猫の名前はセリヌンティウス

神崎乖離

第1話 1枚の紙を折って

「主よ、嗚呼、主よ」

「なんだ猫」

 にゃあにゃあと鳴く猫が僕を呼ぶ。今はスマホゲーでキャラを強化する作業中。同じことの繰り返しと、ドロップしないアイテムに飽きを越えて苦痛を感じていた。

「ここに一枚の紙があるにゃ。この紙は半分に折れば直線、すなわち180°になる……にゃ」

「はぁ?」

 猫の方を見ると、器用な手つきで紙を二つに折り始める。スーパーのチラシを二つ折りにする猫なんて動画投稿サイトに出せば再生数がマッハで回転するだろうが、残念なことに猫のセリヌンティウスは僕にしか見えない。

「さてここで、折ってできた辺と辺を重ねるように折ると……このとおり90°ができる……にゃ」

 4つ折りになった紙の角は確かに90°になっている。

「さらにこの紙の折ってできた辺二つを重ねるように折れば……45°になり、一度戻し、折れ線に向かって辺を重ねるように折れば67.5°になる。要は180°を2で割っていく考え、にゃ」

「猫が紙飛行機でも折ってくれるのかと思ったが、割り算の話しなら小学生相手にやってくれ」

 僕はスマホ画面に視線を戻した。

「紙を2回折って90°になる。これを3等分しておれば30°ここまでは簡単でしょう。では……39°を求めるにはどうすればいいでしょう? ……にゃ」

 タップする指が無意識に止まる。

「39°? また微妙な数字を……」

 30°までの計算がら10°を追加し1°を引く。必要最小からの引き算。

 30°から3°を3回追加する。加算計算。

 13°の3倍。倍計算。

 180°から119°を引く、90から51°を最大値からの引き算。

「うーん」

 実用性がむずかしい。奇数を作り出す、1を作り出すのが簡単のようで事細かいために、答えが出ない。

 セリヌンティウスが持ってきたチラシを取り上げ、実際に折ってみる。

「うーん? 13°……素数だしなぁ……」

 25°をなんとか作って1°足して半分。その1°をどうやってつくるんだよって話になる。

「……45°の二分の一の22.5°をなんとかするのか?」

 割って11.25°、さらに割って5.625°、さらに割って2.8125……。

 だめだ、小数点以下がどんどん伸びていく。これは違う気がする。

「39°の半分は……19.5°……」

 頭の中が煮詰まった僕はスマホの電卓機能を起動させて計算を繰り替えす……違う……なにかが違う。答えはもっとシンプルはなず。

 そう、本来なら電卓を必要としないほどシンプルな答えのはずだ。

 相手は猫だぞ!

 人間が文明の利器を使って本気出してどうするんだ。

 冷静に、冷静に考えるんだ……。

 足し算引き算、2等分3等分、……確実な5等分や7等分ができればもっと簡単にできたはず……。

 30°から3等分を繰り返して3°を求めるか?

「く……くそったれ……」

 人間に、不可能など無い。人間の作った角度というルールで、猫に負けるなんて……ありえない。

 素因数分解。39は3と13の素数を掛けてでできている。180°は2、2、5、3、3の素数を掛け合わせてできる。

 180は偶数でも5の倍数が入っているので。綺麗に5等分できなければ

そもそも半分に折る割り算で対応できるはずがない。

「39°か……は、はは……降参だ。僕の負けだ……負けでいい……」

 歯ぎしりするほど悔しさが残る口を開き、猫に答えを求める。

「答えを教えてくれ、セリヌンティウス……。僕はこの紙にどうやって39°を求めればいいんだっ!」

「降参ですか、まさか答えにたどり着けなかったとは……ご主人も考えの甘いお方ですにゃぁ」

「……く……ぐぐ」

 胸が焼ける思いだ。悔しさがこみ上げるのは猫に残念だ、なんて顔をされるからだ。人間は愚かだなんて顔をされるのがどれほど悔しいか、この顔を見なければ伝わらないだろう。

「答えは至って簡単ですにゃ」

「ほう、して答えは?」

「分度器を用意すればいいんですにゃ」

「んっざっけんなよってめぇええええええええ!」

 くしゃくしゃに丸めたスーパーのチラシは猫をすり抜けて床から壁に跳ね返った。

「にゃはははは」

 馬鹿にした笑い声を残し、セリヌンティウスはスッと薄くなって消えた。

「……ちくしょう」

 落胆してその場に座り込む。この脱力感、猫に生気を吸われた気分だ。

 悔しさのあまり頭のなかではまだ39°を求めている。

 時計を見ると時間は6時を指していて、無駄に一日を使ってしまった。

「くやしい……だれか……だれか仇を取ってくれぇえええええ!」

 そして、僕は人類最強の英知の結集、インターネット知恵袋に質問投稿した。

「よし、忘れよう!」

 ベッドに体を投げ出し、煮詰まった頭を冷やすことにした。それでもしばらく、頭の中は煮えたままだった。


――END――

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