第60話「月と華とプラチナの騎士?」

 第六十話「月と華とプラチナの騎士?」


 ーー月光の微笑で魅せる美少女


 「私が欲しいなら……鉾木ほこのき 盾也じゅんや


 自分の中で何かを確認するかのように丁寧に俺の名を呼んで、怪物越しのこちらにボロボロの剣先をゆっくりと向ける、暗闇でさえ映える翠玉石エメラルドの瞳の少女。


 プラチナブロンドの髪と銀色の刃こぼれした刀身を廃墟に漏れ入る月光に輝かせる美少女は、神秘的な微笑みを浮かべて立つ羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルはーー


 いつもより紅が増して見える整った唇の口角を誇らしげにあげてーー


 「その日を飛び越えて来いっ!」


 そう宣言した。


 「…………」


 ーーそして


 ーーそして俺は……


 ーー俺はその少女を……身震いするほど綺麗だと思った。



 闇に注がれる月光のスポットライト、そのただ中で”ぼんやり”と浮き上がる白磁の肌と自信に満ちた翠玉石エメラルドの瞳。


 その姿は、どこまでも透明で……どこまでも……


 ーーぶるっ


 俺は背筋を震わせた。


 「月華の騎士グレンツェン・リッター……これが……」


 そして俺は……今、改めてその偉名を理解していた。


 麗しき佳人にして気高き騎士、それこそがファンデンベルグ帝国が誇る”月華の騎士グレンツェン・リッター”。


 その麗しの佳人は、いま俺に……俺だけに微笑んでいる。


 「…………」


 ーーなんだよそれ……反則だろ……


 俺はなんだか、そうぼやきたい気分だった。


 そして麗しの月華の騎士グレンツェン・リッター様は、俺の方へ向け、無様にしてなお光を放つ俺が生み出した”魔剣”の切っ先を差し向けて微笑んだままだ。


 「その日を……飛び越えて来い……って……おれ……は……」


 グォォォーーー!


 「っ!?」


 俺がなんとか言葉を返そうとしたとき、


 ”火”は……いや、異形と化した”フィラシスの大騎士”、ジャンジャック・ド・クーベルタンは獣のように咆哮する!


 グォォォーーー!


 ビリビリと鼓膜を引き裂く様な獣じみた雄叫びと共に悪魔の四本腕を、佇む羽咲うさぎめがけて振り下ろすっ!


 ブォォォーーーン!

 ブゥゥーーーン!


 「羽咲うさぎっ!」


 だが、結果から言うと俺の心配は全くの杞憂だった。


 ブォォーーン!

 ドゴォォーー!


 漆黒の空間を引き裂き、コンクリートの壁をバターのように削り取る……


 そんな強力な一撃、巨大さに似合わぬ息もつかせぬ鋭い腕の連続攻撃は、それでも羽咲うさぎに掠ることさえ無い。


 ブォォォーーーン!


 「……」


 ブゥゥーーーン!


 「……」


 右へ左へ、後ろへと、舞い散る花びらの様に左右に華麗に舞う彼女。


 闇に舞う彼女のスカートの裾と輝くプラチナブロンドが、そこで翻り続けていた。


 「お……おぉ……」


 それは……優雅な旋律のように、あるいは、流麗な文章のように……

 淀むこと無く風に踊るプラチナの羽。


 状況を一時置いて、感嘆の声を漏らす俺。


 「盾也じゅんやくん……誰の人生だって壁や傷はあるの……あなたのはそれが……ちょっと他人ひとより高くて、深い……だけ……」


 羽咲うさぎは決して容易ではない状況で、息を乱すこと無く俺に語りかける。


 ブオォォーーン!!


 醜い黒い腕の下で翻る輝くプラチナの尻尾……


 「出来るはずだよっ!わたしの知っている鉾木ほこのき 盾也じゅんやなら!……絶対、ぜーーったいっ!!」


 ーー羽咲うさぎ……


 「だからっ!」


 悪魔の黒い腕が大きく、大蛇の如く、天井スレスレに疾るっ!


 「この”怪物”を……そして、その”過去”を飛び越えてっ!」


 ズドォォーーーーンッ!!


 すさまじい激突音と共に密閉された闇の空間に煙幕のような塵芥が濛々と舞う!


