煙に巻く二つの意味で。

 白音が入学してから一ヶ月が立つ。


 その間、俺は彼女のライフスタイルが安定するようにひたすら心を配っていた。


 俺が一人で上京して来たときには頼れる人間がおらず、色々と困ったので落ち着くまではと気を配っていたのだ。


 おかげで緑遊会のパーティや会合は欠席することが続く。


時折来る麻輸からの説教めいたメールに平謝りでやり過ごし、友人が落ちつくまでは行けないということを返信し続けていると、さすがに向こうもそれ以上は言ってこなかった。


 もちろん、その間は俺も煙を吸っておらず、もっぱら酒を嗜んでいた。


 白音は意外にイケる口らしく、少し高めの酒を折を見ては買ってきて、一緒に飲んでいくうちにすっかり飲めるようになった。


新入生歓迎コンパで真っ赤な顔をして酔いつぶれていたのが嘘のようだ。

 




「よお!ひさしぶりだな……さすがに今回は出てきたか]


 ニヤッと笑う芳樹さんが入ってきた俺に声をかけてくる。


 その向かいには眼鏡をかけた明さんがニコリと笑って、いらっしゃい……待ってたよと言ってくれた。


「ええ……少し手のかかる後輩が出来まして」


 軽口で返す俺に二人が顔を見合わせてどっと笑う。


「お前も言うようになったな!儀式でびびってたのが嘘みたいだ」


 言いながら慣れた手つきでテーブルに詰まれた金を数えている。


「あの時のことは言わないでくださいよ、まだ若かったんですから……」


 はにかむ俺がツボにはまったのか芳樹さんが笑い転げる。


「はははは!確かにそうだな……でも気をつけろよ?あまり後輩ばかり可愛がってると先輩が拗ねちまうぜ」


「拗ねるほど仲の良い先輩はいませんよ」


「ああ……そういう理由じゃないんだけど……ね」


 まだ爆笑している芳樹さんとは対象的に明さんは困ったような表情をしていた。


「……何が面白いのかしら?」


「おお~!怒った先輩の登場だ!友和~気をつけろよ~?拗ねた女は面倒くさいぞ」


「ははは……何の話ですか]


 意図が読めず曖昧に返す。


「ひさしぶりね……後輩君の相手は今日はしないのかしら?」


「そう、毎日は相手しねえよ……今日は俺の休日だ」


 白音も都会での一人暮らしに慣れてきたようなので、今日は俺もプライベートを楽しもうと会合にきた。


 理由の半分はボチボチ会合に顔を出さないと俺を推薦してくれた麻輸の機嫌を悪くさせたくないというのも一因なのだが……。


これは秘密にしておく。


 なぜならこの状況でそんなことを言えばこの偉大な先輩がさらに機嫌を悪くするからだ。


 言えばおそらく、別に怒ってないわよと罵倒されるだろう。


 後は俺も久しぶりに煙で燻されたい……というのがもう半分だ。


 都会住まいは息が詰まる。


 一年住んでも慣れることが出来ないことを考えるとやはり俺は根本のところでは都会が合わないのだろう。


「……まあ、別にいいけどね」


 これ以上芳樹さんたちにからかわれたくないのか。


それだけ言って麻輸は奥へと引っ込んでしまった。


「……からかいすぎたな?」


「そうみたいだね」


 別段反省していないようで芳樹さん達はケラケラ笑っていた。


 テーブル上の灰皿には『煙草』が置いてある。


 どうやら芳樹さんは『喫煙』していたらしい。


 ああなるほどね……。 


 納得してその場を離れる。 渦巻く紫煙の煙中を。


 

 



  

 ソファに身を預け、天井を見上げると心はディープに沈んでいく。


 しかし思考だけは自由に広がっている。


 ……まるでゆっくりと溶けてしまっているようだ。


「…………なん……だっけ?」


「だ……か……ら……あなたもそろそろ新しい会員を……見つけなさいって……話よ」


 薄くもやのかかった脳内。


紫色に煙った頭上を見上げ、ゆっくりと横に向けて隣の彼女を見る。


 どんよりとした瞳。


向こうもボンヤリとした表情で顔を向ける。


「……マジで……?」


「……マジよ……」


「…………………」


 たっぷり一分間程見つめあう。


 そして……。


「……ぷっくっく……ハッハッハッ……マジか~!」


「ふ……ふふふ……ほ、本当……よ……アハハッ!」


 スイッチが入ってしまったようでお互いに馬鹿みたいに笑いあってしまった。  


「YO!YO!お二人さん……ご機嫌じゃねえか~!」


「…………ちっ」


「おいおい~!冷たいね~」


 露骨に舌打ちをされても気にせず、芳樹さんが俺達の前の椅子に座った。


「それで……話はしたのかい?」


「……む~、いま……した~」


 トロリとした口調で答える彼女に苦笑する。


「……というわけだ、まあ大地に緑が溢れると世の中ハッピーだよねってことだな」


 ニヘラとした表情で返事を返しながら、ボンヤリと本当の意味を考える。


 ようするに新たな『同胞』と『合同利益者』の開拓というわけだ。


 この緑遊会のメンバーはそのほとんどが所謂セレブ層の子息ばかりで、親が芸能人、会社社長、銀行の役員という人間がゴロゴロいる。


 現に俺のような非セレブ系列の人間はこの会には一人も居ない。


 俺の場合は麻由の強烈な後押しと会長の芳樹さんの推薦があったから何とか所属できたそうだ。 


 なので緑遊会の一員になった場合の『人生上の利益』はかなり高い。 


 逆に言えば他の人間に与える『人生上の利益』もかなり高いものでなくてはならない。


『……オッケイ~、持ちつ持たれつ……か」


「イッツオーライ、そう言うことで~す!まあよろしく~」


 リズミカルに立ち上がり、芳樹さんはVIPルームに戻っていく。


「…………大丈夫なの?」


「……わからん」


 麻由が億劫そうに頭を起こし、ゆっくりと俺の胸元に落ちていく。


「……私の知り合いに、ここに入りたがってるのがいるわ……紹介しましょうか?」


「……とりあえず探してみるわ、それちょっと取ってくれる?」


「もう……やりす……ぎないようにしなさ……いよ」


 二重の意味で煙にまきながら。


すでに俺は『新たな仲間』候補をすでに決めていた。


 いつまでも麻由に頼りっぱなしなのも情けない。


 俺だって多少なりともエスコートが出来るようになったのだから……。


 少し溜めてから、ふーとスモークを出す。


 白音も俺達の仲間にしてあげよう。


 今度は俺が麻輸のように白根を淑女に教育するんだ。


 パープル色の息が出なくなるまで出した後、そう決意した。







 

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