第68話「月夜のうさぎ?」
第六十八話「月夜のうさぎ?」
「これは十番目の魔剣だよ……といっても当初とはだいぶ予定が変わったけど……」
「魔剣だと?……これが……!?」
俺の言葉に、警戒心を露わにしたクーベルタンは距離を取ったままこちらを伺う。
「本来”十番目”の魔剣は”吸収”……強力すぎる
「……」
クーベルタンは俺の説明を聞きながらも、黄金と紅蓮に包まれた剣を凝視していた。
ーーシュルリ
「……」
俺が話す間、
「そうは見えぬ……”ソレ”はそんな生易しい代物とは……」
ーー鋭いな、やっぱり解るか……そうだ、俺は土壇場で方針転換した
「どんな魔剣を用意しても”聖剣”の能力を宿したお前を滅ぼすことは出来ない、何度倒しても再生するんだろ?それじゃあこっちがもたない……だから」
ーーたとえ”ほんの一部”とは言え”聖剣”の
「だから?」
クーベルタンは鋭い眼光のまま促してくる。
「
「なに!?」
「ジャンジャック・ド・クーベルタン、お前は
「!」
俺の指摘にクーベルタンの表情は見る間に強ばった。
「……お前が活用できない分を周囲から出来るだけかき集め、そんで足りない分は俺が失った過去の”
十番目の魔剣の能力、“吸収”で無理矢理、俺の中から奪い尽くした……だから一見枯渇していた俺の能力は一時的に器から溢れた力で回復したのだ。
ーー別の”モノ”すなわちそれは……
「
「余剰分?貴様が失った能力?」
ジャンジャック・ド・クーベルタンは理解していないようだ
……察しが悪いな。
ーーまぁ、元々が各々の
「世迷い言もいい加減にしたらどうだ!そもそも”能力”を吸収する魔剣など聞いたことも無い」
「この魔剣の
ーーっ!?
この言葉には、クーベルタンだけで無く、俺の傍らで手当をする美少女までもが瞳を開いて俺の顔を注視した。
ーー”
「
俺は言いながら思い出す。
ーー「今日は
ーー「ほほぅ……何故?そう思うんだい?」
ーー「出会った時、お前は俺を
ーー「……」
ーー「……あとは勘だ、なんとなく……
ーー「なるほど……それで……ほほぅ、そんな物を?今度は一体何を造っているのだろうね」
「”
フィラシス公国の大騎士という立場のクーベルタンも、当然その
「おまえの”
「同じ?……巫山戯るなよ小僧っ!”
ーークーベルタン男爵様は俺の言葉は信じられないらしい……
「それに”
ーーあり得ん?馬鹿か?……あり得るから、
俺は心の中でそう毒づきながらも表面上は平静を装って続けた。
「それでその魔剣を造るのになにが足りなかったか……”聖剣のなり損ない”と聖剣の取りこぼし”をかき集めて補い……つまり”なに”を創ったか……だけど」
俺はいよいよ本題に入ろうとする。
「戯れ言だっ!貴様の話すことは取るに足らん戯れ言ばかりだっ!」
グワァァァーーーーーー!
グワァァァーーーーーー!
それを待たずに、クーベルタンは叫び声と同時に残った二本の悪魔の腕を振り上げてきた!
「クハハハハァッ!!何故に私が貴様のくだらぬ妄言に長々と付き合ってやったのか解るかぁっ!?」
パラパラと砂埃を上げて鎌首を擡げる二本の巨大な腕は、壁際で逃げ場の無い俺達二人を囲い込むように迫り、影を落とす。
「……”じゅんや”と
俺は面白くなさげな仏頂面で答えてやった。
「っ!?……それを知って尚!くだらぬ妄言を続けたか!救いようのない愚か者だな
ボコォォォォーーーー!
ボコォォォォーーーー!
