第66話「通行止めだっ!?」

 第六十六話「通行止めだっ!?」


 ーーヴゥアァァァァァァーーーーーー!!!!


 「げっ!」


 俺は見た!見てしまった。

 あの時の気持ち悪い光景を再び……


 脈打つ巨大な四本のどす黒くも巨大な腕。


 その”悪魔の腕”の表面が泡立ち、そこから生える人間大の無数の腕!腕!腕!


 幹から派生する枝のようにそれらは無数に、そして、それぞれが意思をもつ様にウゾウゾと蠢く……悪夢のような光景。


 そして、そして……今回はそれに付加されて……それぞれの腕の手のひらに……ギザギザの鮫のような鋭利な牙を何重にも蓄えた口が……


 「ううっ……気持ち悪さパワーアップしてるじゃねぇか……悪趣味め……」


 俺は口元を押さえながらも拳を堅く握り、いつの間にか後ろに廻った羽咲うさぎを見る。


 ”誰かを犠牲にしない前提での作戦”……彼女の言う、言ってくれた戦いを始めるためにはこの脅威とも向き合う必要があるからだ。


 ーー共に戦う為に!そうだろ、羽咲うさぎ


 俺は熱い瞳で、相棒パートナーである羽咲うさぎを……


 「…………」


 ーーって、おいっ!?……お前なに、また目を閉じて青い顔してんだよぉー!


 ぎゅっ!ぎゅぎゅっ!


 「…………」


 ーーそれで……おいおい、心なしか俺をグイグイ前に押し出してないか……?


 「ごめんね……盾也じゅんやくん、わたし、こういうの苦手で……」


 「ウゾウゾ!(腕のこと)、ギシャー!(口のこと)の悪趣味怪獣こんなのが得意なヤツなんかいないぃぃっ!!」


 「え……と、ほらっ……あの……頑張れ!男の子!」


 羽咲うさぎは青い顔をしながらも、薄っぺらい笑顔でそう返して誤魔化した。


 ぎゅっ!ぎゅぎゅっ!


 「……お、おおい?……羽咲うさぎさん?」


 ギシャァァァーーーーー!!


 そして、やはり当たり前だが、クーベルタンは今回もそんな俺達の準備を待ってくれない。


 ぎゅっ!ぎゅぎゅっ!


 「だ、だから……羽咲うさぎさん?羽咲うさぎぃぃ!押すなってぇぇっ!」


 ぎゅっ!ぎゅぎゅっ!


 ギシャァァァーーーーー!!


 「……お……おれは……」


 ぎゅっ!ぎゅぎゅっ!


 ギシャァァァーーーーー!!


 「俺は!男女平等社会を推奨するぅぅぅぅーーー!」


 ドカァァァーーー!


 襲い掛かる四本の悪魔の腕を半ば理不尽に押し出された俺の”ガード”が受け止める!


 ズシャァァァーーーー


 そして再び俺の腕を削り、火花を散らして通り過ぎる悪魔の腕!


 「っ!」


 ーー来る!


 ギャギャギャ!

 バシィ!ガシィ!ドカァ!

 ガキィ!グワッ!

 ガジガジ!シャァァァーー!


 本体は豪快に俺の腕ガードを削り、派生する無数の腕は俺自身を殴り、引きちぎり、突き刺し、噛みつき、食い破らんと暴れまくる!!


 「くぅぅ!」


 ーー理不尽なパワーアップしやがって……


 ーーこ、……このままじゃ、如何に”金剛石ダイヤモンドの盾”の強度といえども……


 「じゅ、盾也じゅんやくん!」


 「!」


 流石に見かねたのか、背後から”折れた剣”を片手に前に出ようとする羽咲うさぎを、俺はボロボロに削られた左手で押しとどめる。


 ーー駄目だ……今は、今は十番目の……最後の”魔剣きりふだ”を使っても倒せる状態じゃ無い……


 ”聖剣”の能力ちからを宿したクーベルタンやつはまさに最凶で……不死身の邪神バケモノだろう。


 ギャギャギャ!

 バシィ!ガシィ!ドカァ!

 ガキィ!グワッ!

 ガジガジ!シャァァァーー!


 「ぐぐっ……くぁ!」


 腕を突き刺され、太ももを食い千切られ、腹を引き裂かれる……激痛!


 実際は”のうりょく”で、そこまでの外傷は無いのだが痛みと恐怖は殆ど変わることが無い。


 ーーげ、限界が……近い……俺は……


 「くそっ!」


 ーー”誰かを犠牲にしない前提で作戦を考えなさい!もちろん自分の身も!”


 ーー”わたしが決めてあげる!”


