欲が為に、意味を持つ―4―

 その日の夕方、並んで座った電車内。恋人•橘都とのデート帰りだった小鳥遊來夢の元に、こんなメッセージが届いた。


<今日何時くらいに帰ってくる?もし早めにできるんだったら、お土産渡したいから彼女も部屋に寄ってもらえない?>


「……」


 普通なら、何と有難い提案か!と感激してもおかしくないところだが、何故か來夢の眼は濁っている。今更送信者は確認するまでもない。そして、そのお土産が何なのかも……


「どうしたの?スマホ見て固まっちゃって」

「天華が……」


 と言って、來夢は都にメッセージ画面を差し出した。もちろん、お互いに読まれて困るような内容でもないと判断しての行動だ。


「お土産?わぁ、何かな?って、天華ちゃんだもん、スイーツだよね!嬉しいなあ。天華ちゃんのチョイスって外れがないし。もちろん私は大歓迎だよ?」

「……」

「ラムちゃん……?」

「あ、いえ……ごめんなさい。何だか嫌な予感がして」


 ガタゴトと揺られながら、來夢が微妙な顔をし続けているのには、それなりの理由がある。


 まず本来、來夢は都と二人きりでいる時は、極力スマホを触らないタイプの人間だ。腕時計を見る回数も普段よりずっと少ない。だからついさっき、メッセージ受信の通知でスマホが振動した時も、すぐに確認しようとは思わなかった。

 だが、その振動が連続して起こるとなると少し話が変わってくる。ぶるるっ。ぶるるっ。ぶるるっ。……どうやらメッセージが連投されたらしい。さすがに若干の煩わしさを感じ、仕方なしにロック画面を解いたのが運の尽きだった。まあ、遅かれ早かれの問題ではあったが。


「嫌な予感って?」

「最後まで読んでみてください」


 そう促され、再度画面を覗き込んだ都の目に、どことなく切羽詰まった感じのする短文が入って来る。


<何だったら寮の友達も誘ってきてくれていいのだけど>

<いえ、もう誰でもいいから連れて来て>

<できるだけたくさん>


「……なるほど」


 お察しである。

 スンッと目を閉じた都は即座に思い出していた。來夢命名、“天華お一人スイーツパーティー事件”を。

 暖かでのどかなある日、二人静かな勉強会中、差し入れを持ってくると言う來夢を楽しみに待っていたら、何故か彼女が泣きながら帰ってきて驚愕したあの日の事だ。

 曰く、あの天華が自分で買ってきたスイーツを残すなんて信じられない、もう地球はおしまいだ、もっと貴女と一緒に生きていたかった、などと……。大混乱の真っ只中、何が何だかよくわからないままに、とにかく必死になだめすかしたのをよく覚えている。


 とまあ、今でこそ笑い話だが、あの時は本当に一大事だったのだ。そんな可愛らしい思い出に浸りながら、ちらと横を見ると、愛おしい友人は何やら落胆した表情で胸元をさすっている。都は、「もう胸焼けの気分にでもなっちゃったのかな」と思い、声を出さず笑った。


「……わかっていただけましたか?ミヤさん」

「うん……そういえば、咲夜ちゃんのお店に行ってたんだもんね。出来るだけたくさんって、今度はどのくらい買って来ちゃったのかな?あはは……」

「はあ、どうしてまた……同じミスをするような子じゃないのに。今はとにかく、それらがなるべく日持ちするものである事を願うだけです……」





 結論から言えば。

 するものとしないもの、半々であった。


「これでも一応あらかた配り終えたんだけど」


 と、天華が目を落とす先のテーブルに広がる、いつぞやの悪夢。

 ケーキの箱、クッキーの缶、シュークリームの袋、エクレアの───もう止めておこう。それより今は部屋中に充満している甘い香りを一刻も早く換気したい。


「天華……!」

「待って來夢。大丈夫、言いたい事はわかる。でも聞いて。違うの。買ったんじゃないの。……頂き物なの」

「は?頂き物って……これ、全部ですか……!?」


 色んな思いでワナワナとなる來夢の後ろから、ひょこっと顔を出して、都。


「やっほー、天華ちゃん!久しぶり。お邪魔させてもらうね」

「都さん!お久しぶりです。突然お呼びしてしまってすみません。そこから好きなのを選んでください、好きなだけ」

「あ、ありがとう。……それにしても、ほんとにどうしたのこれ。頂き物だって言ってたけど……」


 わんさかと積まれたスイーツを、しげしげ眺める都。天華はその質問を皮切りに、改めて説明の体制に取り掛かった。簡易テーブルを挟み、神妙な面持ちでベッドに腰掛ける。それを怪訝に思いながらも、來夢も都を伴い自分のベッドに座らせた。(この事に都は少々顔を赤くさせていたが、それはまた別の話だ)


