夕焼けに溶ける狐っ娘、夜空に瞬く北極星

かぎろ

第1話 巫女服姿の狐耳少女(宇宙人)

 プレミアムフライデーという都市伝説がある。確かみんなでフライドチキンを食べようというキャンペーンみたいなやつだった気がする。仕事が終わってふらつきながら俺はケンタの店舗に入ろうとしていた。自動ドアに顔をぶつける。よく見たら店内は真っ暗だ。閉店している。そりゃそうか、もう終電の時間だもんな。はは。ははは。


 つらい。


 システムエンジニアの仕事は想像以上に疲れるもので、今日も俺は夜遅くに退勤していた。最近、キツいプロジェクトが始まって後輩がひとりトンズラこいたのも忙しさに影響している。まあ後輩の行動は正しい。こんな会社で搾取されるよりはちょっと金がなくても自由を選んだ方がいい。


「転職してえ……」


 でも俺が何になれるだろう。子供の頃の夢をまた追うのもいいかもな。どんなだったかな、あの頃の夢は。

 思い出そうとしていたら、靴の裏に違和感。

 ガムを踏んだらしい。


「はあ…………………………」


 俺は終電に乗り、自宅のマンションへと向かった。


 そしてその夜。

 宇宙人がやってきた。



  ☆☆☆☆



 マンションの302号室が俺の自宅だ。誰もいない部屋に向かってただいまを言う気にもなれず、俺は黙って家に入る。

 もちろん俺は独身だ。もちろんとか付けると卑屈な感じがするが紛れもなく独身で、友達もろくにいない。たまーにある休日を睡眠で潰すたびに、なんか俺いつか孤独死しそうだな……とか思って、笑えてくる。笑えない。


 さてと、と扉を後ろ手に閉めつつ、玄関の照明をつける。

 そこで気づいた。

 向こうが明るい。


 リビングの電気がついている。


 え……うーんと……。

 泥棒じゃね……?


「むっ! やっと帰ってきおったか!」


 ソプラノの声がして、人影がリビングの方から姿を現す。

 彼女は、なんか巫女服? みたいなのを着た狐みたいな耳? と尻尾? のついた幼女? だった。


「フッフッフ……驚いているようじゃな。それも当然! わらわは宇宙から来た侵略者なのじゃからな! んー? あまりの驚愕に声も出ぬか? そうじゃろそうじゃろ。わらわはケダマリン星からやってきた喪怖喪怖もふもふの神。地球を恐怖でほろぼす者じゃ! さあおぬしよ、どうする? おとなしく侵略されるか、それとも……」


 狐耳幼女は、山吹色の耳をぴこり! とさせて宣った。


「わらわと対決し、地球をその手で守るかの?」


 俺は幼女を外に追い出して、鍵を閉めてからチェーンをかけて、ぶっ倒れるようにして寝た。地球がどうなったかはわからないが俺の自宅は守られたのであった。完



  ☆☆☆☆



 朝、目が覚めると、なんだかとても幸せな気分になっていた。

 なんというかこう、夜の間ずっと、もふもふした抱き枕を抱いていたかのような……。


 と、そこで腕に重みを感じていることに気づく。

 寝た体勢のまま横を見た。

 隣には狐耳幼女がすやすやと寝ていて、俺のパジャマを小さな口ではむはむと咥えていた。


 戦慄。


「…………む……お目覚めかの……?」


 眠たげな目をこすりこすり、幼女は細い体を起こす。

 俺はとりあえず洗面所へ行って顔を洗ってからベッドのところへ戻った。

 やはり幼女はいて、幻覚ではない。


「……誰なんだよきみは。どこから入った」

「昨日も言ったじゃろう。わらわはケダマリン星からやってきた侵略者なのじゃ!」

「日本ならではみたいな格好で宇宙SFは無理があるだろ。アンバランスすぎる」

「信じられぬようじゃな……少し貸りるのじゃ」

「え、おい」


 幼女は俺のスマホを手に取ると、「確かこのように……」と呟きながら操作している。なんでパスコード知ってるんだ!? しかも電話をかけ始めている。


「ちょっ、どこにかけてるんだ」

「おぬしの会社じゃ」

「えぇ!?」


 取り返そうとするが、相手は小さな女の子だ、掴みかかるのはためらわれる。その隙に幼女は電話口に向かって言った。


「『すみませぬ、今日はゴホゴホ、風邪が悪化してしまったようでゴホ、お休みさせていただいても……ウッ、オエ~~~』」


 俺は頬を引きつらせながら、幼女の迫真の演技を見ている。

 電話が切られ、幼女は俺に向き直り、にこっと笑った。


「このようにわらわは宇宙人ぱわーで声を変えられる。信じたかの?」

「もう少し別の信じさせ方があるんじゃないか!?」

「なんにせよ、これでおぬしは一日暇になったわけじゃ」

「いろいろなものを代償にしてな! だいたいきみは何なんだ! 侵略者とか言ってるけど、なにがしたい!」

「なにがしたいか、じゃと?」


 幼女は両腕を組み、フッフッフと声をこぼす。


「わらわはここを、地球侵略の拠点とすることに決めたのじゃ!」


 …………。

 …………………………。

 …………………………………………………………よし!


