欲が為に、意味を持つ―5―
〜仲西あずさのHappy?Monday〜
月曜日。聞くところによると、永遠に来なくていい曜日ランキングワースト一位なんだとか。下手すれば日曜日の終わりぐらいから既に嫌な気持ちになっている人もいるらしく、戦慄する。
だがしかし、学校に来る意味がごまんとあるこの少女──仲西あずさにとって、月曜日とは輝かしい一週間の始まりを指す曜日であった。何なら金曜日の終礼から既に待ち遠しく思っているくらいである。
では、一体何故そこまで楽しみなのか?それはもちろん、憧れの竜峰天華や小鳥遊來夢にお目見え出来るかもしれないから!というのと、ファンクラブ会員同士……否、ここはあえて“同志”と言わせてもらおう。同志の集いで咲かせる生徒会談義が面白くて仕方ないからである。それに何より、あずさには頼れる最高の友人がいた。
「おはよぉ!……って咲夜ちゃん、まだだったかぁ」
そう、隣の席の瀧本咲夜である。
ケーキ屋の手伝いをしているお陰か社交性が高く、しょっちゅう生徒会美談を聞いてくれる(※要確認)優しい女の子。初めて会った時は、小柄だからかふわふわ系な容姿だからかは不明だが、とにかく守ってあげたいと思わせられる何かを感じた。
でも意外と「自分の事は自分でやる」と言って聞かない頑固な一面もある……のに、たまに物凄いドジをするのが可愛らしい(と前に褒め言葉のつもりで伝えたら結構本気で落ち込まれたのでそれ以来はタブーとしている)。
それに……何と言っても、だ!あの!あの生徒会のメンバーなのだ!しかも何と!何と何と!竜峰天華先輩直々にスカウトされてのメンバー入り!友人第一号として鼻が高いったらありゃしない。ねだると教えてもらえる普段の先輩方の過ごし方などは、同志達の間で大盛り上がり間違いなしの話題なのだ。
こういう訳で、あんな話やこんな話を一番に聞ける特権を持つあずさにとって、友とのお喋り(※またの名を情報収集)は毎朝の楽しみと言っても過言ではなかった。
机にスクールバックを置き、ウズウズした気持ちを抑えながら近隣のクラスメートと話をしていると、予鈴のチャイムギリギリに誰かが教室に入ってきたのに気が付く。
あの姿は──咲夜だ!
「あ、咲夜ちゃ」
「やいやい!にっしーっ!」
「ふぇ?」
突然の凄味のある言葉遣いに、あずさはぽっかーんと目を丸くした。その間にも咲夜はズカズカと歩み寄り、座っている自分を真正面から見下ろしてくる。何やら酷くご機嫌斜めなその様子に、あずさを含めた周囲のクラスメートは戸惑いを隠せるはずもなかった。
「──じゃなかった……やあ、おはよう!みんな」
「お、おはよぉ?」
「えーっと……わかる人がいたら教えてほしいんだけどいい?」
──あれ、いつもの咲夜ちゃんだ……
と、あずさは安堵した。何もやらかした覚えがないのにいきなり吠え掛かられるかと危惧したのもそうだが、こんなに素行が荒々しい咲夜を面とするのが初めてだったからだ。
とてもじゃないが、普段の彼女の様子からは想像もつかない。とは言え、今ではそれも嘘だったかのようにニコニコとお行儀よく席に着いているのだが……
(……気にしない方がいいのかなぁ?)
