第57話「魔王と勇者の剣?」

 第五十七話「魔王と勇者の剣?」


 「あぁ、そうだ!初めに言っておくけど、キミには無理だよ、あの”空亡鬼そらなき”とかいう幻獣種げんじゅうしゅを倒すのは」


 輪郭がややぼやけた、存在感が希薄な少年はそう言って笑う。


 「”じゅんや”……そんなのやってみなきゃ……」


 全然そんな気も無いくせに……


 戦うなんて思ってもいないクセに……


 でも、頭ごなしにそう言われて、悔しくて僕は反論する。


 「わかるんだよ、なぜって?それは盾也じゅんやが一番わかってるだろ?”空亡鬼あれ”と普段遊んでる”火の玉”は全然違うって」


 「…………」


 不満顔の僕は、黄金色の光に包まれた僕と同じ顔の少年、”じゅんや”に簡単に言い負かされる。


 「そもそも盾也じゅんやは英雄に憧れているくせに、”戦士ソルデア”になるための訓練もしないどころか、この”能力ちから”を両親にだって隠してた」


 ”じゅんや”はそう言って自分を親指で指さして、楽しそうに此方こちらを覗っている。


 「ーー!」


 僕は……というと、


 ”じゅんや”の言葉の内容よりなにより、”両親”という単語に反応し、瞳が瞬く間にウルウルと水気を帯びていった。


 「はいはい、死んだ人たちのことを思い出しても仕方ないでしょ?盾也じゅんやはホント泣き虫だなぁ」


 平気な顔で、まったく他人事で……僕と同じ顔の少年は相変わらず笑っていた。


 「…………」


 僕の両親はーー


 今も僕の頭の上、ずっと上に浮いている”空亡鬼そらなき”の最初の襲撃の時に、崩れてきたビルの下敷きになった。


 その時、たまたま運が良かった僕は助かったけど、瓦礫の下の両親は……その後どうなったかは解らない。


 その場で一人生き残った僕には……子供には、それを知るための力も行動力も無かったから。


 「ただ、怯えて泣いているだけ……丸一日、近くの避難民キャンプに保護されるまで……ほんと、盾也じゅんや盾也じゅんやだね」


 呆れたようにそう言いながら、”じゅんや”は手を差し出してくる。


 僅かに黄金光に縁取られた希薄な小さい手のひら。


 「……」


 僕はその手をじっと見ていた。


 「全然ダメダメな盾也じゅんやだけど、その潜在能力ポテンシャルだけは僕が保証するよ」


 「ぽてとさる?」


 ”じゅんや”の言葉に、僕は瞳をパチクリとさせる。


 「ポテンシャルだよ、潜在能力ポテンシャル盾也じゅんやはバカだなぁ……」


 「な、なんだよ、さっきから!”じゅんや”のクセに!僕がいないと何も出来ないくせに!僕にしか見えないくせに!」


 「……そうだよ、だから盾也じゅんやは凄いんだよ、この”能力ちから”が何なのか、わからなくて、しかるべき施設で検査も教育も、訓練も受けていないのに……ううん?ちがうよね、この”能力ちから”はそんなものではどうしようも無い、洗練させたり、磨くことは出来ても、そもそも持って生まれた希有な才能なんだ」


 怒った僕に、”じゅんや”はまったく同じ表情で、笑ったままで、なんだか色々とわからない難しい話をする。


 「……なに言ってるのかわからない……せんれん?けう?」


 僕は目の前の、自分そっくりの少年の言うことの半分も理解できない。


 八歳の僕には、ちょっと難しい話だった。


 「ゴメンゴメン、盾也じゅんや、キミには難しすぎたよね」


 「ま、またバカにして!」


 そうだけど、けど……他人に……”じゅんや”にそう言われると腹が立つ僕はやっぱり子供なんだろう。


 「あのね、キミは僕という存在をその生まれつき備わった”能力ちから”で創り出した。多種多様の力を世界中からかき集め……でも、それは本来なら”聖剣”という武器を創り出すための”能力ちから”なんだ」


 「……やっぱりわからない……せいけん?」


 ほんとに”じゅんや”の言うことはわからない。


 今日はいつもより、なんだか難しい話が多いような気がした。


 「”聖剣”はね、”勇者”の持っている剣だよ、盾也じゅんやも大好きだろ?”勇者”の物語、どんな怪物も一発でやっつけちゃうすごい武器だ」


 「おぉーーーー!」


 僕は、そこで初めて納得いったように大声を上げていた。


 今日の中で一番わかりやすい話だ!