 乗ってやろうじゃないか。今日は会社を休めるし、どうにでもなれだ。


「ほほう? 地球侵略の拠点にねえ。だがどうする? この部屋の主は俺だ。俺を殺すか?」

「うにゃ。洗脳じゃ」

「洗脳……だとッ?」

「その方が効率がいいのじゃ。地球をケダマリン星の植民地にするのじゃ! そのためにまずはおぬしを手懐けてみせよう」

「さァて、そううまくいくかな?」

「なに、容易いことじゃ。おぬしは陥落する。すぐにでもの」


 言い終わると、幼女は床に正座した。

 膝をぽんぽんと叩く。


「わらわの膝枕で甘々な気分にしてやろう……ッ!」


 俺は幼女の膝に頭を乗せた。安らぐ……。


「さらにそのまま、わらわのもふもふしっぽを触らせてやろう……ッ!」


 大きく太いしっぽをもふっと身体に乗せられた。もふもふ……。


「そしてとどめに、子守唄をうたってやろう……ッ!」


 宇宙人という割には日本の伝統的な子守唄をうたってくれた。ねむい……。


「フフ……どうだ? 骨抜きになったじゃろう?」

「ああ……すごく……いい……」

「フフフ……もうおぬしはわらわなしでは生きられぬ体となった。これこそがケダマリン星の洗脳術。反撃する気も起きまい……!」

「……フフ、どうかな?」

「なに?」


 俺はもふもふしっぽを強く抱きしめる。


「うにゃっ!? お、おぬし、なにをするッ!?」

「足りないなあ、まだ足りない。俺を骨抜きにしたいなら、もっともふらせろ!」

「ぅひゃうっ!? や、やめろぉ……不敬であるぞ……おにゅしぃ……」


 弱々しい声を出すのが面白かったので、本気を出し、しっぽをもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふした。


 幼女は涎を垂らしながらぐったりと倒れた。


「す、すまん! やりすぎた!」

「うぅ……手ごわい奴……もしやおぬし、地球人の中でも〝らすぼす〟並の人間かの……?」

「モブ並だよ。……はあ。なんかもう本当に会社休むか。で、結局きみはなんなの? 名前は?」


 ちょっと涙目になりながら体を起こす幼女。その場にふわりと宇宙人パワーか何かで浮遊したかと思うと、俺を高みから見下ろした。


「改めて名乗ろう。わらわは喪怖喪怖の神」

「わざわざ俺を見下ろしたいがために浮かんだの?」

「わらわは喪怖喪怖の神。地球に恐怖をもたらし、なんかいろいろ喪ぼす者。気軽にモフモフさんとでも呼ぶがよい」

「気軽に呼んでいいのか……」


 洗脳するとか言いつつただ甘やかすだけだったり、気軽にさん付けで呼んでいいとか言ったり、いちいち茶番くさくて気が抜ける。巫女っぽい服といい、こいつ本当に宇宙人なのか……?


「アユムよ」

「なんで俺の名前知ってんの」

「おぬし、わらわという悪の宇宙人を前にしてもなにも思わんのか?」


 悪って自分で言ってるし。「なんだこいつくらいには思ってるけど」


「違う。もっとこう……義憤を覚えたりはせぬのか?」

「義憤?」

「こんな悪者は自分が懲らしめてやらねばとか、自分こそが正義の味方となり地球を守るのだとか、思わんのか」

「思わんけど」


 どういう意図の問いなのかわからないまま適当に答える。

 するとモフモフさんはTHE愕然みたいな顔をした。


「な……なんということじゃ……忘れてしまったのか、こやつは……」

「忘れたって、なにをだよ……」

「……よし。わかった。ならばこうじゃ」


 巫女服の袖をはためかせ、モフモフさんがなにやら格好つけたポーズをとる。

 そして言い放った。


「おぬしをこれから宇宙へ連れて行ってやろう!」

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