3話 ユイちゃんの唇。
俺達はある薬術師のために一角獣の角を20本集めるというクエストを受けることになった。一角獣は脅威度ランクCの魔獣で、Cランク冒険者のユイとCランク相当の実力のある俺にはちょうどいい相手だ。
目の前から一角獣が襲ってくる。俺は盾で一角獣の攻撃をしのぎ、時折剣で攻撃していく。
ただ、剣での攻撃は一角獣にはやや効きづらい。
「ツララランス!」
ユイちゃんが氷魔法LV4スキルのツララランスを放つ。ユイちゃん曰くマナ効率とやらがいいらしく、ユイちゃんがよく多用するスキルだ。
一角獣は氷属性に弱いので、よく効いているようだ。俺は一角獣の攻撃を防いでさえいれば、ユイちゃんが一角獣を倒してくれる。しばらくして、一角獣が倒れた。
「よっし、倒れた!さすがユイちゃん!」
「マルスこそ盾役ありがとね!あ、ダメージ受けちゃってるじゃん。ヒール」
「あ、ありがとな。ああ、回復魔法が体に染みわたる……」
「ふふ、マルスは大げさなんだよ。ただの回復魔法LV2のヒール、気休め程度だよ」
「そうは言うけど、回復魔法使えるのってすごい貴重なんだぜ。……ちょっと待て。ありゃなんだ?」
そう言って俺は森の奥を指さす。遠くの方に、ものすごい数の魔獣がいるように見える。しかも、こっちに向かってきている。
「え……うそでしょぉ……。イベント『町の惨劇』ってもしかしてこれなんじゃ……。」
「町の惨劇?」
「あ、ごめん、こっちの話。それよりやばいよあの魔獣たち。あいつらを引き連れているのはおそらくレイドボスのヘビーグラウンドドラゴン。間違っても私たちの叶う相手じゃない」
「ヘビーグラウンドドラゴンだって!?そんなの伝説上の生き物じゃないか!
でも、だとするとこっちに向かってくる理由は分かる。『魔力水の滝』が目当てか……!」
そうこうしている間に魔獣たちはこちらにどんどん近づいてくる。
「ねえ、マルス、逃げよう?ここに最寄の町へ転移できる『転移石』が2つあるから、これで一緒に逃げよう?」
「うん、……。いや、だめだ。俺は残る」
「なんで?マルスに適う相手じゃ」
「勝てなくたっていい。でも、だれかが足止めしないと。ユイちゃんは転移して町のみんなに逃げるように伝えてくれ。俺が5分時間を稼ぐ。それだけあればなんとか走れないご老人たちも逃がせるかもしれない」
「そっかぁ。マルスは、街のみんなを逃がしたいんだね」
「うん。分かってくれたか」
「じゃあ、私が残る」
「ユイちゃん!?」
「マルスは転移して町のみんなを逃がして。私が足止めする」
そんな、それはだめだ。ユイちゃんを死なせるわけにはいかない。
「だめだ、ここは俺が」
「だってマルス死んじゃうよ?マルスここで死ぬ気じゃん!だめだよそんなの。
大丈夫、来訪者は不死身だから。ちゃんとまた会えるから」
来訪者プレイヤーは死んでも生き返る。たしかにそんな話は聞いたことが有る。しかし、正直眉唾物の話だと思ってる。それに、本当だとしても、「デスペナルティー」なる制限を負って暮らすことになると聞いたことになる。どういうものかは分からないけど、ユイを不幸な目に合わせるわけにはいかない……。
「で、でも、俺は……」
「いいからとっとと行けぇぇぇぇぇ!」
その時、俺は、初めて、感情をむき出しにしたユイちゃんを見た気がした。
「町のみんなを守るんだろ、騎士様として!騎士でこの町の住人のマルスにしかその役は務まらない!ここは私に任せて、行けぇぇぇぇぇ!」
「は、はい!て、転移!」
俺の体を光がつつみ始めた。俺は町に転移するのだろう。
「マルス、ちゃんと、生きてね」
そう言って、ユイちゃんは小さく笑みを浮かべた。
「町の人を逃がしたい気持ちも分かるけど、ちゃんとマルスも逃げるんだよ。約束だよっ!」
そう言うと、ユイちゃんは、お、俺の頬に唇を合わせてきた。
「ふぁっ?」
次の瞬間には、ユイちゃんは、なにやら石を取り出し、召喚魔術のようなものを使おうとしていたようだった。すでに命を懸けて戦う人の目になっていた……。
ユイちゃんの唇、柔らかかったなぁ……。 って、そんな事言ってる場合じゃない!
俺はユイちゃんの気迫におされて、転移してしまった。ユイちゃんを一人で置いてきてしまった。あの子が一人で生き延びられるわけない。来訪者プレイヤーは死んでも生き返るなんてただのうわさかもしれない。もしこれでユイちゃんは死んじゃうかもしれない。俺はユイちゃんをみごろしにしてしまったのかもしれない。俺は……。
「どうしたんだい、マルス。突然転移してくるなんて。それに、ひどい顔をしてるじゃねえか」
「ジャン?あ、そうだ、大変なんだ!魔獣の群れがこの町を襲ってくる!群れを率いているのはヘビーグラウンドドラゴン!標的は魔力水の滝だ!」
「な、なんだって!?へ、ヘビーグラウンドドラゴン?見間違いじゃないか?」
「本当なんだって!急いでみんなを逃がさなきゃ!ユイが足止めしてくれているうちに!」
「わ、分かった。手分けして町のみんなを逃がすぞ!」
ジャンと手分けして俺は街のみんなを避難させるために奔走した。俺の慌てた様子から事態の深刻さは伝わったらしく、ジャンが大声スキルを使って情報を広めてくれたこともあり、避難は迅速に進んだ。10分後、俺は歩けないお爺さんを抱えて街を抜け出した。これで全員避難開始したことになる。
魔獣の進行速度からして、ユイちゃんが足止めしてくれていなかったら、とっくにこの町は壊滅していた。ユイちゃんのおかげで、街のみんなは救われたんだ。
でも、俺は、ユイちゃんに生きてほしかった。たとえ、街のみんな全てを犠牲にしても。
そうだ、何で俺は町のみんなを助けるなんて考えちまったんだ。最初ユイちゃんは「一緒に逃げよう」って言ってたじゃないか。そうしていれば、あの子は助かったんだ。
ユイちゃんが囮になることを選んだのは町の人を逃がすためじゃない、俺を逃がすためだ。あん時、一緒に逃げていればよかったんだ。そうすればユイちゃんは無事だったんだ……。
隣町である王都に辿りつき、事情を説明すると、王都軍が討伐に差し向けられた。王都軍はその場に駆け付けた冒険者達とともに、ヘビーグラウンドドラゴンを討伐したらしい。そこで、大きな戦果を挙げたのは、来訪者の冒険者だったらしい。
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