 ーー”あなたは盾也じゅんやよ、鉾木ほこのき 盾也じゅんや!”


 もう既に、どうやって耐えているのかも解らなくなっていた俺は、脳裏に羽咲うさぎの言葉が蘇ってはグルグルと巡っていた。


 「…………」


 ーー護りたいものがある……


 ーー俺は嘗て自分さえも守れずに……逃げた


 ーーその代償が……この無様な”カテゴリ


 最強の攻撃力を誇る”聖剣”になり得たかもしれない能力ちからを失って……そこから得たのは臆病な俺の結晶を具現化したような能力……唯、縮こまり守るだけの力……


 自身を外界の恐怖から守るだけの消極的で利己的な……無様な殻……


 ーー俺が半端な”武具職人アルムスフォルジュ”の”能力ちから”を持つに至ったのも、そんな自己嫌悪から目を逸らすためなのか?


 武器を提供するだけの、自分は決して戦わない、戦っているかのような欺瞞……ひたすら自分だけを守るだけで、それでも、それでも英雄に憧れるという、卑怯でご都合主義の、しようも無い男のなれの果て……


 ーー恥だ……とんでもなく情けない過去……生き恥だ……


 それでも……


 それでも俺は……現在いま、この”カテゴリ”に感謝してる……


 ーーそれは……


 「くぅおぉぉぉーーーー!」


 ーーバシュゥゥゥゥゥゥウウ!!

 ーーバシュゥゥゥゥゥゥウウ!!


 俺の背後から黄金の光が、赤い炎が、濁流のように激しく吹き出していた!


 ギュオォォーーーン!

 ギュオォォーーーン!


 光と炎は二本の帯状になり、銘銘が俺の左右から、襲い来る”悪魔”に向けて伸びて行く!


 ドドーーーーーン!

 ドドーーーーーン!


 僅かにずれた衝撃が二度。


 正面のジャンジャック・ド・クーベルタンの左右で響いた!


 「ガッガハァァッッ!……な、なんだと!」


 それは黄金の光、紅蓮の炎の帯となった。

 まるでクーベルタンの”悪魔の腕”の様に……


 いや、それさえも圧倒する存在として!


 悪魔の四本腕を双方が左右に纏めては、地面に叩きつけていた!


 「ぐぅぅおおぅぅっ!!」


 ギャッギャッギャッ!!

 ギャッギャッギャッ!!


 フィラシスの大騎士たる、”百腕百口魔神ヘカートケル”の誇る四本腕は、右側に二本、左側に二本……俺が放った二本の”帯”に押さえ込まれ、左右共、同じような状態で地面にめり込み、あらぬ方向に拉げて痙攣している。


 「羽咲うさぎ!剣を!最後の剣を顕現させろ!それに……」


 「ぬぅおぉぉぉぉーーー!」


 しかし、雄叫びと共にクーベルタンは”百腕百口魔神ヘカートケル”の腕に渾身の力を込め、地中から引きずり出そうとしていた。


 俺の黄金の光と紅蓮の炎に押さえられている”悪魔の腕”には、ジリジリと理不尽なる”聖剣”の能力ちからの一部が宿り始め……ドクンッドクンッと黒くて図太い血管を脈動させていく……


 「ちっ!させるかよっ!」


 ギュオォォォーー!

 ギリギリギリッ!


 更なる力でそれを押さえ込み続ける俺の黄金、紅蓮、一対の光と炎……


 ーーこれは……なんていうか、腕相撲だっ!


 そう、規模がとてつもなく大きい腕相撲といえるだろう。


 「くっ!……羽咲うさぎ……は、や……く、剣を……」


 「あ……う、うん!」


 あまりにも大雑把な……

 いや、ここはあえて体裁を整えて”ダイナミックな”と表現しよう。


 つまり、あまりにもダイナミックな戦闘風景に、羽咲うさぎでさえ一瞬戸惑ってしまった程だ。


 ーーヒュン!

 ーーヒュオン!


 羽咲うさぎは俺の背後で、最後の魔剣を顕現させようと左手の片手剣を振るう。


「ぬぅぅっ!!さっさせるかぁぁぁぁーーーー!!」


 バシュゥゥゥーーー!

 バシュゥゥゥーーー!


 一気に力を解放させた、”百腕百口魔神クーベルタン”!


 「くそっ!」


 ごく一部とは言え、”聖剣”の能力ちからを付加された”悪魔の腕”の前に、俺の”帯”は霧散して消えていた。


 ブォォォーーーーン!!

 ブォォォーーーーン!!

 ブォォォーーーーン!!

 ブォォォーーーーン!!


