僕らのくそげーな日常

くるる

第1話消し去るは己の黒歴史と、机上の強敵。

 とある高等学校の気怠い放課後の時間に、とある部室でその戦いは勃発していた。その部屋には苦楚芸部と看板が掛けてある。名前の通り、ありとあらゆる遊びを最大限楽しもうという部活動だ。中には四人の男女が座っており、今日遊ぶゲームと罰ゲームについて話し合っているところだった。

 

「今日プレイするゲームは消しゴム落としにしないか? 罰ゲームはそうだな。一位になると他のプレイヤーに好きな質問が出来る。回答者は嘘をついてはならない。これでどうだ?」


 聡明そうな青年のトキヤが言う。


「おう。俺はそれでいいぜ」


 坊主頭で筋肉で引き締まった体型の鉄雄が応える。


「私もよ。消しゴム落としはシンプルでいいゲームだわ」


 いつも成績上位で、トップクラスの美貌を兼ね備えた、晴海はセミロングの髪をポニーテールに纏めながら発言した。


「うん。大丈夫……」


 大人しい性格の静流は、眼鏡の縁に指をあて熟考しながら頷く。


 四人は合意すると、それぞれ机の四つ角に消しゴムを置いた。使用する机は教室の隅に置いてあった、授業で使うシンプルな学習机だ。

 ここで、消しゴム落としのルールを説明しよう。各自、物差しで順番に自分の消しゴムを弾く。机から自分の消しゴムが落下したら負けという至って単純なルールだ。これに、ズルを防止するため、晴海がルールを付け加える。妨害行為防止の為、手番プレイヤー以外は、机の周りに近づかない。遅延行為防止の為、手番が回ってきたら、五分以内に消しゴムを弾くこと。四人はこのルールに納得すると、じゃんけんで順番を決めた。静流、鉄雄、トキヤ、晴海の順番に決まった。



「じゃあ、私からいくね」


 静流の使用する消しゴムは、青白黒の三本ラインが入ったスタンダードなM○N○消しゴムだ。標準的な十五cmの透明で角ばった物差しを少しだけ曲げ、机の中心に狙いを定める。固唾を飲み見守る三人、静流はゆるっと指を離す。物差しは力無く伸び、ぺちりと当たるが、M○N○消しゴムは微動だにしなかった。


「力が弱すぎたのかな。難しいな……」


 静流は悔しそうに俯いたまま、鉄雄に手番を渡す。



 鉄雄の消しゴムは根性と書かれた大きな消しゴムだ。


「野球で鍛えた俺のスイング、お前らに見せてやんぜ!」


 ステンレス製の大きな物差しを振りかぶる。


「うおらぁ!」


 鉄雄は物差しを水平に構え、根性消しゴムを目掛けて振りかぶる。スパァンと快音が響くと共に、根性消しゴムが放たれる。目指すは、静流のM○N○消しゴムだ。一直線に机上を滑っていく!! 弱々しく目を瞑る静流、勝ち誇る鉄雄。そしてぶつかる二つの消しゴム。


「なっ……」


 声を上げたのは鉄雄だった。あれだけ激しくぶつかったのに、静流の消しゴムは微動だにしていなかったのだ。根性消しゴムはM○N○消しゴムの正面という最悪のポジションで停止している。静流は小さくため息をついた後、眼鏡の奥の瞳を光らせる。


「鉄雄くん、脳みそまで筋肉なの? 私が何の対策をしていないとでも思ったの……?」

「まさか、さっき弱く打ったのも……」

「作戦の内よ。まさか、ミスショットなんて思っていたの……?」


 鉄雄は肩を落としたまま、手番をトキヤに渡す。


 トキヤの愛機はまと○くんだ、静流と同じスタンダードなタイプの消しゴムと言える。トキヤは卓上に目を落とし、逡巡する。鉄雄の消しゴムを落とすのは簡単だ。だが、返しに静流に惨殺される。静流の消しゴムが動かない理由が解明出来るまでは、静流に戦いを挑まないほうが無難であろう。晴海を狙うのも一つの手だが、静流のように細工をしていないとは考えにくい。トキヤは分厚い物差しを取り出すと、ビリヤードのマッセのように垂直に構える。真っ直ぐに突き下ろした物差しは、消しゴムの端を押さえ付け、消しゴムを大きく跳躍させた。まと○くんは弧を描くように机の端から端を目掛け大きなジャンプをし、静流の消しゴムの上に着地を成功させた。


