17話 神様の正体、俺達の正体
「晴人は、本当に一生このゲームがサービス終了しないとでも思っているのか?」
この言葉が、私の頭の中をループしていた。
考えてみれば、AWCOはたかがVRMMOの一タイトルに過ぎない。10年続けばいい方だろう。慈善事業じゃないんだから、金にならなくなったら、サービス終了するに決まっている。
嫌だ。
マルスと離れたくない。
というか10年たったらどうなるの?死ぬの?マルスは。嫌だ。そんなの嫌だ。
あれ待って、そもそもこのゲームリリースから1年経ってないけど、マルスの生きてきた26年は存在するの?マルスの生きてきた人生、守りたいもの、それは本物なの?
いや、私がマルスの信じたものを信じられずにどうする!
マルスの信じたものを守る、そのためにはどうする?このゲームを存続させる、そのためには?運営企業を買収する?個人が?無理だ。
いや、NPCとプレイヤーの間を超えて愛し合うなんてことができたんだ、それにくらべれば……。無理なんて言っちゃだめだ。
でも流石に買収よりは運営会社に就職する方が現実的か?
まあ、それは先の問題だよな。今考えなきゃいけないのは、マルスに現実を話すかどうかだ。
マルスが人間じゃないかもしれない、っていうだけなら言い方を工夫すれば上手く伝えられるかもしれない。でも、マルスが、そしてマルスが愛した町が、あの世界が、10年持てばいい方だなんて、言えるわけがない。
そう考えると、NPCがらみの話は、やっぱりしたくない。
でも、マルスなら……。一緒に悩んでくれるかな……。
※※※※※
レントは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のプレイヤーを除かなければならぬと決意した。レントにはNPCとプレイヤーがわからぬ。レントは、街の住人で、あるプレイヤーが「NPCは人間じゃない」と言い放った時、もろに居合わせてしまったNPCである。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども仲間の尊厳に対しては、人一倍に敏感であった。
レントは町内会で何を言われたかを吹聴した。しかし、「差別」といった概念を知らない街の住人達は、何を言われたかがわからぬ。「人間でない」と言われた、ということを理解できてしまったレントが特殊なのだ。
とはいえ、レントも正確に意味が分かったわけではない。なまじ豚や牛の話を例に出されたせいで、家畜扱いされていると思ってしまった感がある。
それでも徐々に話は広まり、ついにマルスの耳に入ることになった。
「すまん、お前にだけは黙っていようと思ってたんだけど……。」
「気を使わせてしまったか、すまん。だが、本当に、この街の仲間を、『人間じゃない』と、そう言ったんだな。」
「ああ、確かにそういった。叫んでいた。俺たちのことなど眼中にもないような話し方だったよ。まるで、関わっても意味がないとでも言いたげな。」
「そうか。お前の話だけをうのみにするわけにもいかないが、それが本当ならこの町の騎士としても見過ごせはしないよ。この町として、正式に謝罪を要求するべき案件だと思う。」
「謝罪、か。」
「さすがに危害を加えるのはダメだぞ。実際にこちらが攻撃されたわけでもないのに攻撃しては、こっちもあいつらと同罪だよ。」
「そっか、そう思うか……。だがな、あいつらは言葉が通じる相手じゃねえ。何度か抗議したんだが、そもそも俺らにいくら反発されようがなんとも思っちゃいねえ。文字通り俺らのことを人間だと思っちゃいねえのさ。空気か何かのように思ってる。」
「そこまで、か……。」
「それと俺が困ったのはな、ケイタ君が奴に言い返してくれてたんだよ。ただな、どうも奴に丸め込まれちまったみたいなんだよ。所詮はあいつも来訪者ってことか。」
「いや、それは単に口喧嘩に負けたってだけじゃないか?本気で俺達のことを考えてくれているよ、彼は。」
「そうか、そうだよな……。」
「じゃあ、ユイちゃんも俺らの味方だと思うか?」
「ああ、間違いなく。」
「そうか、じゃあ頼みがあるんだ。ユイちゃんに協力を頼みたいんだ。」
※※※※※
俺はマルス。この街の騎士。この街を守るのが仕事だ。この街の住民の願いを聞き受けるのも仕事だ。だけど、愛するユイちゃんにこんな頼みごとをしていいのだろうか。ユイちゃんだって来訪者なのに……。
「マルス、プレイヤーが迷惑をかけて本当にごめん。折角プレイヤーと仲良くなろうって企画だったのに、逆効果だったね……。」
「ああ……。」
「マルス、元気ないよ?どうした?」
「ユイちゃんこそ、大丈夫か?すごく困ってるように見えるけど。」
「ああ、顔に出てた?ちょっとね、話があって……。」
「そうか。俺も話があるんだ。」
「なあに?先に聞こうか?」
「ああ、すまんな。えっと、レントの奴がな、暴言を吐いたプレイヤーに復讐したいって言いだしたんだ。いくらなんでも俺らを非人間扱いは許せないって。俺もそう思う。俺らは人間だ。そこは譲れない。まあ危害を加えるのはあれだけど、せめてこの街の人間の前で謝ってもらいたいんだ。連れてきてもらえる?」
そこまで言った時、気づいた。ユイちゃんの辛そうな顔に。
「ああ、やっぱ無理か。」
「いや、それ自体は別にいいよ。といっても、あくまでケイタの知り合いだから、ケイタに断られたら無理だけど、ケイタに話は通しておくよ。でも……。」
「でも?」