 「けどね、キミはまだこの”能力ちから”を知らなさすぎる、”じゅんやぼく”を、これを制御するための教育も訓練も受けていない……なにより、まだまだキミは幼すぎる」


 「……まただ!また難しくなった!」


 今日の”じゅんや”はおかしい、なんか難しい話ばかりする……


 「とにかく、いまのキミでは”能力ちから”をうまく使えないし、”勇者の剣”は創れない、ダメダメなんだ」


 「”勇者の剣”が……”せいけん”がなくちゃ、”怪物”は倒せない?」


 僕はチラリと前方の上空に視線をやり、その後、存在感の薄い、僕にしか見えない友人に尋ねた。



 ーーごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!


 周りの瓦礫を吸い込みながら地上数十メートルに浮遊する巨大な黒い塊。


 此所ここは結構な規模の都市、その中心部だというのに現在いまは辺り一面瓦礫の山で、激しい空襲があった直後よりなお非道い有様だった。


 そしてそこにはーー


 ーーごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!


 黒い太陽と見間違う”それ”はーー


 破壊され、無惨な姿に変わり果てた建造物を、人を、木を、森を、周辺の全てを吸収しながらそこに君臨していた。


 ーーごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!


 凄まじい騒音……巨大な掃除機?


 いや、ブラックホールが地上に現れたとするときっとこういう感じなのだろう。


 ーー現在、歴史上観測された中で最大の幻獣種げんじゅうしゅ……


 それは、超一級災害に認定された高位幻獣種げんじゅうしゅ、”空亡鬼そらなき”の姿だった。



 「…………」


 あの二人の大人に、ここに連れてこられてから僕は出来るだけソレを見ないようにしていた。


 大きすぎて、嫌でも視界に入るソレを、今の今まで無いモノのように振る舞っていた。


 ーーだって、それを考えると……足がすくむから


 ーーどんなに諦めても、”空亡鬼かいぶつ”はやっぱり怖すぎるから……


 「ダメだね……アレは凄く強いんだ、怪物の中でもたぶん最強のひとつだよ」


 ”じゅんや”は上を見て、アッサリとそう言った。


 「”まおう”ぐらいつよいの?」


 「”魔王”ぐらい強いね」


 ーー”魔王”……


 いつのときも、どんな英雄物語にも登場する”勇者”の天敵。ラスボス。物語の終わりの条件……


 子供の僕の強さの基準は、その最高値は、いつだってそこがマックスだ。


 「……どうしよう……”じゅんや”……どうしよう」


 「……にげるしか無いでしょ?うまく逃げて……」


 「ダメだよ!」


 「!」


 まるで魔王のような恐ろしい敵……それに怯えきっていた僕は、唯一とも言えるその提案を拒絶した。


 いつも優柔不断な僕の確かな拒絶。


 「だ、だめだよ……にげるって……僕は……僕は”あの人たち”がいるところには帰りたくない……またいやな顔で見られて、いじめられて、こ、こんどは、殺されちゃうかもしれないんだぞ!」