「ふっ、ここならば安全だろう」


 トキヤはCOOLに決めると手番を晴海に渡した。



 晴海の消しゴムは噛みつきBAちゃんだ。人型の手を広げたばあちゃんの形をしており、入れ歯が着脱可能な玩具消しゴムだ。人型故に地面との接地抵抗が少なくこのバトルには不利そうに見える。その逆境を楽しむかのように晴海は強気に言う。


「隅っこで固まってくれて好都合ね。三人纏めて、突き落としてあげるわ!」


 晴海は自信満々に笑顔を浮かべると、細長い物差しを竹のようにしならせ、噛みつきBAちゃんに向かって弾く。鋭くしなる物差しは噛みつきBAちゃんの入れ歯だけを打ち抜いた。根性消しゴムに向かって、入れ歯が弾丸のように飛んで行く!


「行け! 入れ歯ミサイル!!」


 獲物に目掛けて飛翔する入れ歯、然の飛び道具に動揺する鉄雄。


「たかが、入れ歯だ! 当たっても痛くないはずだぜ!!」

「あら、知らないの? 噛みつきBAちゃんの入れ歯は金属で出来ているのよ!」


 バチーンと入れ歯が消しゴムとが激しく打つかる音が聞こえる。机上から入れ歯と共に、弾き落とされる根性消しゴム。熾烈な戦いに最初の脱落者が登場した。


「さようなら、鉄雄くん。無策で挑んだ、貴方が悪いのよ」


 がっくりと項垂れる鉄雄をよそに、手番は静流へと移った。



 静流は眼鏡の縁に指をかけ、思考の海へと潜っていく。消しゴムの固定を解くか、解かないか。トキヤと晴海のの二人なら、私の固定のトリックを見破っている可能性がある。トキヤの消しゴムは私の上に乗っているから、トキヤに落とされる可能性は無い。ここで、噛み付きBAちゃんを落とせば、必然的に勝ちは決まる!

 静流は机の引き出しの中に手を伸ばし、消しゴムの下にある磁石を取り外す。消しゴムカバーの中に鉄板を仕込み、中から磁石で固定していたのだ。磁石をポケットの中にこそっと入れると、物差しを構え、噛みつきBAちゃんを狙う。パチンという音と共に弾かれるM○N○消しゴム、まと○くんは子ガメのように背中の上に乗ったままだ。机の上を真っ直ぐに滑り、噛みつきBAちゃんにぶつかるが、噛みつきBAちゃんは微動だにしない。反動で、M○N○消しゴムが傾き、背中に乗っていたまと○くんが床へと転落してゆく。トキヤの悲鳴が聞こえる。静流の顔から血の気が引く。


「まさか……」

「そう、そのまさかよ」


 晴海は引き出しの中にゆっくりと手を入れると、磁石を取り出した。目には目を、磁石には磁石を。



「私のターン、これで終わりね!」


 しなる物差しが快音を響かせ、晴海の噛みつきBAちゃんを勢いよく解き放つ! ゼロ距離からの攻撃、この距離で獲物を逃がすほど、晴海は優しくはない! 噛みつきBAちゃんがM○N○消しゴムと共に勢い良くリングを滑って行く!

 

「ありがとう、晴海。そんなに強く打ってくれて」


 噛みつきBAちゃんは予想では止まるはずの場所を通過しても、速度を落とさずに、机の端へと滑っていく。


「手応えが軽すぎる。まさか、何か仕掛けを!? 」


 二つまとめて、リングアウトかと思われたその時、M○N○消しゴムの頭が外れ、ケースと噛みつきBAちゃんだけが机上から豪快に飛び降りた。愕然とした晴海。机上に残ったのは、静流のM○N○消しゴムの頭だけ。



「私の勝ちね……」


 静流はそういうと欠けた頭と、床に落ちたケースを拾い上げる。


「この消しゴムはね。先端とお尻だけで中は空洞なの。強いショットを打たれた際に分離するように」


 ケースに頭をはめ、見た目を普通の消しゴムへと戻す。

 

「さて、罰ゲームの時間ね。三人に何を質問しようかしら……?」



 静流はくすくすと静かに笑う。三人は静流の笑顔に顔を青くすることしか出来なかった……。

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