巫女姫の悲劇
巫女姫の悲劇・1
サリサは、目覚めた。
ひどい悪夢だった。しかも……。
かすかな蝋燭の光を、サリサはぼんやりと見つめていた。
あたりは薄暗い。サリサの頭の中も、まさに薄暗い闇の中に囚われたように、はっきりしなかった。
「気がつかれましたか?」
声をかけてきたのは、なぜかリュシュではない。最高神官の仕え人である。
彼女の声は、蚊の泣く声よりも小さかった。
あたりを見回すと、なんと自分の部屋に戻ってきている。いったい、どうしてこのようなことになっているのだろう?
「エ、エリザは?」
「お変わりありません」
……やはり、連れ戻すことができなかったのだ。
サリサ自身が夢に翻弄されて、一度はエリザを拒絶してしまった。
さらに……エリザを認めることができなかった。
彼女を否定してしまったとたん……。
サリサはぞっとした。
忘れたい映像が脳裏に蘇る。
天から落ちてきた光の固まりに、サリサの目の前でエリザは……。
――とても、思い出したくはない。
「それよりも、サリサ様。今がいつで、何が起きたのか、知りたくはないのですか?」
「……?」
「今は、十一の月の十三日目です」
「何ですって?」
サリサは慌てて計算した。なんと、三週間も眠っていたことになる。
「あなたの代わりに朝夕祈りを捧げて、先週、サラ様の仕え人だった者が旅立ちました」
「……」
「三週間で、三人が旅立ったことになります」
「……三人も?」
仕え人たちは、霊山の気によって生きながらえているが、もう寿命を終えたメル・ロイである。
最高神官が力を発することなく、しかもその代理として力を使ったとしたら、消えていなくなる者がいて当然――いや、さらに最高神官を癒していたとあれば、三人は少ない方かも知れない。
部屋を薄暗くするのは、精神を安定させるのに役立つ。極度の興奮状態にあったのかも知れない。かすかな灯りは、迷った時の灯台のようなものだ。一番、この世界に留まっていた場所に身を移すことも、重要なことだ。
最高神官を呼び戻すため、仕え人たちはできる限りのことをしたのだろう。
よく見れば、仕え人の顔はやつれて面変わりしている。
彼女はかすかに目を伏せた。
「サリサ様が失われそうになって……どれだけ誰もが心配したのか。わかりますまい」
「も……申し訳ありません」
「尊きお方。あなたが最高神官です。お謝りになる必要など、ございません。ただ、今後は慎んでいただきたいだけです」
「……」
言葉もなかった。
自分の力を過信していた。
それと……エリザへの愛を。
愛さえあれば、何でも乗り越えられる……。
それも、過信だった。
霊山はくすんでいた。
光が衰えたようだ。
しかも、どこか慌ただしい。外がざわついている。
「実は昨日、落雷があったのです」
「落雷?」
サリサは夢を思い出して、ぞっとした。
あの夢の中で……。
最後に見たのは、落雷を受けて燃えてゆくエリザの姿だったのだ。
サリサがエリザを否定したとたん、空から光の玉が落ちてきてエリザを飲み込んでしまった。
あの髪が……縮れながら燃える。
あの頬がただれてゆく。
あの唇が引き攣ってゆく。
目の前で、悲鳴を上げながらエリザが燃えてゆく。
サリサは、何もすることができなかった。
その場で膝をつき、髪をかきむしり、絶叫するしか……。
そして、耳を塞ぎ、目をつぶった。
――もう、やめてくれ!
サリサは、その場所に留まることができなかった。
絶叫し、逃げ惑い……。
気がつくと、夢から現実へと戻り、目覚めていた――
つまり、エリザを置き去りにして戻ってしまったのだ。
自己嫌悪も甚だしい。
謝るなと言われても、サリサは謝るしかなかった。
しかも……。
「申し訳ありません。私の結界が効いていれば、霊山に雷など落ちるはずがないのに……」
最高神官としても失格である。
夢の落雷と現の落雷――
どちらも、おそらくサリサの弱さが招いたのだろう。
エリザへの愛が確かならば、たとえどのようなエリザであっても、その悪夢から手を引いて連れ戻すことができたはず。
最高神官としての責務を果たそうとしたならば、たとえ夢の世界を彷徨っていようが落雷を避けることができたはず。
結局、サリサは――どちらもできなかった。未熟だった。
だから、どちらも破壊された。
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