いじわる令嬢のゆゆしき事情 白雪姫の逃避行
九江 桜/角川ビーンズ文庫
特別書き下ろし短編『幼少期』
十年前、ヴァインフェス家の庭。
フリッツは、
「あたしの秘密の
「ふ、え? ご、ごめんなさい!」
背に流した黒髪が乱れるのも気にせず
「ここはあたしの場所よ。あなた、どうしているのよ?」
秘密の場所を取られたイザベラの声は
「ごめん、ごめんなさい。あ、謝るから……」
「なんで泣いてるの?」
「う、えっと、ごめんなさい」
「
「ご、ごめん」
「なんで謝ってばかりなのよ」
赤くなった目の縁から涙を零し続けるフリッツに、イザベラも
フリッツは謝ってやりすごす以外に対処法を知らず、
そんなフリッツに、イザベラは答えを待ちきれず、勝手に体を調べ始めた。
「ちょっと、あんまり動かないで。……よし、怪我はないみたいね」
「う、うん。ない、よ……」
「そう。じゃあ、どうして泣いてるの? 痛いところはないんでしょ」
「ご…………、えっと……」
反射的に謝ろうとしたフリッツは、さすがに対応として間違っていることはわかっているが言葉が続かない。
「じゃあ、どうして謝るの? 何か悪いことしたの?」
「僕……、勝手に入って。それに、な、泣いてるから」
「泣いてると謝るの?」
「泣くと、大人に、怒られるから……」
家で泣けば、見苦しい、情けないと使用人に
「どうしても、泣きたくなって……、出てきたんだ…………」
「泣くためにうちの庭にいたわけ?」
イザベラの確認に、フリッツは
反射的に目を
「……え…………? な、何?」
驚いてフリッツがイザベラを見ると、
「あら、涙止まったわ。良かった」
そのまま
「おねえちゃぁぁああん!」
「ヴィヴィだわ。あたしの妹」
「あ、ごめん……」
余人の存在に、フリッツは庭から出ようと
「変なの。もう泣いてないのに、どうして謝るのよ。妹が呼んでるから、あたし行くわ」
「え……。僕を、追い出さないの?」
「追い出さないわよ。いていいわ」
「いて、いい……?」
「あたしの隠れ場所だったけど、特別にいていいわ」
自慢げに告げるイザベラに対して、フリッツは言われたことがすぐには理解できず
「あたしもお姉ちゃんだから泣けないの。あたしが泣いたらヴィヴィまで泣くんだもの。そしたらお母さんがすごく困るのよ」
唇を尖らせ不満そうに言うイザベラに、フリッツは頷きを返す以外に思いつかない。
「だから、どうしても泣きたいときにはここで泣くようにしてるの。あたしも同じよ。だからあなたもここでは泣いていいってことにすればいいわ」
泣きたい時があるとは思えない、
何よりフリッツを驚かせたのは、イザベラが口にした言葉こそ、今、フリッツが欲しかったものであったこと。
いていい、泣いていいと許されたことが、フリッツにとっては青天の
フリッツにとって泣くことは、父でさえ
「……なのに許してくれるの?」
「おねえちゃぁぁああん!」
フリッツの
「ヴィヴィが探してるわ。あたし、行くわね」
言うと同時に、イザベラは
このままでは行ってしまう。フリッツは榛の木の下から身を乗り出した。
「あ、ありがとう……っ」
伝えた
去るイザベラの背を見つめ、フリッツは息が苦しくなった。押さえた
それは少年が今まで知らなかった感情。
そしてこれから知って行く想いの
フリッツは、イザベラと出会ったその日から、ヴァインフェス家の榛へ、イザベラに会うため通うようになった。
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