ワールドアウト・ロストマン
くつぎ
零、黒い髪の二人
一、小さな村が消えた日
その始まりは、随分と昔にさかのぼります。
それはある世界、ある国の、ある小さな村で起きた、悲しい事件。
***
ある夫婦の間に、黒い髪の赤ん坊が生まれました。
夫婦はたいへん喜び、赤ん坊に『栄光』を意味する名前を付けました。
そして村の風習に倣い、赤ん坊の人生を占ってもらうため、占い師を訪ねました。
『黒い髪は呪いの証だよ』
占い師のおばあさんは、赤ん坊の姿を見るや、占うでもなく言いました。
夫婦は顔を見合わせ、不安そうに占い師のおばあさんに尋ねました。
『では、どうすればこの子にかかった呪いは解けますか』
夫婦の問いかけに、占い師のおばあさんは小さく首を振りました。
『いいや、解けはしないさ。その赤ん坊が、呪いそのものなのだから』
占い師のおばあさんの言葉に、夫婦は小さく首を振りました。
信じられないという思いと、認められないという思いで、首を振りました。
『それでは、どうすればよいのですか』
その問いかけに、占い師のおばあさんは言いました。
『どうすることもできはしない。その子は生かしておいてはいけない』
『では、殺せとおっしゃるのですか』
『その呪われた子を生かしておいては、この村に災いが訪れることになる』
明言を避けながら、それでも占い師のおばあさんは繰り返します。
呪われた子、生かしておいてはいけない、呪いを解くすべはない、と。
『いいかい。明日、日が昇るまでに、その赤ん坊を何とかしておくれ』
占い師のおばあさんの家を出た夫婦は、赤ん坊を抱えて村を出ていきました。
そして、夫婦はその日のうちに村へ戻り、占い師のおばあさんに言いました。
『赤ん坊は、村の外の洞窟に捨てて参りました』
それを聞いた占い師のおばあさんは、ほっとしたように笑い、頷きました。
『そうかい、そうかい。ならばもう安心だね。村に災いが訪れることはあるまい』
占い師のおばあさんに挨拶をしてから、夫婦は自分たちの家に戻りました。
それから、夜のうちに少しずつ、少しずつ、荷物を森へと運び出していきました。
『村が許してくれないのなら、村の外で育てればいい』
『けれど、すぐに村を離れてしまっては、ばあ様に悟られてしまうわ』
『しばらくは村の外の洞窟で育てよう。ある程度の貯えができたら、一家で引っ越そう』
夫婦はそう話し合い、村の外の洞窟で赤ん坊を育てました。
『なあ、君らはいったい、いつも村の外へ出かけて何をしているんだい?』
ある時、村人が夫婦に尋ねました。
夫婦は曖昧に笑って見せて、こう答えました。
『先日、生まれた子供をばあ様に見てもらったら、呪われた子だと言われてね』
『なんだって! それで、その子はどうしたんだい?』
『村の外の森へ……それで、最近はその供養に出掛けていて』
『そうかい……それは、気の毒だったねぇ』
村人にそう言われながら、夫婦はそろって困ったように笑いました。
***
夫婦は交替で赤ん坊の様子を見に行き、短い時間の中で懸命に赤ん坊を育てました。
その甲斐あってか、赤ん坊はたくましく成長し、やがて元気な女の子になりました。
『いいかい? 何があっても洞窟の外に出てはいけないよ』
夫婦は口を揃えて、女の子にそう言い聞かせました。
『父さんも母さんもそう言う。どうして?』
『洞窟の外は、危険がいっぱいだからね。お前の命を狙う生き物もいるんだ』
『ひええ』
『そんなに心配しなくても、洞窟の中までは入って来ないから大丈夫さ』
女の子は、洞窟の中という特殊な環境の中で、それでも健やかに育ちました。
そのうちに十年の月日が経ち、女の子は十歳になりました。
『そろそろ貯えもできてきたし、そろそろだな』
『ええ、そうね』
その夜のうちに、夫婦はこっそりと荷物をまとめました。
しかしその様子を、ある村人に見られてしまいました。
『どうしたんだい、荷物をまとめて』
『ええっと』