そして、ジャンジャック・ド・クーベルタンの背中から新たに再生した二本の”悪魔の腕”が先の二本の腕に追加して、包囲網に加わる。
「完全復活だぁぁ!今度は油断はせぬ!最早、そこの
巨大な腕に似つかわしいホースのような血管をビクンッビクンッと脈打たせ、表面にはわらわらと通常サイズの腕と口を無数に生やした”おどろおどろしい”腕四本。
ただならぬ雰囲気と吐き気のするような瘴気は、奴の言うとおり完全本気モードだろう。
「…………」
なんだかんだと俺を見下す発言を重ねていても、ここに来てジャンジャック・ド・クーベルタンは本能的なところで俺の”剣”を恐れている。
「……そうだな、確かにこれほどの化け物なら、”
俺の言葉に、黄金光を纏った懐かしい少年、”じゅんや”は静かに頷いていた。
「
和装の美女、
ーーおお、笑うと凄く良いなぁ……
「しかし”二つ身”ってのが……実は俺の事だったとは……ね」
俺は彼女の過去の発言での、本当の意味に気づき、苦笑いをしていた。
そして次に傍らの少女を見る。
「……準備は全て整った……
ーーそうだ、俺のやるべきこと、手前味噌だが”やれるべき以上”のことはした、あとは全て
ーーコクリ
頷くプラチナブロンドの美少女。
「……」
彼女の香りのする赤いリボンが巻かれた俺の右手……
そこから静かに彼女の白い指が離れていった。
俺の傍らで、ゆっくりと立ち上がる
「…………」
見下ろす形の位置からもう一度だけ、彼女の
緩やかな夜風に揺れるプラチナブロンドと月光に煌めく
その視線の先には、最早、悪魔そのものと化したフィラシス公国の大騎士、
ジャンジャック・ド・クーベルタンがまさに襲いかからんと構えている!
「あなた……無能者……愚か者……貴様如き……色々と
ーーう、
俺は彼女の第一声に少しばかり驚いていた。
「……」
クーベルタンに向けられた
「”なに”を成したか?フッ!ハハハァーー!そんな無能に”なに”も成せる事など無いわぁぁーー!!」
グォォォーーーーーー!!
プラチナブロンドの美少女が放った問いかけに答える気の全くない男は、悪魔の四本腕を荒々しく振り上げて一気に襲い掛かるっ!
「…………」
その時の彼女の瞳は……まるで、氷の月のような冷たい
「……救いようのないひと……
そして、襲い来る黒い狂気を前にして、彼女の桜色の唇は忌忌しげに、およそ可憐な少女に似合わぬトーンで確かにそう呟いていた。
ーーガシャッ!
普段の彼女と違い、雑とも言える動作も、俺には何故かとても優雅に感じた。
「滅せよ!冒涜者どもぉぉっ!うぉぉぉぉっーー!!」
「…………」
ただ、少女の
ーーズシャッ!
続いて引き抜かれた紅蓮の炎を纏った黄金の刀身が、彼女の頭上で神々しく煌めきを放つ!
シュォォォーーン
シュォォォーーン
それと同時に”
グォォォォォーーーー!!
グォォォォォーーーー!!
グォォォォォーーーー!!
グォォォォォーーーー!!
いよいよ迫り来る、四本もの巨大な黒い脅威!
最早お馴染みの悪趣味極まる”悪魔の腕”達!
「
ーーヒュオン
少女は、それに軽く
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
途端に、あっという間に、瞬く間に……
四本の”狂気”はあっけなく撃退される。
それは、風にそよぐ木の葉のように翻り、根元から跡形も無く消失していた。
「カッ……カハッ……!!」
クーベルタンはカラカラに乾いた声をあげて、その場に両膝から崩れ落ち、膝立ちになって
ーー
お膳立てしておいてなんだが、その時の俺は、
「な、なに……を……し」
「撫でてあげただけよ」
驚愕の表情のままで、何とか問いかける男の言葉を終わりまで聞くこと無く、即座に答える少女。
「それ……」
「これは”聖剣”、貴方の言うところの無能者、
またもや相手に言葉を完了させること無く、そう言い放って彼女は剣を前に突き出す。
「……せい……けん?……」
ジャンジャック・ド・クーベルタンは少女を見上げたまま、虚ろな碧眼で剣の切っ先を見ていた。
「……フフッ……ハハハァァッ!」
「…………」
いきなり、堰を切ったように笑いだした男を興味なさそうに見る、
「”聖剣”だと?それが?あの無能が?ははっ!ならやってみろ!この
ザシュッ!
