第39話「フィラシスの騎士?」

 第三十九話「フィラシスの騎士?」


 月の無い夜、海辺の廃屋に潜む謎の集団があった。


 ザザザッ!


 「……先行班カナキリ、ターゲットは予測通り」


 ザザッ!


 「……オオグチ班、了解、直ぐ合流する」


 ーー暗闇の中、蠢く者達は、何者かの狩りの途中だった。


 ーー

 ー


 「ここに潜んでいるのは間違いないのか……」


 全身黒ずくめの特殊装備に身を包んだ体格の良い男……鋭い眼光の右目に大きな刃物傷を刻んだ男が大柄な身体を窮屈そうにかがめながら物陰に潜んで会話する。


 「ああ、出入り口も、窓も全て包囲したが油断はするな、アレにはもう既に四人の同胞が殺られている」


 先着していた同様の出で立ちの男は視線は前方の闇に向けたままで答える。


 「俺には信じられんな……あのクズハが……」


 ダダダダダダダダッッ!


 体格の良い男がそう言いかけたところで、前方から突如、狂ったように八九式自動小銃アサルトライフルの乾いた銃声が響き渡った!


 「どうした!?奴か!」


 ーぎゃっ!

 ーぐはっ!


 ダダダダダッッ!

 暗闇は、あちらこちらで光を放つ火花に照らされては、直ぐに闇に戻る!


 ーうわぁ!

 ーひぃ!


 そして、その度にあがる悲鳴と、消えてゆく気配。


 ダダッ!


 ーがはっ!


 ーー

 ー


 「……………………」


 そして、再び不気味な静寂が訪れた。


 「おい……どうした、おい!カナキリっ!」


 一転、静まりかえる闇の中、物陰に潜んだ男は、堪らず右肩に装備した無線に向かって叫んでいた。


 「おいっ迂闊だ!ウワバ……」


 ーーヒュン!


 「!」


 ーーガコンッ


 物陰で無線に叫ぶ男の背後にいた目傷の男……オオグチが、何かの気配を感じたときには、目の前の男の銃を構えていた両腕はスッパリと切り離され、八九式自動小銃それがゴトリと地面に落ちる。


 「がっぐぎゃぁぁーーー!」


 遅れて痛みに悲鳴をあげる男……


 さきほどまで両腕の在った場所からは、噴水のように鮮血が溢れていた。


 「ぐっ……きっ貴様!……葛葉くずはぁぁーー!」


 ーーざしゅっ!


 「が……が……」


 ーーゴトッ


 間を置かず、何者かを見据え絶叫した男の首はまるで”たなりすぎた”果実の如く地面にこぼれ落ちていた。


「軍の旧式……お下がりとはいえ、レーザーサイトを改造装備した八九式自動小銃と暗活に特化した特殊部隊相手に暗視ゴーグルも無い肉眼で……この戦果……か」


 首なし死体の後ろに控えた目傷の男は、自身の銃をその向こうの闇に向け……呟く。


 「相変わらず流石だが……本当に離反したのか?……クズハ」


 「…………」


 「どうなんだ?クズハ……久しぶりとはいえ、俺とお前は元相棒だったろう?殺し合いの前に少しは会話をしてくれても……!?」


 言葉とは裏腹に油断なく銃口を向ける男の前の闇がゆらりと揺らいだ様に歪み……


 ヒュオンッ!


 「っ!?」


 ーーガシャン!


 目傷の男が構えていた八九式自動小銃アサルトライフルは、一瞬、闇から生まれた刃物らしき閃きと同時に、男の手に軽い衝撃を与えて血まみれの床に転がっていた。


 「クズハ……葛葉くずは?……いつまでも味気ないコードネームで呼ぶのはやめて欲しいわ……恥ずかしいじゃ無い」


 ーーそして


 独りの血化粧を纏った女が闇の中から現れる。


 「…………クズ……ハ……」


 ワンレングスの黒髪ロングヘアで前髪をかきあげたヘアスタイルの美女。


 白いブラウスを返り血で朱く染め、気怠げな表情で歪な短剣ダガーをだらりと下げる。


 目傷の男が久方ぶりに目にする、なんとも艶のある元同僚の女の瞳は……どことなく空虚な色に染まっていた。


 「……」


 「ちっ!」


 音も無く女が動き、目傷の男は即座に腰のダガーを抜いて中腰でそれに備える!


 ザシュッ!


 「ぐっ!」


 ドシュッ!


 「がはっ!」


 男の四肢から血しぶきが舞い上がり、瞬く間に目傷の男は頑強な身体からだを這い蹲らせていた。


 ーー男が無抵抗なのでは無い……


 ズバァ!


 「うっ…………」


 至近距離で繰り広げられたナイフによる戦闘……


 ”人殺しそのみち”のプロ同士である女と男の切り刻み合いは……


 その場から一歩も動かない女の奇妙としか言いようのない動き……


 床に固定され、前後左右に大きく揺れるパンチングボールの様な異質な体術に翻弄され、目傷の男の刃は尽く虚空を斬るにとどまり……対して女の幾つも湾曲した緑色の刃は、男のダガーによるガードを実体の無い映像のようにすり抜けては本体を切り刻む。


 つまりはーー


 ドスゥゥ!


