第7話:庭園とカフェテリア
翌日はすっかり晴れていた。雨上がりの空は澄みわたり、水たまりが陽光を反射し目映く光っている。
リドリーの胸の中で、アリステアがもぞもぞ動いていた。リドリーは上体を起こしてアリステアをゆする。「むーん……」と変な寝言をうめいて瞼を開いた。
アリステアの寝ぐせをとかして洗面台に連れ込む。歯磨きと洗顔を手伝って、リドリーがようやく自分の世話をする。
「ありがとー……。リドリーは家政夫さんも似合うね」
「こんな世話する仕事とかイヤだよ……」
「そう? じゃあ、保父さんはどうかな」
「世話する対象が子供に変わっただけだな。嫌だ、子供は苦手なんだ」
「リドリーにも苦手なものってあったんだ」
「そりゃな。お前にだってあるだろ」
「うん。たくさん」
あっそ、とリドリーはそっけなく答えた。
庭園寄宿舎の名物其の四。生活棟5階にひっそりたたずむカフェテリア。窓から寄宿舎を一望できる人気スポットである。
寄宿舎にカフェや食堂といった食事処は棟にいくつか設置されている。中には誰にも気づかれないような場所に秘密の店として経営しているものもある。
生活棟5階のカフェテリアは、寄宿舎で一番有名な食事処である。リドリーも何度か利用したことがある。ただ人のざわめきは少ない方が好きなので、誰も知らないような秘密のカフェを利用することが多かった。
「おぉー」
アリステアはとっとっとっ、とカフェテリアの窓駆け寄った。窓ガラスに手をつけて、寄宿舎の全てを見下ろしている。
「先に食うモンとるぞ」
「あー、待ってー」
リドリーがアリステアの襟首を軽く掴んで引っ張る。
カフェテリアはまだ空いている。昼食時になると混雑するが、まだ朝なのが幸いしたんだろう。
「これ、とっていいの?」
「そう。トレイに皿乗せて、それで好きなの取りな。料金は払っておいてやる」
「いいの?」
「寄宿舎から番人用の駄賃はもらってる」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」
アリステアは興味深そうに、並べられた料理を眺めていた。そこからずっと動かない。
仕方がないからリドリーはアリステアを置いて自分の分を取ることにした。置いて行かれる、と気づいたアリステアは聡く、リドリーと同じものを選んだ。
(ヒヨコかっての)
パンやヨーグルトやフルーツ、スクランブルエッグに薄切りのベーコン、ケチャップを少しだけ皿にひねり出し、ポーションタイプのバターとジャムをつまむ。アリステアもおたおたとリドリーに倣う。
飲み物も同じコーヒーを選んだが、アリステアはポーションミルクだけを拾い上げた。
「席はどこがいい?」
「ん? えーっとね、窓際がいいな!」
「はいよ」
リドリーはこっち、とアリステアを促す。
窓際にちょうどいい席があった。そこからは寄宿舎の噴水広場の眺めが良い。
席に着いたアリステアは、もくもくと食べながら外の景色をよく眺めていた。おかげで食べるスピードが非常に遅い。
アリステアがパンを食べ終える頃には、リドリーはすでに食後のコーヒーにありついていた。
「わあ、早い」
「違う、おまえが遅いんだ」
「ごめんね。外に夢中になっちゃって」
「いいよ。ゆっくり食べな。急いで食べて喉詰まったら大変だしさ」
「ありがと」
リドリーはコーヒーのおかわりをしに席を離れる。数分ですぐに戻ったが、思わずリドリーは足を止めた。
アリステアは、ぼんやりと、寄宿舎のずっとむこうを眺めている、ようにリドリーには見えた。
肩の力が抜けきり、緑眼には生気とも呼べるものが何も宿らず、魂が抜けきったように体がだらついている。
無防備きわまりないアリステアには、近寄りがたい雰囲気がまとわりついていた。
何より、あの諦めきった微笑が、むしょうにリドリーの胸を締め付ける。
「あ、リドリー?」
すっとリドリーに気づいたアリステアには、もう生気が戻っていた。
「あ、あぁ」
「どうしたの? 混んでた?」
「いや、そうでもなかった。ごめん、少しあんたに見惚れていた」
「ほんと? えっへへ、ちょっと照れちゃうなあ」
はにかむアリステアは、リドリーの知るアリステアの表情だった。
「ここって、良い眺めだね」
「そうだな。……気に入ったか」
「うん! ごはんが美味しいし、きれいだし、静かだし」
「それはよかった。でも昼時は混むぞ」
「本当? じゃあ、今日はラッキーだ」
「だな」
「あっ、飲み物、取ってきていい? お水」
「いいけど、水で良いのか? ドリンクはお代わり自由だから、好きなの飲んでいいぞ」
「うーん……じゃあ、お水とオレンジ」
「はいはい……」
リドリーはそっと、晴れ渡る寄宿舎を見下ろしてみた。昨日までどんよりしていた寄宿舎が、うってかわって日光に輝いている。このカフェテリアで外を眺めたこともあったが、今日はその時よりもずっと景色が美しかった。
さらさらと、木々が揺らいでいる。生徒たちの歓談する姿が微笑ましい。噴水の水が、鮮明に目に映る。
(こんなに、きれいだったんだ)
リドリーがはっと我に返るころ、アリステアもちょうど戻ってきた。
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