「ぐっ!ぐわぁぁぁぁーーー」
ブシュ!
「ぎゃふぅぅ!」
あっけなく貫通した剣を、
「ひぃぃ!ひぃぃ!あり得ぬ!……がはっ!神の……加護が……」
そして、自慢の鎧の胸の辺りに大穴を開けて、血を吐きながら地面を転がり廻る、フィラシスの大騎士。
ーーうわ、容赦ないな……
”聖剣”を取り戻した
ただの弱者……
ーー俺は思う
世界に八人しか居ない英雄。
ーー世界に八人しか……って!
ーー寧ろ八人も居るのかよこんな規格外が!
「…………」
「…………」
目が合う俺と美少女。
「……なにか?」
思わず間抜けな顔で固まる俺に、
ーーぶんぶんっ!
俺は咄嗟に全力で頭を横に振る。
ーーいえいえ、何もありませんよ、さすがは
とばかりに表情と雰囲気で精一杯表現する。
「……
そんな緊張感を無くした俺に、打って変わって真剣な瞳でこちらを見る少女。
そうだった、元々はその救急班とやらも、俺が
「えっと、そうだな……
俺はプラチナブロンドの美少女が見せる心配そうな表情を誤魔化すようにそう応えると、何気なく建物の上方を見た。
ーーどんっ!
「!」
目をそらした一瞬で……
彼女は……
いや、不意ではあったけど、あくまで優しく、包み込んできたと言う方が良いかもしれない。
「……う、さぎ?」
「いつも、いつも……ムチャばかりして……言ったでしょ、あなたは……自分を雑に扱いすぎなのよ……もぅ……」
そう言いながら、へたり込んだままの俺に縋り付く。
「……」
俺は咄嗟に反論が浮かばない。
ーー甘い香り……彼女と出会ってから何度かあったよな、こんな場面……
優しくて、懐かしい……
「なんだか……安心する」
俺の胸でぽろぽろと涙を溢れさせる少女に、俺は反論どころか意味不明の返事をしていた。
「……」
ズキズキと疼いていた右手は、既にほぼ感覚が麻痺して痛みは殆ど感じない……激痛で熱く燃えていた時とは対照的に、急激に冷たくなり、もう俺の意思では動いてくれない。
ーー右手はもう……駄目かもな……
俺はそのままの体勢で、もう一度上空を見上げていた。
今度はさっきよりもっと先……廃校舎の更に先……
ーー闇の中にぽっかりと青白い月、コウコウと輝く満月……
近い過去に見た光景だ。
あの時と同じ満月……だからあんなものに出くわしたんだろう……
ーー狼、魚人、火の玉、黒い腕……そして……
「…………」
俺の胸には相変わらずの
月光に輝くプラチナブロンドが二つに分けられたツインテール。
嗚咽の度に微妙に揺れる髪は、まるで二本ある兎の耳のようだ。
「月夜だけに”うさぎ”かよ……」
俺はどこかで聞いたような、言ったような言葉を懐かしげに呟いていた。
「…………」
いま、俺の視線の先には、俺に
俺に触れて揺れる華奢な肩は、先ほどまで圧倒的な戦闘力を有して戦場を支配していたとは思えない頼りなさだ。
そして、いま彼女をそうさせているのは、自惚れだろうがなんだろうが……きっと俺だろう。
「
俺の囁くような呼びかけに、少女は縋ったまま滲んだ
「……月が……綺麗ですね…………」
「?」
ーーだろうな……意味わかんないよな……ふつう……
正直、俺にとっては結構な度胸とリスクだったが……
キョトンとする彼女に対して、俺は多少赤い顔で、何でも無いというように再び青い月を仰いでいた。
ーーまあいいさ、今のはいつか来るかも知れない日の予行演習だと思えば……
俺は確証の無い未来にそれを丸投げし、今はただ、もう少しだけ……
その少女とそうしていることを望んでいたのだった。
第六十八話「月夜のうさぎ?」END
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