 「くっくず……はぁっ!」


 ドサッ!


 一方的で、圧倒的な解体ショーは、目傷の男が幾つかの肉塊となって事切れることにより終了した。


 「…………」


 そして、”オオグチ”と呼ばれた元同僚を切りきざんだ女、闇に独り佇む御前崎おまえざき 瑞乃みずのの顔は……終始、最初と同じであった。



 「私の出番は無かったみたいだね……というか、嘗ての仲間、”闇刀やみかたな”とか言ったっけか、何にしても容赦ないじゃ無いか……えっと、クズハ」


 「っ!」


 「……とは呼ばない方が良いのか?」


 彼女の奥、そこから、ゆらりと新たな人物のシルエットが浮かびあがり、声を掛けた相手の一瞬光った鋭い眼光を見てそう言い直す。


 「……」


 ーービシャ!


 女はその人物に視線も向けずに、深緑のやいばをもう一度だけ、何も無い虚空に斬りつけた。


 やいばを汚す血糊が素っ気ないコンクリートの壁と床に彩りを与え、女は……これ以上無いくらい薄っぺらく微笑わらう。


 「……貴君は仕事柄、固有名詞が多すぎるからね……まさか、元々の姓名を呼ばれたい訳ではあるまい?」


 シルエットの人物は女の態度に呆れ、冗談めかしてそう続けた。


 ーーシュオン!


 途端に深緑のやいばが闇に閃く!


 トンッ!


 軽いバックステップで、それを涼しい顔で避けるシルエット……いや、若い異国の騎士。


 「冗談でしょう……虫ずが走るわ……」


 異国の騎士を初めて視界に捉えた女の言葉に、若い異国の騎士はクスリと笑って再び女の横に立つ。


 「では、なんと呼ぶ?共同で仕事をする以上は私たちは同士だ、呼び名は必要だろう?」


 若い異国の騎士の言葉、特に”同士”の部分で僅かに眉をひそめた女は、少し思案したにも拘わらず、態とどうでも良いような口ぶりで吐き捨てる。


 「……瑞乃みずの……でいいわ」


 「ほう……」


 騎士は殊更と興味ありげに口元を緩める。


 「…………」


 女は……御前崎おまえざき 瑞乃みずのはその反応を不機嫌そうに視界の隅に捉えながら、渋々といった動作で騎士に向き直った。


 「ジャンジャック・ド・クーベルタン男爵……貴方の国の依頼は受けたけど……貴方と私は別に同士と言うわけでは無いわ……だからこの仕事は私が責任を持って完遂……」


 「いや、そうはいかない、私もフィラシスの誇りある騎士だ、公王あるじからの勅命ならば命を賭して全うするのが騎士道」


 瑞乃みずのの言葉が終わらぬうちに否定した騎士はそう言って誇らしげに笑う。


 「……”聖剣”を完全に喪失した”か弱い女子”をここぞとばかりに襲うのが貴方の国の騎士道ね……感心するわ」


 「なればこそだよクズ……瑞乃みずの現在いまなればこそ、かの羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルを討てる好機なのだよ……ファンデンベルグの忌まわしき月華の騎士グレンツェン・リッターを……フィラシス公国が誇る七つ騎士セット・ランスが一つ槍、この、ジャンジャック・ド・クーベルタンが”神の腕セルマン・ルブラ”でね!」


 瑞乃みずのの皮肉を特に気にする様子も無く、意気揚々と碧い瞳を輝かせる若い騎士。


 「フィラシス公国が誇る天翼騎士団エイルダンジェ七つ騎士セット・ランスが一つ槍ともあろう大騎士様が、丸腰の女子高生をね……大した騎士道?いえ、フェミニストぶりだわ」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのはあからさまに軽蔑したため息をついて見せて、同種の言葉を繰り返した。


 「……そういうことは自身の行動を顧みてから言うと良い、”名無しの裏切りの魔女”よ」


 「…………」


 そして今度は言い返した騎士の言葉に……”名無しの裏切りの魔女”という単語に……瑞乃みずのの垂れ目気味の気だるい瞳が……


 ーーヌラリと黒い殺気を表層に浮上させて光る


 「ああ、そうか……現在いま瑞乃みずのを希望か?……なんにせよ、我らは共通の目的を持つ者同士だ、少なくとも現在いま、貴君は我が母国に雇われの身だ……違うか?」


 「…………」


 フィラシス公国の若い騎士の言葉に、気怠げな美女は殺意を奥底に沈めた色の無い瞳で頷く。


 そして彼女は……


 もと内閣安全保障局、諜報機関”闇刀やみかたな”の構成員メンバー”クズハ”で、もと臨海高校教師……


 鉾木ほこのき 盾也じゅんやの唯一信頼した担任教師、御前崎おまえざき 瑞乃みずのは……


 「……そうね……最善を……いえ、最悪を尽くすのみだわ」


 過ぎるほど血に染まった身体からだと血の気の足りぬ青白いかおから表情を消して……


 ーー只の”瑞乃みずの”として呟いたのだった。


 第三十九話「フィラシスの騎士?」END

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