あずさは、「まあ咲夜と言えど虫の居所が悪い時もあるだろう」とその場は流し、小首を傾げた。
「なぁに?」
「小鳥遊会長の恋人の……」
「“ミヤさん”?」
「いや知ってんのかい!」
「ふぇ!?」
またもや知らない咲夜が現れ、心底ぎょっとする。なんと、十秒ぶり二度目の登場。もはや知らない存在とも言い切れないかもしれない。
「知ってるなら何でもっと早く教えてくれなかったんだよ、見た目とか名前とか……!あの方がそうだって知ってたらアタシ……! もう!竜峰先輩と小鳥遊会長の事ならあんなにたくさん喋ってたのにっ、こっちが聞いてなくても!」
「さ、咲夜ちゃん?ど、どうしたの急に……ハッ!もしかして……!」
どうしてかいつもよりだいぶ幼い気がする友人に向かい、両の手のひらを口に当て、大変な事に気付いてしまった──!的なリアクションを示す。
「小鳥遊先輩狙いだったの……!?」
「ちっがぁう!!」
秒で否定された。歯を剥き出しにしてまで。
「あ……だ、だよねぇ?も〜ビックリしたぁー。小鳥遊先輩が恋人持ちって知ってショックだったのかと思ったよぉ……」
「そんな訳ないでしょ!!」
「うんうん!そうだよねぇ、咲夜ちゃんの一番は竜峰先輩だもんねぇ」
「それも誤解だってば!何回言ったらわかってくれんの?もういいよ」
「あわわ、ごめんごめん!で、橘先輩がどうかしたぁ?」
本気で機嫌を損なわせそうな予感に、あずさは慌てて取り繕う。
「……ふぅ。ううん、こっちこそごめんね、朝から騒いで……ちょっとだけ待って…………ああ、よし、もう大丈夫!いやあ、みんな知ってるなら一回くらい話してくれても良かったのにって思って。ついででいいからさ?」
「あ、ううん、実は私達もそんなに詳しくないんだよねぇ。橘ミヤ先輩でしょ?」
「え、橘都先輩だよ?」
「あれ?嘘っ、勘違いしてたぁ!小鳥遊先輩がいつも“ミヤさん”て呼んでるからてっきり」
「ああ……」
本気で驚いていると、咲夜は「確かに」と言って小さく笑った。そしてこんな事も、まるで独り言のように。
「にっしーですらそう勘違いしちゃうくらいなんだから、いつも呼んでたり、呼ばれたり、傍にいたりするんだろうね」
「みたいだよぉ?部活の先輩が同じクラスで結構お話聞かせてもらってるんだけど、暑苦しいくらい一緒にいるんだってぇ」
「……そうなんだ」
「うん。あっ思い出した!これは噂なんだけどね、橘先輩って生徒会長が唯一逆らえない人だから、先輩方の間ではカグジョの裏番って呼ばれてるんだってぇ。ほんとかなぁ?」
「へ、へぇ……」
「後はねぇ───」
三年A組で來夢と同じクラスである事や、写真部である事、やたらと花に詳しい事など。割と普通で当たり障りない話を教えている内に担任の加島紫乃がやって来て、咲夜への特別授業はまたの機会にとなった。
それより──ホームルーム中、どことなく寂しそうに見えた咲夜の眼差しが、あずさは気になった。
*
「あの……いいすよ、話しても」
部活。生徒会室。長机。ホワイトボード。目安箱に寄せられた、意見についての話し合い。その最中、耳元で囁かれた──突然の忍び声。
───頭が沸騰するかと思った。
いきなりのご褒美(!?)に天華は、まるで時が止まったかのような感覚を覚える。正に、戦慄──……そう、少女・Tは少女・Sに恐れを抱いたのだった。彼女のその、あんまりにも無防備な姿に……
(この娘、全っ然わかってない……っ!私がどれだけ、いつもいつも我慢してるか……!)
皆に聞こえないよう配慮して小声になったのは理解できる。だがその結果、全身にもたらされたこの熱を一体どうしてくれよう。鼓膜、脳髄、背筋、下腹部に甘い痺れをもたらされたこのカラダの責任はいずこに?
……百歩譲って、さりげなく隣の席に座った自分も悪かったとする。
咲夜の匂いは自分にとって精神安定剤にも興奮剤にもなるとわかっている上で、それでも至近距離に位置し続けようと欲を出したのだから。なるほど、そう考えれば確かにこちらにも責任はありそうだ。咲夜だけを責めるのは間違っているかもしれない。
でも!