 ーー彼女は理解わかっていてそう言うのか?……


 俺の最後の最後の最後の手段……俺が苦し紛れに画策する……


 今この状況を打開できるかもしれない微かな確率の……”無理心中やけっぱち”……九年前のように……


 ーーだから羽咲うさぎは……俺に新たな選択肢を掴めと……


 「…………」


 俺の拳には、いつしか力が籠もり……


 ドカァァァッ!


 「!」


 ガシィィッ!


 「っ!」


 益々猛威を振るうクーベルタンの巨大な悪魔の腕と、それをギリギリで躱し続ける少女……


 「…………」


 暗中で……濛々とした粉塵の中で……


 「…………」


 この絶体絶命の窮地にあって、情けなく滲んでいたはずの俺の視界はヤケにハッキリとする。


 「目の前の怪物バケモノ……その”火”を飛び越えて」


 俺の口は意識すること無く言葉を零し。


 「そして、そして過去の”日”さえも飛び越えて……」


 ハッキリとした視界で、怪物の姿が大きくなっていくーー


 ーーダンッ!ダンッ!ダンッ!


 「その”過去”を飛び越えて……」


 俺は呟く。


 「そうよ!この”怪物”を飛び越えて……」


 怪物の向こうの彼女が応える。


 グォォォーー!!


 怪物バケモノの鋭い一撃が、一層勢いよく横一線した!


 ーーザシュッ!


 それをも紙一重で躱し、彼女は黒ずんだ悪魔の腕に斬りつける!


 ーーダンッ!ダンッ!ダンッ!


 俺はーー


 ガッ!


 「!」


 だが、同時に放たれた二本目の悪魔の腕に僅かに崩したバランスの足下を払われる少女……


 「羽咲うさぎっ!!」


 ーーダンッ!ダンッ!ダンッ!


 そうだ……俺は踏みだし、走り出していた!


 そして俺の視界には、既にその悪魔の巨腕が一杯に広がっていた!


 「その日を飛び越えてっ!わたしのところに来い!盾也じゅんやぁぁっ!」


 堪らず尻餅をついた彼女は、それでも俺を見据えて続きを叫ぶ!


 ーーっ!


 もはや……否も応も無い!!


 ブォォォォーーーンッ!


 尻餅をつき、咄嗟に動く事が出来ない少女。


 そこに、容赦なく巨大な悪魔の爪が振り下ろされる!


 ーー軽い!こんなに軽いのか!?


 踏み出した俺は驚いていた。


 俺の足は、身体からだは、地を蹴るごとに、瞬く間に加速していっていたのだ!


 怪物クーベルタンの前で震えていた身体からだは……


 いや……九年前からすくんでいた鉾木ほこのき 盾也じゅんやは……


 ーーガキィィィーーーン!!


 「グォォォ!き、貴様ぁっ!!」


 大人の腰回りほどはある巨大な悪魔の腕。


 筋肉が隆々と盛り上がる巨人の腕に生える爪は猛獣のそれを凌駕する凶悪なやいばだ。


 「くっ……!」


 ズシリと響く鈍痛に、ビリビリと痺れて一瞬感覚がとぶほどの衝撃……


 だが……それでも、それを弾き返すのは俺の……シールド


 その枷を解き放つのは目の前のプラチナブロンドの少女!


 尻餅をついた少女と悪魔の腕の間に強引に割り込んだ俺は、見事にそれを退けた直後、背後の少女に目配せしていた。


 「今度は約束守れよ羽咲うさぎ!今度こそキッチリとおまえの胸を……」


 正面でクーベルタンの顔があからさまに怒りに歪む!


 「こ、この!雑魚がっ!!」


 「ちっ!」


 ガキィィィーーーン!!


 俺は、苛立ちと共に放たれた二撃目の悪魔の腕をも弾き返す!


 「いまっ!」


 ザシュゥゥゥーー!


 そして、俺の羽咲あいぼうはその一瞬の隙を見逃さない!


 俺の脇から飛び出した少女が、無防備に万歳する悪魔の腕を見事に切り落としていた。


 「ギャッギャァァァァァァァーーーーーー!!」


 流石の怪物バケモノもこの苦痛には絶叫して、後方に数歩下がっていった。


 「…………」


 羽咲うさぎはボロボロになった片手剣を振り上げたまま、怪物バケモノが一旦退いたのを確認してから……


 ーー!?


