87話


 守衛をしていた青年は、すっと自然に体勢を低くした一匹の幻獣にただ圧倒されていた。言わずもがな、グレイが手伝いをするよう声をかけたあの青年である。


 少しも動くことを許されず、さらには呼吸でさえ止めてしまうほどの圧力。なのに、離そうとしても目を離すことのできないほどの神秘さと輝き。

 その名のごとく、幻の獣。故に『幻獣』たる所以。その貫禄は流石・・・と言わざるをえない。

 


 幻獣はまず至近距離で見ることはなかなかない。ましてや目と鼻のすぐ先で見ることすら、幾つもの奇跡が重なった大きな奇跡でもない限りあり得ないものだ。

 さらに言うとここにいる幻獣は、現在存在する幻獣のなかでも滅多に見ることのできない幻獣・山翼猫リュンクス。そのなかの稀少中の希少種・白翼猫ブランリュンクスだ。一生分の運を持ってしてでも奇跡すらおきるはずもない、滅多にお目にかかることのできない相手である。

 だからこそ、青年がその存在に圧倒されるのは当然としかいいようがないのであった。それが圧倒なのかまた別の感情なのかは、本人だけが知るのみだが。





 ―――しかし。

 それよりも青年が驚いていたのは、幻獣の持つ存在の強さではない。その白翼猫の背に乗っている女性から放たれる炎よりも熱い太陽のような『ナニカ』だ。その何かは雰囲気こそ普通だが見えない熱を持って青年へと届いている。

 白翼猫から見て軽く3メトル近くの距離があるというのにも関わらず、汗がひどくて止まらない。異様な熱が異常な範囲を広げてこの場の温度を上げているからだ。




 だというのに青年に手伝いを頼んだ当のグレイはどうだろうか。

 かなり女性の近くにいるというのに全然平気そうな様子だ。こちらは暑すぎて近づけないというのに。女性を背に乗せている白翼猫も今のところなにもないように見える。気付いていないのだろうか?

 いや、それは絶対にない。あそこまで近くにいるというのに暑くないなんてことは絶対にあり得ないはずだ。

 では、こちらが幻を感じているというのだろうか? この暑さは実際には太陽のせいで、決してその女性が原因ではないということなのか?



 そんなこと、あるはずがない。

 これは幻でもなんでもない。今自分が感じているこれこそが実際にあるもので現実のものなのだ。

 そうでなければ―――






(こんなの……辻褄が合わなさすぎる………………っ!!)

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