だとしても!
耳元で!
良い声で!
囁くのは!
(さすがに反則でしょう!瀧本さん……!?)
……ごきゅ。無意識下で喉を鳴らす天華の悶絶寸前具合に、咲夜は不思議そうに首を傾げるばかり。恐らくは、あれ?聞こえなかったのかな?的なリアクションだろう。つまりは無垢&無自覚。こっちが好きだって言ってるのにこれはもう……本当にどういう事なんだか。いわゆる生殺しと言う奴では?もしや煽られている?それならこれはお誘いと思っていいのだろうか──なんて、違うに決まってる癖に!
「……橘委員長に──」
「聞こえてるからっ」
善意の追撃に咄嗟に小声で返す。赤くなった顔を見られるのが嫌で、片耳を覆うように手を当てた。
「大丈夫……あとで……」
「……」
ならいいです、といった感じの視線を受け、ヒソヒソ話はそこで終わった。いや、終わらせた。これ以上は単なる拷問に近かったので。
「──では次。ええと、『学園祭で全校生徒もお客さんも盛り上がれるようなイベントをしたい!』と……まあ、ずいぶんふわっとしてますけど」
書記担当がホワイトボードに書き連ねるのと同時に、來夢がそんな事を話し出す。
そうだった、本題はそっちだったと天華が溜息を吐いていると、咲夜が右手を挙げて発言の許可を求めた。
「ところで会長、学園祭ってどんな事をするんですか?」
「良い質問をありがとうございます。各クラスでの模擬店、ブラスバンドの演奏、カラオケ大会、演劇部のミュージカルや劇だとか……ああ、合同でお化け屋敷を作ったクラスもありました。ですが私達は、出し物をするのではなく──」
「みんなのフォローをするのが仕事なんですよね?」
「That's right!」
にっこり笑顔で頼もしそうに頷く來夢。生徒会長として携われる最後の一年、最後の学園祭……開催時期は秋。まだ先の話とは言え、今から気合いが入ってしまうのも仕方のない事だろう。
(少し、羨ましい)
恋をしてから、しょっちゅうそう思うようになった。傍にいる事が当たり前だった親友がこんなに輝いて見え始めるなんて。絶大な愛情を置ける恋人がいるって、一体どんな気持ちなんだろう。いや、彼女に対してだけではない。
何気なく名前を呼ぶ事の難しさ。
誰かが誰かを気楽に呼んでいるのがこんなにも気になるなんて思いもよらなかったし、欲にかまけて自分を抑制出来なくなる時だってある。
ここしばらくで、天華の常識は何度も何度も覆されてしまった。
彼女に出逢うまでは、食欲も睡眠欲も性欲も、全て生きる為の“必要欲”だと思っていた。いや、別にそれも間違いではないのはわかっている。
だけども今は否応なく、込み上げる“愛”も何もかも引っくるめて、ただ一人へと───
(そういえば、初めて逢った時、“食べてしまいたい”って思ったんだった)
「………………」
脳内に、ふわふわのベッドに横たわるあられもない姿の咲夜が浮かび上がる前に、長机の下で手の甲をぎゅっとつねった。
考えてなどいない。
……もしかしたら、私にとって“食欲”と“性欲”のルーツは同じかもとか。
だとすると、“睡眠欲”も“寝る”という意味ではあながち──?とか。
当たらずとも遠からずだったり……?とか。
つまり瀧本さんは私の三大欲求そのものなのこもしれない、とか………そんなのは、断じて、少しも、考えてなど…………
「天華、何か意見でも?」
「えっ、い、いいえ?何も考えてないけど?」
「そうですか?何やら深く考え込んでいるように見えたもので……ふむ。では各自、何となくでいいので明日までに案を考えてきてくださいね」
「……はぁ」
一方その頃、一瞬だけ謎の凄まじい悪寒をゾワワワッと感じていた咲夜は、「やばい風邪かも。今日は早めに寝よう」などと腕をさすりながら考えていた。
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