 振り返った彼女は、可愛らしい桜色の唇を綻ばせて悪戯っぽく微笑わらった。


 ーーおぉっ……か、可愛い……


 そして、俺のだらしない顔を眺めて可憐な唇が動く。


 「約束?しらなーーい」


 ーーは?


 「!ちょっ、ちょっとまてよ、胸に興味があるなら来いって!?」


 ついつい彼女に見惚みとれがちの俺だが、流石にその返答は看過できない!


 「興味があるんでしょ?って聞いただけだもーん、なんにも約束してないよ、盾也じゅんやくん」


 可愛い仕草で、汚い言い逃れをする、プラチナブロンドの美少女……


 「…………た、たしかに……くっ」


 本当の悪魔は……此奴こいつかも知れない……プラチナの悪魔……


 「…………」


 グォォォォォーーーー!!


 ーーっ!!


 束の間の彼女との日常を、無粋な雄叫びでかき消したのはやはりアイツだ。


 尊大で、威圧的で、傲慢な、空気の読めないフィラシスの大騎士、ジャンジャック・ド・クーベルタン。


 「ウォォォォーー!許さぬ!許さぬぞ!神の御業みわざを傷つけることなど!!」


 正面で急速に膨れあがる巨大などす黒い殺気の塊!


 ーーググググゥ……


 ヒステリックに喚き散らしながら、右手に持った”守護石アムレット”を力任せに握りしめる男。


 「な、何をする気だ!?」


 ギュォォォォーーーーー


 いつしか男の手の中の”守護石アムレット”が激しい光を放ち、悲鳴のような音を響かせていた。


 「吸収するつもりよ……」


 俺の傍らで、同様にその様子を窺っていた羽咲うさぎが呟く。


 「吸収?”聖剣”の能力ちからをか?」


 ーーヒュン!ヒュン!


 羽咲うさぎは頷くと、左手に握ったボロボロの魔剣を数度、素振りしはじめた。


 ーーキィィン!


 甲高い金属音と共に、魔剣それは鈍く光り、そして、完全な刀身を蘇らせる。


 四度目の奇跡……四番目の魔剣だ。


 「”聖剣”の力を吸収することは出来ない……でも、だからといって、怪物アレを放置することは出来ないわ……今度こそこの剣で……」


 決意した羽咲うさぎの言葉に俺も頷く。


 「そうだな……羽咲うさぎ、四番目の剣は……」


 ギュォォォォーーーバシュゥゥゥゥーーーーー!!


 「なっ!」


 「!」


 俺が言葉を終える前にその異変は起こった。


 ”聖剣”の力を宿した”守護石アムレット”から大量の光が溢れだし、それを握っていた男の手の中から消失する!


 「に、握りつぶした!……いや、まさか、吸収したのか!」


 グォォォォォーーーーガグァァァァーーーーーははははぁぁぁぁーー!!


 両手を大の字に広げ、背中に生える三本の悪魔の腕をもパラシュートのように大々的に広げて叫ぶ異形の大騎士、ジャンジャック・ド・クーベルタン!


 俺達が目の前に居るのもお構いなしの、隙だらけの格好だが……


 ーーあれは何なんだ?非道く恐ろしい威圧感と、汚らわしい嫌悪感……

 ーーそしてひどくイビツで……見ていて吐き気さえする……感覚


 「ありえないわ……”聖剣”の力は英雄級ロワクラスである、わたししか扱うことが出来ないはず……」


 「……」


 ーーその通りだ……俺もそう思う……けど


 現実にその現象は目の前で起こった?


 いや、実際のところの真偽は置いておくとしても、そのように見える。


 そしてそう言った羽咲うさぎの声にも不安の色が含まれていた。


 「フフフ、フフフフ……確かにそうだ、そう言える!そう言うものだ!しかし!」


 クーベルタンは滑稽なポーズのまま、愉快そうにこちらを見ながら俺達の疑問に答える。


 「”百腕百口魔神ヘカートケル”の能力は”飽くなき飽食”!」


 そこで大きく開いた三本の悪魔の腕はそのままに、自前の腕で俺達ふたりをゆっくり確認するように指さしていく。


 「加えて”聖剣”の力は、クズのおかげで、この”守護石アムレット”に閉じ込められているという異例の状態であり、一部とは言え制御可能な状態である!これらの条件が揃いすぎるほどそろっている状況なら……」


 「……吸収できるとでも?」


 ーーそんなことがあり得るというのか?