 そして再び鎌首を擡げる四本の悪魔の腕!


 獲物ターゲットは勿論、俺の後ろにいるプラチナブロンドの美少女だ。


 「それこそ!させるかよっ!」


 ーーざっ!


 俺は大の字に身体からだを広げて再び”盾”となり、悪魔の進入を防ぐ!


 ギャギャギャ!

 バシィ!ガシィ!ドカァ!

 ガキィ!グワッ!

 ガジガジ!シャァァァーー!


 「ぐぐっ……!」


 「じゅ、盾也じゅんやぁっ!!」


 状況に気づいた羽咲うさぎが魔剣の顕現を中断し、危機的状況の俺を顧みていた。


 「続けろ!羽咲うさぎ!」


 「っ!?」


 俺はそんな彼女を一喝する。


 「ま、以前まえに言った……よな……俺にも”武具職人アルムスフォルジュ”としてのプライドがあるって……」


 ギャギャギャ!

 ガキィ!バキィッ!


 「くっくぅぅ……」


 「で、でも!?」


 羽咲うさぎはそれでも俺の状況が気に掛かるみたいだ。


 「お……お前に応えられるような剣を創るのは願ったりだ……って……じゅ、十番目の……くっ……は……ち、力を、かなり集める必要がある……お……れと……う……ぎのだ……」


 ドカッ!ガキィィーーン!


 「がはっ!……」


 激しい攻撃に晒され、血を吐く俺。


 「盾也じゅんやくんっ!!」


 「わ、解るか!?羽咲うさぎ!……うぅ……さっきの”黄金光”と”紅蓮の炎”……た、たてほこ……」


 「えっ?」


 見開く翠玉石エメラルドの瞳を見て俺は笑ってみせた。


 「ペチャクチャと五月蠅いんだよ!死に損ないぃぃぃ!!」


 ドカァァァーーーー!!


 「ぐっぐはぁぁ!」


 「じゅ、盾也じゅんやくんっ!」


 ーー強烈だ……モロに入った……

 ーーはぁはぁ……痛い……苦し……い……一番だ……いまのは……い、いままでで……


 胃から内容物どころか内臓さえ逆流するほどの吐き気の中、俺はそれでも、激痛と苦しさで涙で濁った目で、躊躇う少女をとらえていた。


 ーーだか……ら!


 「黄金と紅蓮!、”黄金の少年と紅蓮の……”炎の玉アウム”の狐!、盾と矛!……”十番目きりふだ

 ”とはつまり!」


 ガキィィィーーーン!


 渾身の力で、尚も迫り来る悪魔の腕を弾き返し続ける俺!


 「盾也じゅんや……くん」


 ーートンッ!


 俺の必死の訴えから何事かを察したであろう表情の羽咲うさぎは、そのまま後方に、傷ついた身体からだと思わせぬ軽快さで一歩飛び退いた。


 ーーヒュオン!


 そして再び片手剣を振りかざす!


 「わかった!解ったよ、盾也じゅんやくん!」


 ーーヒュン、ヒュオン!


 ーーシャラン!シャラン!


 羽咲うさぎの美技が空を断つ!


 折れて存在しないはずの刀身が、集った光の玉で補われ、ゆっくり、ゆっくりと、その抜き身の形状を形勢しはじめていた。


 「ぬうぅぅ!そうはさせぬ!させぬぞ!」


 ジャンジャック・ド・クーベルタンが喚き、俺を打ちつける”悪魔の腕”の猛攻はその嵐の度合いを更に増していった。


 ギャギャギャ!

 バシィ!ガシィ!ドカァ!

 ガキィ!グワッ!

 ガジガジ!シャァァァーー!


 「ぐぅっ!く……!」


 ーー耐える……ひたすら……耐えるのみ……いまは……


 キィィィーーーン!


 十番目の魔剣は、より多くの光を取り込みながら完成へと一歩、また一歩、確実に段階を経ていった。


 ガシィィ!


 「ぐわっ!」


 悪魔の腕の一本、その一撃に、俺の左肩から鮮血が吹き出し、持っていかれた左腕が大きく後方に逸れてから、だらりと風の無い日の吹き流しの如く力なく垂れ下がった。


 ーー左肩がはずれたか……くっ……


 「どうしたぁ!無能者よ!自慢の”シールド”とやらの強度が随分と下がってきたのではないかぁっ!?」


 激しい嵐の猛攻を継続しながら、フィラシスの幻獣騎士バケモノはニヤリと口元を歪めてわらう。


 ドカァ!ドスゥ!

 ガキィ!グワッ!

 ガジガジ!シャァァァーー!