夫婦は答えに窮し、顔を見合わせました。
そして、夫が口を開きました。
『少し、首都の方まで、旅行に行ってみようかと思ってね』
『へえ! そいつはいいな。土産を待っているよ』
『あ、ああ。もちろん』
曖昧に笑う夫婦に、村人は不信感を抱きました。
そしてその夜のうちに、占い師のおばあさんに相談に行きました。
『あの夫婦、旅行へ行くなんて言って荷物をまとめていたんだが、態度が怪しくてな』
『……もしかしたら』
占い師のおばあさんは、十年前の出来事に思い当たり、その村人に指示をしました。
『村の近くに、黒い髪の子供がいやしないか、探してはくれないかね』
『どうしてだい?』
『もし、十年前にあの夫婦が捨てた子供が生きていたとしたら、大変なことだ』
占い師のおばあさんは、わざとらしく身震いしてみせて、言いました。
『村に災いが来てしまう。もし黒い髪の子供を見つけたら、すぐに殺すんだよ』
その指示は、一晩のうちに村中に広がりました。
当然のように、夫婦の元にもその指示はもたらされました。
『ばあ様に悟られてしまったのかもしれない』
夫婦は急いで身支度を済ませ、森の方へ向かいました。
洞窟で眠っていた女の子を起こすと、大急ぎで着替えをさせ、頭巾をかぶせました。
『どうしてそんなに慌てているの』
『いいかい? 騒ぎが落ち着いたら、みんなで首都へ向かうよ』
『首都?』
『それまで、……騒ぎが収まるまで、お前はここで待っているんだ』
『私たちが戻ってくるまで、決して外へ出てはいけない。いいわね?』
『……わかった』
夫婦は顔を見合わせ、頷き合いました。
『すぐに戻るからね』
女の子の頭を撫でて、夫婦は洞窟の外へ向かいました。
洞窟を出ると、村の人々が森の中を探し回っていました。
そして、ある村人が夫婦に気付き、指を差しました。
『いたぞ! あの夫婦だ!』
『裏切り者の夫婦がいたぞ!』
どんなふうに話が伝わったのか、夫婦はあっという間に村人に取り押さえられました。
『裏切り者だなんて、どういう意味だい?』
『しらばっくれても無駄だ!』
『お前ら夫婦が黒い髪の子供をこっそり育てていたのは分かっているんだ!』
『子供がいたぞ! 見ろ、黒い髪だ!』
いつの間にか洞窟に押し入っていた村人が、女の子を引きずり出しました。
『裏切り者の夫婦を粛清せよ! 災いをもたらす子供を粛清せよ!』
村人たちに取り押さえられながら、夫婦は思いました。
“ああ、この村は狂っている”
『粛清せよ!』
掛け声とともに振り下ろされた剣が、女の子の目の前で、夫婦の首を落としました。
女の子は目を見開き、声にならない悲鳴を上げました。
“洞窟の外は、危険がいっぱいだからね。お前の命を狙う生き物もいるんだ”
父親の言葉を思い出し、女の子は奥歯を噛み締めました。
そして、自分を捕まえていた村人から剣を奪い、勢いに任せて斬りつけました。
『このガキ! 何しやがる!』
村人の手から逃れた女の子は、両親の体と頭を一瞥し、村人たちを睨みました。
『何をやっているんだい! 早くその呪われた子を、災いをもたらす子供を殺すんだよ!』
占い師のおばあさんが、少し離れたところから叫びました。
女の子は剣を構えると、大きく息を吸い、精一杯の声で叫びました。
『誰が呪われた子だ! 私の名前は『エルド』だ! 父さんと母さんがくれた名前だ!』
その大声に、村人たちが一瞬、怯みました。
その隙をついて、女の子は駆け出し、剣を振りかぶりました。
***
その日、その小さな村は跡形もなく壊滅しました。
後日その村を訪れた軍人は、あまりの惨状に言葉を失いました。
軍人は村を隅々まで調べることもせず、魔物にでも襲われたのだろうと判断しました。
この事件の真相は、黒い髪の子供の行方とともに、誰にも知られることはありませんでした。
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