燃やせど、泣けど
八重土竜
寂しい一軒家
新聞や近所のスーパーマーケットのチラシに混ざりこんでいたのは平凡すぎて逆に見ないような封筒だった。あて名にはしっかりと白倉真澄(シラクラマスミ)と自分の名前が書かれている。
切手には中々見ないような鳥の切手が貼られていた。
その鳥の首を切るように消印が押してある。奇妙なことに日付は5年前だ。そして、その日にちに真澄は肩を揺らすほど動揺する。
誰もいることのない寂しい一軒家であるのに、あたりをきょろきょろと見まわす。彼女の周りにはバックパック途中の荷物が無造作に転がっていた。
手の中にはまだ手紙がぎゅっと握られている。
何が書かれた手紙なのかと言う思考とともに真澄の感覚は遠くへ引きずり込まれていった。ラジオの音がゆっくりと沈む。
手紙を持つ手と顔が縮小していく。自分に何が起こっているのかはよくわかっている。床にくっついていた膝や曲げたままの肘が大きく主張していく。床がぐらりと揺れたかと思えば、浮遊感が襲い、床の存在は消え失せていった。目の前に転がっていたウィンドブレーカーが熊の毛皮ほどの大きさに変わる。この感覚は時期に消えるのは分かっていた。思考も長く引き伸ばされていく。
傍らでぼそっと音を立てて、口を大きく開けたままだったリュックサックが倒れた。その小さな音が真澄を現実へ引き戻す。
顔を上げて机の上に置いてある時計を見る。五分も経っていない。そのことにひどく安心した。針のない時計がようやく一分間だけ進んだ。
手紙はまた何事もなかったかのようにチラシの中に紛れ込む。ラジオのパーソナリティーが馬鹿みたいに笑っていた。
ウィンドブレーカーはすっかり元の大きさに戻っている。そもそも、現状の彼は大きさすら変えていないはずだった。小さく丸めるようにたたむとリュックサックの一番下に詰めてやった。
淡々と荷造りを続けていくが、思考はわずかにあの手紙によって行く。
五年前と言うのがひどく引っかかる。真澄にとって人生のターニングポイントだったからだろう。
ラジオのパーソナリティの声を聴いてある事件を思い出した。
数か月前のことになるが、郵便局の職員が郵便物を配達せずに数年間貯めこんでいたというニュースをこのラジオのパーソナリティが憤慨しながら言っていたのを思い出す。
その数年分の物が今になってようやく我が家に届いたのだ。ずいぶん遅いメッセンジャーである。違和感もあったが、それで納得せざるを得ない。
手紙の問題はそれで片付いたことにする。それで、片付いていないのは荷物の方だった。
真澄の指先に折りたたまれたパンフレットが触れる。その一つのことだけで彼女の思考は楽しいフィールドワークへと切り替わってしまった。
長野の山に野鳥の観測へ行くのだ。そのついでに流星群の観測もしにいく。半年前から計画して、仕事の休みも十分にとった。抜かりはなく、後は天候の心配程度である。
しかし、手紙のせいで思っていたよりも作業に時間を食った。
あたりを見回す。荷造りのために床に放りだした荷物はもうすっかり詰め込まれて部屋の中はいつもの落ち着きを取り戻していた。
寂しい一軒家だ。使ってない部屋だってある。
子供はなく、夫には五年前に先立たれた。
「はぁ、広い家だこと」
自分の収入で自分一人を養えばいい。気楽な毎日だった。
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