 そうだ……今の僕は……


 魔王はもちろん怖いけど……けど……


 あの大人たちはもっと怖い……


 子供の僕にとっての恐ろしさの基準は、現実的な怖さを感じる大人達……


 ついさっきまで、僕をいじめてきた大人達……


 だって……


 魔王は生まれつき悪者……悪の王様だけど……


 大人あのひと達はうそつきだ……味方のフリして……普段は優しいフリして……


 独りぼっちになった僕には……何も出来ない僕には……


 ーー非道いことをする……


 「…………」


 「……じゃあどうするの?盾也じゅんや?」


 「そ、それは……」


 けど僕に答えなんか無い。


 僕はただ怖い物から逃げたいだけだからだ。


 「そ、そうだ!……あのお姉さん達を追いかけよう!あのお姉さんはきっと、”のうりょくしゃ”だよ!だってすごく強そうだったもの!」


 名案だと、良い事を思いついたと、瞳をキラキラさせる僕を尻目に”じゅんや”は首を横に振っていた。


 「無理だね、あのお姉さん達は、多分そんな良い人たちじゃない、敵じゃ無いけど、味方でもない」


 「なんで!?僕を助けてくれたじゃ無い?」


 「あれは……ともかく、助けるつもりなら、こんなトコロにおいて行かれないでしょ?」


 「そ、それは……その……約束を、そうだ、あの大人達との約束を守ったんだよ!」


 僕は食い下がる……


 だって、それしか、今はそれしか頼るモノが無いから……


 「それは盾也じゅんやを殺す約束みたいなものだよ?それでも?」


 「う、うーーーーー」


 アッサリと言い負かされる僕。


 混乱する僕の頭は、湯気がシューシューと噴き出しているように熱かった。


 「盾也じゅんや、いいかい?とにかく今は……」


 ーーゴゴゴォォォォォーーーー!!!


 「!?」


 「な!なに!?」


 突如巻き起こる地響きと不気味な異音。


 僕と”じゅんや”は、ビクリと身体からだを震わせて上空を見上げていた。


 ーーごぉぉぉぉぉぉーーーーーーうぉぉぉぉぉぉぉーーーんんん!!


 直ぐ近くで、ここから百メートルも離れていない距離の、上空数十メートルで、巨大な黒い塊が大きく震えていた。


 「ま、まずいよ盾也じゅんや、”空亡鬼そらなき”が!」


 「う、うぅぅぅ!!」


 黒い黒い、巨大な塊……


 ーーどれ位大きい?


 それは……


 ーーウシ?ゾウ?それともクジラ?


 ……いいや?もっとだ!


 それは正確な大きさを測れない。


 宙に浮かぶ黒い物体はその周りを何重にも渦が巻き、グルグルとゆっくり回転している。


 そしてその渦と空との境界線は、陽炎のようにメラメラと歪み、正確な大きさを目視では認識できない。


 ただ、中心の黒い球体に限っては、おおよそ直径百メートルくらい?


 いや、それも定かでは無いが、子供の僕には感覚的にはそれくらいだった。


 「…………」


 ガタガタと震える足で立ち尽くす僕。


 「……まずいよ盾也じゅんや、こんな距離で見つかったら、逃げられない」


 「”じゅ、じゅんや”ーーどうしよう?どうしよう!」


 「そっと移動するんだ、そっと」


 ”じゅんや”のアドバイスに、コクリコクリとオーバーアクションで頷いた僕は、視線は上空の暗黒の球体に張り付かせたまま、ジリジリと後ろに下がる。


 「大丈夫だ、盾也じゅんや、こっちは小さいんだ、そんな簡単に見つかりっこ……」


 黄金色に光る少年、”じゅんや”がそう僕を励まそうとした瞬間だった。


 ーーギロロロロッッ!!


 ーーギロロロロッッ!!


 ーーギロロロロッッ!!


 上空の巨大な黒い玉、その表面に一斉に無数の目玉が開かれていた!


 「ひっ!」


 途端に、僕の足は竦む!


 黒い物体に浮かび上がった無数の目玉、眼球、視線が、百や二百はゆうにありそうな目玉が……


 地上の一点、相手からすれば、塵芥の如き子供の姿を捉えていた。


 「ひ、ひぃぃぃーーーー」


 僕は数多の眼に射すくめられ、その場にへなへなと尻餅をついてしまった。


 「じゅ、盾也じゅんや!だめだよ、逃げるんだ!」


 ーーぶんっ!ぶんっ!


 瞳を見開き、口を半開きにし、恐怖に引きつった顔で僕は頭を大きく左右に振る。


 ーーギュォォォォーーーー!


 そして直ぐに”空亡鬼そらなき”の中心部から黒い鞭のような触手が何本も地上の僕に向かって伸びて来た!


 「くっ!」


 ”じゅんや”という少年を覆う黄金色の光は輝度を増し、”じゅんや”は身体からだをすぅと数十センチほど浮かせていた。


 ーービシュッ!


 そして次の瞬間、勢いよく、黒い触手に向かって、宙に飛び出す黄金色の少年の姿がそこにあった!


 第五十六話「魔王と勇者の剣?」END

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