89話

「っにゃにを………!!」

 口を開き悪態をつこうとしたグレイだったが。

 そんな言葉すらも聞き流し、エルフの青年はスカイのすぐそばへと近寄った。

 近くに来たのがいつも主人と一緒にいる彼だと分かったのか、幻獣は1度だけ鳴き声をあげた。




 鳴き声だけで何を理解したのかは分からない。だがエルフの青年はコクリと無言でうなずくと―――

 所謂いわゆる『お姫様抱っこ』、というのをやってのけたのである。さも今やるのが当然だとでもいうかのように。




 体の感覚で、数秒の間が開いたように思う。

 そしてその直後に手伝いを言われた青年とグレイのあげた驚きの声は、

「「な――――」」

「「「「「っきゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」」

 歓声やら黄色い悲鳴やらをあげた女性たちの中に消えていった。

 ある者は隣の者と手を取り合いある者はこちらに近づこうと詰めかけて邪魔をされ。そしてまたある者は、今起こっていることに興奮してピョンピョンと跳び跳ねた。


 ところどころで、

 ―――「アイツ………」

 ―――「ちくしょう持ってかれた!!」

 ―――「あっという間だったな」

 などと男性陣の会話も少しだけ聞こえてくる。耳を凝らさなければならないほど女性陣の声がうるさくて、所々途切れ途切れではあったが。



 あまりの騒音にエルフの青年やグレイはもちろんのこと、手伝いしようとした青年でさえも顔をしかめた。白翼猫ブランリュンクスたる彼女に至っては、不安そうに辺りをちらちら見渡している。

 いつグレイやエルフの青年がキレても、おかしくない状況であった。









 しかしそれを沈めたのは。

「なんじゃい騒がしい。客か誰かここに来おったのかな?」

 ―――グレイの後ろにいつの間にかいたこの傭兵組織の代表。ドミニク・リーデンブルグその人だった。

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