 「…………」


 俺は耐える……右手のみ構えた状況で、地面に根が生えたような瀕死の両足で……耐えるのみだ!


 「ちっ!しぶとい!しぶとさだけは認めてやろうぅぅぅ!」


 ーーグワァァァァァ!!

 ーーグワァァァァァ!!

 ーーグワァァァァァ!!

 ーーグワァァァァァ!!


 一気に、嵐の元凶たる”悪魔の腕”が四本同時に大きく鎌首を擡げ、俺の上空は影で覆われた!


 「!?」


 「終わりだ!半端な無能者!」


 ドシュッ!

 ドシュッ!

 ドシュッ!

 ドシュッ!


 そして一斉に、一糸乱れぬ四本の狂気が、一筋の黒い流星となって俺を……


 「死ねぇぇぇーーーーー!!」


 ーー踏ん張りどころだ!ここが盾男の……盾たる一番の見せ場だ!


 俺も残った最大の”ちから”を振り絞って備える!


 「ここから先は通行止めだぁぁぁぁぁ!」


 ガコォォォォォォォーーーーーーーォォォォォォンンン!!


 ーーー

 ーー

 ー


 「………………なぜだ……信じられぬ……”百腕百口魔神ヘカートケル”の四腕一体の強撃を……」


 大きく弾かれ、あちこちに飛び散る四本の腕……


 黒い狂気は、それぞれが各々の方向に弾き飛ばされ、壁を砕き、地面にめり込み、大木を横倒し、空中を彷徨っていた……


 「はぁ、はぁっ……盾人間の盾也たてなり様をなめんじゃねぇよ!」


 俺は驚愕で、まぬけ面を晒すフィラシス人に啖呵を切っていた!


 フラフラの足で、死力を使い果たした状態で……


 「……」


 ーーブワッ!


 「な、なんだ!?」


 だが、四本腕の中心、フィラシスの大騎士は、直ぐに次の行動に出てくる。


 顔を引き締め直し、冷静に、淡々と、まるでつい先ほどのことが無かったことのように、主力である”悪魔の四本腕セルマンルブラ”を一時的にあっさりと諦め、影のように移動して、立っているのがやっとの、俺に寄り添うような距離まで詰めていた。


 ーーキラリッ!


 ドシュッ!


 鈍い光が月光に閃き、クーベルタン自前の右手に握られた一振りの短剣が俺の胸を穿った!


 「がっ……はっ!?」


 ーーこれは?……おれは……これ……っている?……


 目標ターゲットを仕留めるためには障害物を当然の如く素通りする”魔剣”……


 「致死の魔剣カリギュラっ!?」


 ーーニヤリッ!


 フィラシスの幻獣騎士バケモノは不適な笑みを浮かべ、俺をアッサリ通り抜けた自身の右腕ごと、俺を串刺しにしたような形で一気に踏み込んで来る!


 ドンッ!


 「ぐっ!くそーーーー!」


 真正面からの体当たりを喰らった状態の俺は、そのまま男の馬鹿力で後方へ押しやられ……


 踏ん張る暇も無い!いや、瀕死の両足では踏ん張ることも出来ない!


 ズシャァァァァーーーー!


 押し込まれ、引きずられ、俺の足は砂煙を上げて、身体からだごと後方に、一気にもって行かれた!


 貫かれたと言っても”致死の魔剣カリギュラ”は俺の胴体を素通りしただけだ……


 つまり……俺の背中から生えるクーベルタンの腕……そして握った”致死の魔剣カリギュラ”……


 ーー押しやられる……お、俺の後ろには……羽咲うさぎがっ!


 ズシャァァァァーーーー!


 「うっ!うさ……」


 ーードンッ!


 「きゃっ!?」


 背中に伝わる衝撃……


 俺の背中に触れた柔らかい感触は、羽咲かのじょを意味していた。


 「しまっ……!」


 俺の背後、ほんの一メートルほど後ろに居たプラチナブロンドが映える美少女。


 クーベルタンの”致死の魔剣カリギュラ”を握った右腕は、本体を貫いて俺の背中から生えた様な右腕は……俺越しに羽咲エモノを刈り取って……!?


 ズシャァァァァーーーー


 バァァァンッ!!


 「ぐはっ!」


 「きゃっ!」


 そのまま、”化け物クーベルタン”の右腕に連なって突き抜かれた様な俺達は……


 尚も……俺と羽咲うさぎ二人になっても、衰えを知らぬクーベルタンの馬鹿力は俺達諸共、さらに後方へ押し込んで廃校舎のコンクリート壁にまで達し、激突していた。


 第六十六話「通行止めだっ!?」END

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