 俺は巫山戯た態度のクーベルタンを睨みながら問うていた。


 「…………いや、ふふ……誠に口惜くちおしい……ここまでしても、残念ながら全てとはいかない……その半分くらいは我が意のままに出来るだろうが……実に……口惜くちおしい」


 俺の問いに間接的に回答する形の言葉を漏らしたクーベルタンは、大仰に項垂れる。


 「……」


 俺も、羽咲うさぎも顔はその男に向け、最大限に警戒したままで、お互いに計りかねるこの状況に戸惑っていた。


 ーー

 ー


 「……まぁ……しかし……」


 ゆっくりと頭を上げるフィラシスの大騎士……クーベルタン。


 「しかし……今はそれで十分とは思わないか?……不敬な者達よ」


 ジャンジャック・ド・クーベルタンは、気味が悪いほど歪んだ口元で……わらってこちらを窺い見ていた。


 「……」


 何かにとりつかれたような、尋常では無いおぞましい視線に俺の背筋はゾッとする。


 最早、異形どころか、悪意に飲まれ、文字通り悪魔じみた表情になりつつある男。


 「……」


 ーーたしかに……”聖剣”の半分の力でも、いや、半分もあれば、対抗できる者は地上には殆どいないだろうな


 そんな存在と対等以上に渡り合えるのは、俺の知る限り同格の英雄級ロワクラスしかいない。


 とどのつまり、”聖剣”には”聖剣”しか対抗できないということだ。


 ブワァァァァァーーーーーー!


 ーー!?


 グッ!グッ!ググゥゥ!


 突如、クーベルタンの周りの大気が弾けたような破裂音を響かせ、同時に男の背中が!その筋肉が!モリモリと異常に盛り上がっていく……


 「な、なんだ!それはっ!?」


 俺がそう叫んだときには、既にそのフィラシス人の背中にあった三本の悪魔の腕は四本に復活し、瞬く間にそれぞれが肉を帯び、どんどん太くなっていく。


 ーーギュムギュムギュムム!!


 背中から肉塊が次々溢れ出て、巻き付いて出来上がっていく異形。


 野球のバットのように、先へ行くほど太くなる悪魔の腕。


 既に手首の付近に至っては、直径一メートルはありそうな大木になっていた。


 ーーうう……気持ち悪い……なんだ……これ……


 目をそらしたいのは山々だが……


 この危険な状況ではそうもいかない。


 現に羽咲うさぎ翠玉石エメラルドの美しい瞳で、この醜い光景を凝視……


 ーーしていない!?


 「う、羽咲うさぎ……?」


 「ごめん、苦手なの、あんな感じ……盾也じゅんやくん、お願い」


 「……は?……あ、あぁ……」


 ーーいやっ!なっとくいかねーー!

 ーーこんなもん、得意な奴がいるかよ!くそ!


 「羽咲うさぎ、そんな事言ってる場合じゃ無いぞ!ちゃんと見ろ!ってか何とかならないのか!斬るとか?」


 「うっ……」


 剣を持ったままで両手で口元を押さえる、結構、緊急事態の美少女剣士。


 ーーだっ駄目だ……お嬢様は気分が優れなくていらっしゃる……てか俺の背中に吐くなよ……


 メキッ!メキッ!メキッィィィ!!


 「!?」


 そんなやり取りをしている間にも正面は更にえらいことになっていた!


 更に巨大になった悪魔の腕から、新芽の様に無数に生える等身大の数多の腕!腕!腕!


 「……おいおい、腕から腕が生えるって……どんなセンスしてんだよ……」


 おぞましい腕のバケモノ……俺は、ただただ唖然とするしか無かった。


 「フハハハッ!これが百腕百口魔神ヘカートケル百腕ひゃくわん!これこそが真の”神の腕セルマンルブラ”の姿だっ!!」


 フィラシスの大騎士……いや、最早、幻獣種げんじゅうしゅ、”百腕百口魔神ヘカートケル”のなり損ないは、俺達の反応などお構いなしに、如何にも誇らしそうに宣言していた。


 第六十話「月と華とプラチナの騎士?」END

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