじいちゃん、になる、のか?どうなったって、ユイちゃんのことが好きさ。」




「マルス……。」




「ユイちゃん……。」




 しばらく、そっと、お互いの温もりを感じていた。ユイちゃんの鼓動が、徐々に穏やかになっていくのを感じていた。






「でも、恥ずかしくってまだなかなか素は出せそうにないかなぁ。」


「恥ずかしがることなんてないさ。まあでも、ユイちゃんが一番過ごしやすいようにしてくれるのが一番だよ。」


「ありがとう、マルス。あのさ、一つお願いがあるの。」


「なんだい?」


「私、マルスって呼んでるじゃん?マルスもユイって呼んでよ。」


「そ、そうだな。やっぱりちゃん付けは嫌か?」


「ううん?単に、マルスともっと近づきたいだけ。」


「そっか。ユ、ユイ。こ、これからもよろしくな。」


「こちらこそ!」










 半年後。


「マルス、お疲れ様―。」


「ユイこそお疲れ様!」


「今日もいこうよ、あのクエスト。」


「だな!今日こそ赤猪仕留めようぜ!」


「ああ、次は倒す。」




 あの日から、素を見せると言っていたユイ。あの日から、最初は少し元気がなくなったかなって心配してたんだけど、単に素だったみたい。


 そういえばであった頃はちょっとけだるそうだったかも。




「よう、マルスさん、ユイ。」


「ケイタ!」


「ケイタ君久しぶり。あなた方も赤猪?」


「ああ、レアの方の橙猪をメインで狙ってるけどな。」


「それはすごいな。俺達じゃ逃げ出すのが精いっぱいだったぞ。」


驚く俺にユウさん、愛奈さんが答えてくれる。


「まあ、愛奈がいるからやね。」


「橙猪の攻撃でも愛奈なら受けきれるですの!」


 愛奈さんは本当に凄い盾役だ。いつかあんな風になりたいものだ。


「俺もあんな風に受けられたらなぁ。」


 それに対してかみついてくるのはリズさん。


「こら、マルスさん。そんなんでユイちゃん死なせたら承知しないからね!?」


「ああ、分かってるさ。」


 ユイがフォローを入れる。


「リズさんったら、本当に死んだらまずいのは復活できないマルスの方なんだってば。」


「いやでも、ユイだって死なすわけにはいかないさ。復活できるとしても、『デスペナ』とやらが相当大変なんだろ?」


「まあそれはそうだけど……。」




 ケイタ君が、今思い出したかのように付け加える。


「そうだ、こっちの人の会に興味があるって子から連絡もらったから、明日連れてくるよ。」


「ああ、ありがとうな。」


 こっちの人の集まり、プレイヤーさんの人の言葉で言うとNPCの会ではいろいろとイベントを行っている。夏祭りの失敗のときみたいに一般開放はしていないけど、ケイタさんから見て大丈夫と判断されたプレイヤーさんを特別に招待しているのだ。


「これで6人目だね、マルス。」


「ああ。俺達に協力的なプレイヤーさんが増えるのは本当に助かるからな。」




 まだプレイヤーさんと仲良くなることをあきらめてはいなかった。できる範囲で、少しづつ、この社会を変えていこうと思っている。


 この世界を、俺とユイだけで守ることはできない。プレイヤーさんとのいざこざも解消できない。でも、ユイの故郷の人と仲良くはしたい。だから、やれることを少しづつやっていこう。


 隣にユイがいる幸せをかみしめながら。


 ああ、プレイヤーだというのに、ユイが来てくれたから、俺の毎日は色づいているんだ。俺たちみたいのが、もっと増えるといいな。」






「マルス、声に出てる……。」


「っはは、マルスさん、ポエマーだぁ!!」


「腹よじれそうですのー!」


「ちょっと、私のマルスを笑わないでよ!」




 き、聞かれていた……。


 恥ずかしいな。








 いや、恥ずかしくなんかないか。ユイを愛しているのは、事実なんだから。

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