「ところで來夢。都さんは、私の事をどれくらい知ってるの?」

「どれくらいと言いますと……」

「咲夜ちゃんの事じゃない?」

「そうです。來夢からどれくらい話を聞いて───ってちょっと待ってくださいどうして都さんまで彼女を名前で呼んでるんですか?」

「こら、落ち着きなさい。図書委員繋がりですよ。ね、ミヤさん」

「うん、そうなの。だからそんなに怖い顔しないで?」

「……すみません」


 天華はペットボトルのレモンティーを一口含み、逡巡する。これまでの出来事を都に話すべきかどうか、を。それは、今の今まで話す予定がなかったからこその一呼吸だった。


 天華にとって彼女はあくまで“親友の恋人”という立ち位置の先輩であって、自分らの内情を詳しく話したところで──嫌な意味でなく──どうなるものでもないと思っていたからだ。あえて少しだらしなく言い換えるならば、「別に話しても話さなくてもどっちでも良くない?」といったところだろうか。

 それに説明するにしても、まず咲夜に承諾を得なくてはならない。二人きりで話す口実が出来たと思えば悪くないが……まあやはり、説明するにしても軽く流すくらいでいいだろう、という結論が実は既に天華の中に出ていた。


 しかし──奇しくも状況は一転する。


(そういえば、都さんも図書委員会だったっけ)


 それ──恐らく來夢のノロケ話の中にあったが聞き流していた──を思い出した瞬間、心の中の天秤が大きく傾いた。俄然、“話すべき”へと。

 話したところでどうなるものでない……?とんでもない!もし味方になってくれるならまたとないピンチヒッターになってくれるだろう。知らない内に彼女を名前で呼んでいる仲になっているのが良い証拠だ(本当はとても悔しいが)(そういえば自分も知り合った直後から名前で呼ばれていた気もしてきたが)。


 レモンティーが胃に落ちるまでのわずか数秒でそこまでを計算した天華は、いずれ勝負の内容を打ち明ける事をほぼ確定付けながら目の前の二人を見渡す。


「それで、具体的にはどんな話を?」

「あんまり詳しくは。えっと、咲夜ちゃんが天華ちゃんの、め……って事くらい」

「め?」

「め……女神……?」

「……」

「ミヤさんに恥ずかしいワードを言わせるのは止めてください」

「貴女が名付けたんでしょうが。っていうか、そう呼んでるのは來夢だけでしょ」


 ちなみにこの時、來夢は本心では「恥ずかしがるミヤさん可愛い」と思っていたのだが、その話は横に置いといて。


「まあいいわ。それで……実はね。今日、blooMomentぶるももんのオーナーでもある瀧本さんの叔父様に会ったの」

「へぇ、叔父様に?」

「で、どうしてかは未だにわからないのだけど……その、結構気に入ってもらえたみたいで」

「それは良かったじゃないですか!」

「ええ、本当に!……でも」

「……まさか」


 天華を筆頭に、三人分の視線がカラフルなテーブルに集中した。


「賞味期限がどうとか試作品だからとか……!とにかく色んな理由で、半ば押し付けられるようにして……」

「そ、それでこんなに?」

「ええ。さすがに申し訳なかったから、お支払いさせてもらおうとしたら逆にお叱りを受けてしまって……。あ、あとこんな事になる前に買ってあったのは冷蔵庫に入れてあるからそれは食べないでね」

「まだあるんですか……それにしても、ここまで気に入られるなんて普通じゃないですよ。本当に心当たりはないんですか?」

「それがさっぱり。でも豪快よね、さすが瀧本さんの叔父様」

「いやそういう次元では!?」


 この後、予め來夢が声を掛けていた友人達がわらわら部屋に集まり出したので、報告会はスイーツプレゼントイベントと名を変え、その日はそのまま御開きとなった───。



──

─────

… … …


<月曜日の放課後少し話せる?>


<少しなら大丈夫ですけど>

<メッセじゃダメなんですか?>


<できれば会って話したい>

<私たちの勝負のことを話してもいいと思う人がいるから、その相談>


<え?>

<ちなみに誰ですか?私の知ってる人?>


<ミヤさんって言えば伝わるわよね>


<ま>

<ミ>

<少し考えさせて>

<ください>


… … …

─────

──



「…………え?もしかして、嫌?」

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