「そういうことなら、私の話そうと思ってたことは言えない。とてもじゃないけど、言えないよ。」
「え、どういうこと?」
「実は、私は、というかプレイヤーは、マルス達に隠してることがあるの。でも、それを話したら、私もマルスに嫌われる……。」
「嫌いになんてならないよ、大丈夫だ!」
「でも……。」
「大丈夫。来訪者と付き合うって決めた時から、こんな日が来ることは覚悟してたよ。何を言われても受け入れる。話して。」
「分かった。」
「何から言おうかな……。そうだ、まず一つ目。マルス達は、この世界の創設神の、ジーエム様に毎日祈りをささげてるよね。」
「ああ。食事のときとか、ちゃんとお祈りはしているぞ。」
「私達来訪者は、そのジーエム様と同じ世界から来たの。」
「それは、驚いたな。ユイは神様だったのか。」
「いやいや、私はただの人間だよ。私たちの世界には、マルス達と同じような人間たちが暮らしてるの。ジーエム様だって、実際にはマルス達とそう変わりはしないよ。」
「そ、そうなのか。」
「うん。でも、そのジーエム様が、この世界を作ったっていうのは、本当なの。まあ、ジーエム様一人の力じゃないけどね。何千人もの人が協力して作られたの。」
「一人の力じゃなかったのか……。」
「うん。でね、その人たちが操った運命によってマルス達は生まれてきたの。だから、マルス達を自分達より下に見るプレイヤーも多いんだけど……。」
ユイちゃんは上目遣いで俺を見ていた。不安そうに。
俺が怒り出さないか不安なんだろう。
もちろん怒りはある。その話が本当ならば、その何千人もの人間たちは、同じ人間にもかかわらず、俺らの運命をもてあそんでいる、ってことになるのだろう?
「なるほど。正直に話してくれてありがとうな。その人たちに対しては怒ってるけど、ユイちゃんに対して怒ることは絶対にないから、そこは安心して。」
「マルス……。」
「だって、ユイちゃんは俺達を人間だって言ってくれただろ?見下してもいないでしょ?それが伝わってくるんだよ。」
「うん、私はマルス達を人間だと思ってるし、みんなもそう思ってるものだと思ってた。だからこんな事件を生んじゃったの、ごめんね。」
俺は、騎士として、罪人の対応などにも慣れている。ユイちゃんが、嘘はついてないにしても、かなりごまかしながら話をしていることには気づいていた。
本当はもっと残酷な事実があるのかもしれない。ユイちゃんにとっても俺達は人間足りえないのかもしれない。
でも、これがユイちゃんの教えてくれた『真実』なら、俺はそれを信じたい。
そう考えて、一度はユイちゃんの話を受け入れられたと思った。
でも、本当に衝撃的なのはここからだった。
「それからね、マルス。その人間達がこの世界を作って、維持しているのは、私達みたいな来訪者が来ると儲かるからなの。でも、人気はいつまでも続かない。人気がなくなれば、彼らはこの世界を壊す。もしかしたら、10年後や20年後には、この世界は消えてなくなっているかもしれないの。」
は?
「ちょっと待て、その人間達はいつでもこの世界を壊せるということか?」
「うん。」
「でも、本当にそんなことするのか?俺らは実際に住んでるんだぞ?」
「実は、この世界に大地があって、太陽があって、ちゃんと形を保って、人が生きていけるようになってるのは、なにも自然にそうなったわけじゃないの。こっちの人達がお金を払って保ってるの。騎士団だって、住民からの税金がなかったらやっていけないでしょ?彼らも、お金が無くなったらやっていけないの。ない袖は振れないの。」
奴らに、この世界を壊されるかもしれない。流石に神達への怒りが止まらない。
いや、神じゃないのか。奴らも同じ人間なのか。同じ人間のくせに、俺ら全員の生殺与奪の権利を握っている。
「許せない……。」
「うん、本当に許せないと思うよ……。」
「なあ、なんとかこの世界を守る方法はないのか?」
「この世界に来訪者を呼び続ける。ずっとずっと。向こうからこの世界にやってくるときにとられる税金みたいなものが主なこの世界の収入源だから、それがないとこの世界は壊されちゃうの。」
「来訪者を呼び続けるのか……。」
「やっぱり嫌?」
「うーん、正直嫌だけど、それしか道はないのか?」
「ないこともないけど、それが一番現実的だと思う。後は、私が向こうで億万長者になってそのこの世界を作った人たちからこの世界を『買い上げる』ぐらいしかおもいつかない。」
「この世界を、買う、かぁ。」
「あ、ご、ごめん。なんか傲慢な言い方になっちゃって……。」
「いやでも実際、俺らはそのくらい弱い立場なんだろう?仕方ないさ。」
ユイちゃんの故郷の人を憎み、ユイちゃんに対しても正直一瞬イラついてしまった、そんな自分がたまらなく嫌だった。
彼らには彼らの事情がある。それだけのはずなのに。
「じゃあ、謝罪させるのはなしだな。」
「え?」
「強引に謝罪させて関係を悪くするときっと来訪者を呼べなくなる。」
「いや、私は謝罪させるべきだと思う。今後も長くプレイヤーを呼び続けるなら、ここで一度お互いが対等だってはっきりさせとかないとだめだと思う。それで一時的に人が減っても、将来的にはそっちの方がいいはずなの。」
「そうか。じゃあユイがいいっていうならぜひ協力してほしいな。」
「分かった。しっかり謝らせておくよ。」
この後、たわいもない雑談をして、笑いあうことができた。
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