彼女は『彼女』

 無事に白音の入会は認められて儀式も終了した。


 緊張していたからなのか、それとも初めての『ミドリ』が聞き過ぎたのか彼女はソファの上で横になって寝ている。

 

 その寝顔はまるで子供のように愛らしく、同時に何だか罪悪感を湧き上がらせてしまうくらいに。 

  

 愉快なんだか不快なんだかわからない感情を溶かすために『紙巻』をふかしながら俺はベランダに立っている。


 ベランダとは言ってもその広さは俺の部屋の半分位はあり、ゆったりとしたリクライニングのあるイスと高級そうなテーブルが置けるほどだ。


「お疲れさま……入会できてよかったね」


 明さんが横に立つ。 服装は少しラフになっているがそれもまたセンスがある。 


 たった今に巻いたばかりであろう巻きタバコを口につけて、火をつけようとシャツやズボンの中を探しているがどやら見つからないようだ。


「ごめん……火、貸してくれるかな?」


「ふぁい……どうぞ」


 リラックスしたことにより少しだけ舌足らずになってしまっているが、口元に力を入れて火のついた先を近づける。


「んっ……ありがとう」


 身体を少し曲げて巻きタバコの先を軽く押し付けて明さんが一口吸うと、淡く青臭い『ミドリ』の匂いと濃厚なチョコレートの香りを感じられた。


「最近、ハマッてるんだよね……これ」


 はにかんだ顔に俺も笑いかけて俺達はビルの谷間に落ちていく夕日をぼうっと見ていた。


「『彼女』……だったんだね彼女」


 彼女の意味を正確に理解し、少しだけ間を開けて俺も返事を返す。


「ええ……故郷にいるときに付き合ってました」


「ふ~ん、別れてなかったのかい?」


 一度、巻きタバコを口から離して煙を逃がす。


 俺も同じように風と音のコントラストを感じながら同じように……。


「はい……別れてなかったですね、受験があったから連絡はお互いにしないという約束をしてまして」


「そうか……何にしてもこれから大変だね」


「はい……、色々と面倒を見てあげないと」


「まずは最初に麻輸ちゃんにしっかり話してあげないとニャ~」


「……聞いてたんですか?」


 いつの間にか芳樹さんが俺たちの後ろに居て、椅子の上でタラリと弛緩しながら横になっていた。


 もちろんたっぷり『ミドリを詰め込んだパイプ』を咥えて。


「まず最初の難問はそこだろうね……いや、最大かな?」


「ふんどし締めて取っ掛かりな……友和キュン?おそらく麻輸ちゃんは白根ちゃんとは相性良くないと思うからよ……仲良くなるのは至難だぞ?」


 まるで旗を振るように『パイプ』を口の上で弄びながらニシシという声を出して笑う。


「う~ん、確かにあの人は白音みたいなおっとりタイプではないですからね、しかも今回自分に相談しなかったことも面白くは無いと思うだろうし……おいおい、タイミングを見計らって俺から話しますよ」


「あっきれた~、それだけじゃないでしょうにね」


 ソファに寝そべる白音に毛布をかけ終わると、会話が聞こえていたのか軽快に足取りで洋子さんが俺たちのところにやってくる。


「……どういうことですか?」


「ふはは、こりゃいいや」


 耐え切れないように芳樹さんが吹き出す。 薄紫の煙が彼の口から立ち上る。


「う~ん? やっぱりこういうことは自分で気づかないと意味が無いと私は思うから……ひ・み・つにしておくね」


 洋子さんはベランダのふちに背中を預けながらそんなことを言う。


「は、はあ……」


 煙にまかれた顔で明さんの方を見るが、彼も彼で困ったような顔をしながらも、一服をし続けている。


「まあ悪いことは言わねえから、言うときは自分からいいな。他人から聞いたらあの意地っ張りのことだから面倒くさいことになるだろうよ」


「わ、わかりました」


 三人に言われていることはわからないないことではあったが、少なくとも最後に芳樹さんが言っていたことは理解できた。  


 というより解り過ぎるほどわかることだった。


 そう、羽田麻輸という女性は信じられないほどに意地っ張りで素直な人間なのだということを……。


 う~ん、どうしたもんかな……。


 白音の緑遊会の加入というここ最近頭を悩ましていた難事は解決したが、今度はそれを考えていかなければならないのだ。


「でもまあ、何とかなるか」


 燻された煙によって脳はすっかりと認識を変化させ、また思考を楽観的なものに誘導してくれている。


 普段は気づかなかった沈む夕日の美しさと風の心地よさ、そして巻紙につけられていた少しビターな香りを全力で楽しみながら顔は自然とほころんでいた。


 なにはともあれ、白音は俺……いや俺たちの仲間になったのだという満足感に酔いしれていたのだった。


 そう、愚かにも……酔っていたのだった。

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