5話 ユイちゃんの努力 (今回からユイちゃん視点)

 俺は、ユイという名前で今日もVRMMOをプレイする。どうやら、最新技術で異世界と接続しているとかなんとかで、NPCも現実に感情を持っているのだそうだ。そうは言っても、俺は最初は半信半疑だった。でも、マルスと出会って、NPCが本当に感情を持っているんだなってことが分かった。

 彼は騎士であることに誇りを持ってて、騎士として誰もかも救おうとするところがあるけれど、上手くいかなくて落ち込んだり卑屈になることもあった。でも、誰よりも深く町のみんなのことを思い、誰よりも優しかった。

 俺は、そんな彼の力になってあげたいと思った。

 不器用なマルスが騎士としての残業を押し付けられれば、日本の学校で培った計算能力を生かしたりして手伝った。マルスの妹が病気になった時は、一緒に薬草を探しに行った。

 ケイタには「所詮ゲームの中なのに」と言われたけど、俺はマルスの力になれることならなんでもしたいと思った。そして、俺はマルスのことが好きなんだって気がついた。


 俺はもともと男のはずだ。ユイを演じてて、心まで女の子になってしまったのか?それとも友人として好きなのか?それとも、俺はホモなのか?

 俺は悩んだ。そして、たどり着いた答えは、「どうでもいい」だった。

そんなことより、マルスが好きだ。


 幸い、マルスはNPCだ。マルスはゲームの中から出てくることは無い。マルスの前では、俺はずっと女の子でいられる。マルスにとっての「嫁」になりたい。そう思った。


 俺は今まで以上に女の子らしい言葉遣いを心がけるようになった。とはいっても女言葉を使えばいいってもんじゃない。自然な女の子っぽい雰囲気を目指した。

 女の子っぽい仕草も練習した。やや蟹股だった歩き方も直した。上目使いとか、自分のアバターをよりかわいく見せる表現も研究した。


 そして、マルスのために何ができるかも考えた。

 マルスは食べる事が好きだ。一緒にレストランに行ったりすると、いつも幸せそうに食べている。マルスの「嫁」としてずっとマルスの隣にいるためには、マルスに最高のご飯を食べさせられるようにならなくちゃ。そう思った。


 そこで俺はジャンに料理を教えてもらうことにした。ジャンは優しいから快く引き受けてくれたが、指導は全然生易しいものじゃなかった。いわゆる家庭科が苦手なタイプだった俺は全然料理ができなかったし、そのせいかジャンの指導も苛烈を極めた。自分の体ほどもあるような肉を切る訓練とかもあった。戦闘スキルならともかく、料理スキルってこんなに血反吐を吐いて身に着けるものだったっけ?と思ったりもしたが、まあゲームの中なのでなんでもありなんだろう。


 現実の料理はちっとも上達しなかったが、ゲームの中では次第においしい料理が作れるようになっていった。今や俺の料理スキルの熟練度は672。ジャンの2500には遠く及ばないが、素人にしてはかなり上手いぐらいの立ち位置ではあるらしい。


 そして、俺はジャンにマルスの好きな料理を聞いた。

「そうだなぁ。あいつはなんでも喜んで食うが、結構お菓子類に目がないんだよな。そうだ、最近マルスは残業づめで疲れてんだろう。疲労回復にいいイエローハチミツのパイなんてどうだ?イエローハチミツを出すイエロービーは高位の冒険者じゃないとそうそう倒せないが、弱点は氷魔法だし、ユイちゃんならいけるだろう。」

 そして、俺はイエロービーを狩ってきて、ジャンにパイのレシピを教わった。


 俺は、この日もマルスの残業を手伝った。そして、頼まれていた書類仕事を二人がかりで終えた。

「ユイちゃん、いつもありがとうな。」

「いいのいいの。マルスの力になれるなら。」

「あとは倉庫の掃除か。ごめん、倉庫には騎士以外の人は入れちゃいけないことになってるから。」

「うん。じゃあ、外でまってるね。無理しないでね。」

「ありがと、ユイちゃん。」

 グぅ。

 突然、マルスのおなかが鳴った。

「あれ、おかしいなぁ。ちゃんと夕ご飯はしっかり食べたんだけど。」

「だってマルスずっと頑張ってるもん。そりゃおなかだってすくよ。無理しないでね。はい、これ差し入れ。」

「ありがとう……。これは?パイ?」

「うん、イエローハチミツのパイ。私が作ったんだよ?」

「ユイちゃんの手作り?うわぁ、ありがたいなぁ……。いただきます。

ああ、うめぇ……。優しい甘さが染み渡るわぁ……。」

「喜んでくれたなら、よかった。それでさ、掃除が終わったら、話があるんだけど、いいかな……。」

「ああ。いいよ。じゃあ、できるだけ早く終わらせてくるから。」

「ありがと。でも、焦らないで、落ち着いてやってね。」

「ああ!」

 マルスは勢い込んで倉庫に入っていった。

 ドンガラガッシャーン。ものが崩れる音がした。慌てて何かを動かそうとしたんだろう。

「ああ、言わんこっちゃない……。」


 掃除を終えて倉庫から出てきたマルスは、俺の話を聞いてくれることになった。

「あ、あのね。マルス。マルスのだれにでも優しいところ、素敵だと思う。でもね、みんなに優しくしてるところを見ると、ちょっともやもやするっていうか、嫉妬しちゃうこともあるんだ。」

「えっ?それって……。」

「もっと、もっと私を見てほしい。私ももっとマルスの事を知りたい。もっとマルスと一緒にいたい。 マルス、あの、その、す、好きです!

 私なんかがマルスに見合う自信はやっぱりないけど、でも、付き合ってください!好きです!」

 俺の告白はもう何言ってるかもめちゃくちゃだったと思う。顔も真っ赤になってたと思う。

 でも、そんな俺の耳に入ってきたのは。

「えっと、こんな俺でよければ、こちらこそよろしくお願いします。」

 マルスの、OKの返事だった。


 俺は、私は、やっとマルスの彼女になれたんだ。これからもっとマルスを幸せにしていきたいんだ。なのに、なぜ。

 目の前には容赦のない数の魔獣が押し寄せてくる。

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