春のWARASHIベイベー

石田篤美

春のWARASHIベイベー

『わらしべ長者』という話を聞いたことはあるだろうか。

 貧乏人の男が手に持っていたわらを物々交換していき、最終的に大金持ちになるという話である。


「おお……っ。すごい。面白ぇー……」

 その話に、今になってハマった一人の少年がいた。

 和久井新一わくいしんいち。高校二年生。今は春休みの真っ最中。

 部屋の片づけをしていたら偶然この話の載った本を見つけ、その魅力にハマってしまったというわけだ。

「俺も挑戦すれば、大金持ちになれるかも……」

 新一は机に置いてあったポケットティッシュを手に取ると、早速家の外へと飛び出していった。



「さあ来い!」

 近所の公園までやってきた新一だったが、何も起きない。

 そりゃそうだ。そんなに上手くいくわけがない。

 わらしべは一回目にして終了……、と思われたその時だった。


「くしゅん!」


 ちょうど前を歩いていたおばさんがくしゃみをした。

「あ、もうティッシュがない……。困ったわ、どうしま……くしゅん!」

 どうやら彼女は花粉症のようだ。


 確かにそういう人にとって、今のシーズンにティッシュは必需品だろう。

 しかし、それがないというのは、医師に『あなたは余命一週間です』と告げられるほどのショックなのである。


 新一はおばさんを助けようと決意した。

「あの。よかったらこれ、使ってください」

 すかさずズボンのポケットからティッシュを取り出し、おばさんに差し出す。

「あらいいの? ありがとう」

 おばさんはとても喜んでくれた。

 良いことをするのは良いことだ。こちらとしても気分がいい。

「お礼に、これ。飴ちゃんあげるわ」


 新一は飴を受け取るとお礼を言い、その場を後にした。


ポケットティッシュ → 飴




 しばらく街を歩いていると、細い道路アスファルトにチョークで魔方陣を書いている男と出会った。


「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」

「すみません。何をやってるんですか?」

「……実は三日前から何も食べていないのです。お金もないので、とりあえず悪魔を呼んで、食べ物をめぐんでもらおうと……」

 ちょっと――いや、だいぶおかしな人の様である。

「そんな事しなくても、ほら、飴ちゃんどうぞ」

 新一は男に、さっきおばさんにもらった飴を手渡した。


「……あなたが神か」

 音は泣いて喜んだ。良いことをするのは良いことだ。

「あなたは命の恩人だ。お礼に私の愛読書、【うっふんエロイムエッサイム】を差し上げましょう」

 新一は本を受け取ると、男に礼を言い、その場を後にした。


ポケットティッシュ → 飴 → 本



「はあ……。なんか飽きてきたなァ……」


 あれから三時間が経過し、新一はだんだんやる気が無くなってきていた。

 順調に思われたわらしべも、あの一件以降、すっかりストップしてしまっている。

 

 このまま帰ってしまおうか。新一はそう考え始めていた。

 男からもらった本は古本屋に売ろう。どれくらいの値が付くかわからないが、それなりの金はもらえるはずだ。

 そんな事を思いながら歩道を歩く。


 ちょうどその横を黒塗りのリムジンがすれ違った。

「……むっ⁉ お、おい! 止めてくれ!」

 後部座席に座っていたスーツ姿の男が叫んだ。車が急ブレーキをかけて停止すると、男は真っ先に降りて、真一がいる方へと走っていった。


「おーいおーい! 君、キミ!」

「はい?」

「はぁはぁ……、突然すまない。君の持っているその本、よーく見せてもらえないか?」

「え? あ、はい。どうぞ」

 突然現れた男に困惑しつつも、新一は本を男に手渡した。

「ふーーーーむ…………」

 男はじっくり本を確認すると、やがってはっとした表情になってこう言った。

「うむ、間違いない! ついに見つけたぞーーっ!」

「???」

 本を天に突き上げ、泣いて喜ぶ男。一方新一は何が何だかわからない。

「君、この本をどこで見つけた⁉」

「えっと、さっき道端で……」

「そうかそうかありがとう! 君が見つけてくれたんだな!」

「い、いや……。まあいいか。はい」


「実はこの本はな。この国の歴史にまつわる、ありとあらゆることが書かれた【浮粉江呂井無絵菜無うふんえろいむえさいむ】という古文書なんだ。もう何十年も前に行方不明になっていたが、まさかこんな所で見つかるとはな!」

「はあ」


「総理―っ!」

 そこへ、男の部下と思われる男女、五十人ほどが走ってきた。

「えっ? 【総理】って、あなたまさか⁉」

「うむ。私は内閣総理大臣、大泉純二おおいずみじゅんじ。和久井新一くん。この本を見つけてくれたお礼に、何でも好きなものをあげよう! 何がいい?」

「マジっすか⁉ それならお金ください! 一兆円くらい!」

「いいとも。十兆でも百兆でも、好きなだけあげちゃうよ! この本にはそれだけの価値がある!」

「やったぜウェーーーーイ!」


 こうして大金を手に入れた新一は、東京ドーム十個分の宮殿を作り、そこでいつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。


最終結果

ポケットティッシュ → 飴 → 本(古文書) → 一兆円以上の大金(+宮殿)

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春のWARASHIベイベー 石田篤美 @isiadu_9717

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